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第八話
初めて会った時、茶倉は女物の浴衣を着ていた。性別を間違えたのはそのせいだ。後で詩織のお下がりと知った。
『着てきた服はどこ?』
『……泥団子なげられた。いま洗てもろてる』
妬み・嫉み・怨み・辛み。
関東一円最強の称号を欲しいままにする茶倉世司直系の孫であり、稚児の優勝候補筆頭と目された茶倉練は、それ故他の子供たちに幼稚な嫌がらせをうけていた。
玄の服では大きすぎる。自分の浴衣を貸したのは、娘を欲しがっていた詩織のお茶目かもしれない。
目を瞑れば細部まで鮮明に思い出せる。
初対面の茶倉が着ていたのは、赤地に白の籠目文様を染め抜いた可憐な浴衣だった。
艶やかな光沢帯びた黒髪も、怪訝そうに首を傾げる仕草も、形良く膨らむ唇や凛々しい鼻梁や長い睫毛に沈む切れ長の眸までも。
運命のように視線が絡み、奇跡のように交わったあの一瞬が、網膜に焼き付いて剥がれない。
一目惚れ。
言葉にしてしまえば陳腐なそれに、今もって呪われている。
「全部お前のせいだ。初恋の死霊め」
紛らわしい名前が悪い。
紛らわしい見た目が悪い。
女々しい見た目と名前にだまされて、まんまとしてやられた。
「ん……」
茶倉がぐずる。
送り出された吐息の圧に睫毛が震える。ほんのり上気した目尻と首筋が色っぽく、生唾を飲む。
何してんだ俺は。
抗い難い色香に惑わされ理性が蒸発、思考が霞む。
「起きろ。寝んなら布団の上で」
不意打ちだった。
首の後ろに手が回り、後頭部を押さえ込む。次の瞬間、柔く熱い感触が唇に当たる。
「!ん、ぐ」
驚いた拍子にスマホが落下、待ち受けの男に目が行く。
「ざけんな、酔っ払ってんのか!?」
縺れ合うようにして押し倒され、浴衣を脱いだ茶倉が科を作る。
「こうしたかったんやろ。お見通しやで」
おかしい。どうなってる。
すぐそばで正が熟睡しているのも意に介さず、玄に騎乗した茶倉が裾を割り、潤んだ秘部を押し付けてくる。
「ッ、はぁ」
じゅん、と音がする。官能の吐息に溺れ、さらに強く深く、じれったげに腰を抉り込む。内腿をしとどに伝い落ちる雫が淫らな筋を引く。体は既に出来上がっていた。
「やめろ」
「見とったくせに」
くすくす、くすくす。
勝ち誇る含み笑い。
「夜。隣の布団で。覚えとるやろ」
忘れたとは言わさへん。
稚児の戯の参加者は後見人と隔離されるしきたりだ。
成願寺を提供した冥安も公平を期し、期間中は孫との接触を禁じられた。
稚児の戯を制すは大いなる誉れ。
その他大勢の候補を下し、最後まで勝ち残った者には「天童」の称号が授与される。
それぞれの家門に名声をもたらすべく送り込まれた子供たちは、神道・陰陽道・修験道の技比べで優劣を競い、ライバルの蹴落としに暗躍するのが常。
『此度の戯、むしろ後見人の方が執心しておる。裏で仕掛けてくる者もおるじゃろうな。心してかかれよ』
祖父の予言は当たった。
告げ口こそ控えたものの、肝煎りの子弟と密会し、よからぬ知恵を吹き込む術者は何人もいた。
助言に留めおくならまだしも護符や呪符を渡すのは完全に反則。
魔道に通じ邪法を物す術者の間には、ばれなければ何をしてもよいと奢る不文律が罷り通っていた。
人である以上、身内を贔屓したくなるのが人情というもの。二人一部屋を割り当てられ、自由時間もペア行動を推奨された背景には、斯様な大人の事情が秘められていた。
玄と茶倉は同じ部屋を使っていた。
ある時夜半に目覚めた玄は、衣擦れの音に違和感を覚えて隣を窺い、おぞましい光景を見てしまった。
『ん゛っ、ぐ、あッふ、やぁ』
赤裸々に浴衣をはだけ、布団をかきむしるシルエット。荒い息遣いに時折混じる喘ぎ。
声をかけるのが遅れたのは、下半身から濡れた水音が聞こえてきたから。
じゅぷじゅぷ、じゅぷじゅぷ。
見えない何かが少年を犯している。闇に目を凝らし、淫猥に蠢く異形の正体を炙りだす。
その何かは茶倉の尻に太い触手を激しく抜き差し、前をぐちゅぐちゅ苛んでいた。
あの時自分がとった行動を、玄はまだ後悔している。
「シカトしたな」
嬲りものにされる茶倉を見捨て、寝返りを打った。
布団にもぐりこんで両耳を塞ぎ、キツく目を瞑り、たった今目撃した光景を忘れようとした。
翌朝、井戸端で顔を洗いながら聞いてみた。
『昨日のアレ何?背中におっかぶさってたでっけえミミズ』
『きゅうせん様っちゅうねん』
諦念と絶望に暗む顔で、茶倉は言った。
『きゅうせん様は僕の やねん』
茶倉練には化け物が憑いている。
祟り神に魅入られている。
「食いでのある餌ようけおったせいかな。きゅうせん様がじっとしてへんで、えらい目遭うた」
あれからも凌辱は続いた。
『あッ、ふッ、ぁあ゛』
同じ部屋、隣の布団で。
ただひたすら背中を向けて耐える玄をよそに、まだ声変わりすら迎えてない掠れ声で許しを乞い、それが叶わず啜り泣く。
『もォこんなんいやや、ンっんん゛っ、堪忍してやきゅうせん様、ふぅうっ』
四ツん這いで貫かれ、ある時は後ろ手に緊縛され、ある時は首と手足をギリギリ絞められ、口の中や喉の奥までじゅぼじゅぼ犯し抜かれ、切羽詰まった声がどんどん高まっていく。
『もォぬいて、苦しッ、ぁあ゛っ、ンっふ、ぁあっ、ぐちゃぐちゃやめて、お願ッ、ぁっぐ、せめて玄がおらんとこで、あぁッ、いやや聞かれたない、ふッうっえ゛っぐ許してください、ぉねが、ぁっぁっ』
弟のように思っていた少年が何度も追い上げられて達し、ぐったり果て、しかし倒れ込むのは許されず幼い肉体をもてあそばれる様を間近で見せ付けられ、玄はただ震えていた。
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