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第2話 前世の記憶
オレのことを明らかに嫌っている婚約者様と一緒にいるよりはマシだと思って書庫に案内して貰ったんだけど、ちょっと寒そうだからと上着をとりに応接室に勝手に戻ってしまったばっかりに、扉の向こうでなされている自分への恨み言を聞かされてしまったわけだ。
切ない。
そういうのはオレが帰ってから言ってくれればいいのに。
さっきまでのオレだったら、きっと怒ってそんな風に嫌味を言っただろうと思う。けれど、すっかりそんな気はなくなっていた。
脳内に流入して来たよく分からない記憶が、アールサス様が可哀想だと訴えかけてくるからだった。
オレだけしかいない広くてシーンと静まり返った書庫で、重厚な椅子に腰掛けて、オレはさっき急に脳裏に浮かんだ記憶を思い返す。
さっきの記憶の中でのオレは、社会人5年目、仕事にも慣れてがむしゃらに働くごく普通の会社員だった。記憶があるのが27歳までだったから、きっとその辺りで何らかの理由で死んだんだろう。
起きて、会社に行って、散々歩き回って飛び込み営業し、クタクタになって家に帰る。みみっちいワンルームでコンビニ飯をかきこんで、あとは風呂に入って寝るだけ。単調な毎日をただただ繰り返す。
そんな忙しくも彩のない生活の中で、唯一楽しかったのが晩メシの後にちょっとずつ進めてたスマホゲームだった。
この世界、オレがハマってたあのゲームに似てる。
それはBLと冒険がひとつになったようなゲームで、同性しか愛せないことをカミングアウトできなかったオレにとっては、欲求不満をちょっと和らげてくれるような、癒やしを感じるゲームだったんだ。
モンスターが跋扈する殺伐とした世界に勇者として召喚された主人公が、攻略対象者でもある仲間たちと一緒にいろんなクエストをこなしながら愛を深め、いずれは世界を救っていく。
そんなよくあるゲームだったけど、とにかくキャラや世界観が美麗で、ただその世界に浸ってるだけで楽しくてワクワクした。
アールサス様は、あのゲームの世界の攻略対象のひとりに似てる。もちろんゲームで見たよりか若いけど、雰囲気も髪色も名前も、境遇も酷似してるから間違いないだろう。
主人公をいつも助けてくれる、ちょっと影のある錬金術師。
主人公が冒険に詰まるたびに様々な知識や錬金術で作り出した物で助けてくれる上に、実は貴族でちょっとしたツテを使って突破口を開いてくれたりもするお助けキャラ的存在でもあった。
ただしバカ高い。
アールサス様にはべらぼうに借金があるらしく、突破口を開いてくれはするものの、お金はガッチリ取られるという鬼畜仕様だった。
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