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第111話 【アールサス視点】知らなかった……

「もしそうでなくとも、安い商品が出回れば人はそれに殺到する。そうすると、他の店は収入が減ってしまうでしょう。同じだけの売り上げを上げるには物を安く売るか、たくさん売るしかないし、収入が減った分節約するなら人を減らすか仕入れ値を安くするしかない。そうすると、店や錬金術師はどうなりますか?」 「……」 「お店を解雇される人が出るかも知れないし、錬金術士はこれまでの価格では店に買い上げて貰えなくなるかも知れない」 そんな事、考えてもみなかった。自分が見えている先には、もっと複雑な色々があるんだとその時初めて感じて、僕の目にはまた涙が浮かぶ。 「アールサス様はね、品質がいい素材をウルクが採ってくるから元手もさほどかからない。失敗もあまりない。しかも天性のギフトで素晴らしい付加効果を思うようにつけられる。……でも、普通の錬金術師は違います」 コク、とまた頷く。それは知っていた。 「彼らは同じような品質の物を作ろうとしたら、素晴らしい付加効果を持った素材を高値で買い、その効果が練成の中で残ることを祈り、失敗を重ねて造りあげるしか無いんです。大多数の錬金術師はもはや他の仕事をした方が金になる、って判断するでしょうね」 「そ、んな……」 「逆にね、アールサス様の力を使えば、素晴らしい製品を安く売ることももちろん出来ます。ただそれは、他の店や錬金術士の生活を立ちゆかなくさせることでもある。だから商業ギルドが首を突っ込んできて、ウルクに一定の価格以上でしかで売らないようにさせているのですよ」 僕の手からハンカチを取って、ボルド氏が僕の涙をそっと拭ってくれる。握りしめてくしゃくしゃだったハンカチは、濡れててもうあまり涙を吸ってはくれなかった。 「今まで詳しく説明もせずすみませんでした。そんな状況でああしろこうしろと言われても分かりませんよね」 「ウルクは、知ってたの……?」 ボルド氏が頷く。 「まぁ、あいつももう商人の端くれです。私から伝えられることは伝えましたし、冒険者ギルドと商業ギルドのギルドマスター達からもたっぷりお説教されましたんで、嫌って言うほど分かってるでしょうね」 「そうか……」 ウルクから見たら、僕はどうしようもなく甘ったれたガキだったに違いない。情けなくて、全然涙が止まらなかった。 「ただね、アールサス様」 呼びかけられて目を上げると、ボルド氏が酷く真剣な目で僕を見ていた。 「今お話しした事はもちろん重要ですが、ウルクや私達大人が一番心配しているのは、アールサス様自身の安全である事は忘れないでくださいね」

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