10 / 32

第九話

忌まわしい回想を断ち切り、剣呑に唸る。 「俺たちのせいだってのか」 「せやで。きゅうせん様を刺激した」 『玄は一番年が近いお兄さんだから、お友達になってあげてね』 詩織にそうたのまれたのにもかかわらず、茶倉を嬲る化け物に気圧され、ただ見ていることしかできなかった。 「後ろめたいか」 胸の内に渦巻く自己嫌悪を見透かされ、喉がヒク付く。白い指が喉仏からまっすぐ下り、厚く逞しい胸板で戯れる。 「おかずにしたこと、気付いてへんと思った?」 「違うっ!」 咄嗟に肩を掴んで引き剥がす。 茶倉の眼差しが急激に冷え込んでいく。 「ずっと後悔してた。隣で寝てたのに何もできねえで、うじゃじゃけた化け物の好きにさせて。でもじゃあなんで頼ってこなかったんだよ、助けてって言いにこいよ!」 悔しかった。 惨めだった。 腹立たしかった。 当時茶倉の身に起きていた出来事をさっぱり理解できず、恐れ慄いて混乱するしかなかった醜態に怒りを覚え、今度は逆に押し倒す。 茶倉がふてぶてしく笑い、玄の片頬を掌で包む。 「俺に惚れとんねんやろ、玄」 「……ッ!」 「詩織さんの浴衣着とったさかい、女と早合点して。アホなやっちゃ」 「ばれてたのか。道化じゃねえか」 「滑稽やな。いくらガキかて男と女同じ部屋にするはずないて、常識で考えればわかるやん」 初恋の思い出を当の本人にグチャグチャに踏み躙られて憤り、乱暴に帯を解く。 「あッ、ぐ」 「責任とれよ」 挑発するから。かさぶたを剥がすから。 隣で酔い潰れた父親の存在も忘れ、諸肌脱いで落とした浴衣を引ん剥き、性急に愛撫する。 しっとり汗ばんで仰け反る首筋を甘噛み、赤く色付いた胸の突起を抓り、チュッチュッと吸い立てる。 「童貞ちゃうんか」 「そっちは?」 「抱いた女の数なんていちいち覚えてへんわ、ッぁ」 「挿れられた事は」 鈴口から先走る雫を指に塗し、会陰の膨らみをなぞり、綴じ窄まった後孔をほぐす。 「ぁっ、ふ、んッ」 抜く。挿す。かき回す。指の律動に比例してねだるような腰の動きが速まり、日頃から取り澄ました端正な顔が蕩けていく。 「ぁっ、そこッ、もうもたへん」 本堂の梁を背負った茶倉が辛抱たまらず戦慄き、仰向けた玄を挟みこんで締め付ける。 過去と現在が錯綜し、在りし日の少年の幻影が目の前の青年とだぶる。 小柄で。 華奢で。 色白で。 サラサラ揺れる真っ直ぐな黒髪も、吸い込まれそうに澄んだ切れ長の目も、桜桃に似て仄かに色付く唇もいかにも儚げな風情で女の子だと疑いもしなかった。 「こっち向け」 目の前でよがる肢体に激しい劣情を催す。唇を吸おうと迫るも、右に左に顔を背けて逃げるのに腹を立て、無理矢理口を塞ぐ。 「ッは、ぁ」 熱く柔く潤んだ粘膜をかき混ぜ舌を絡める一方、性急に跳ね回る腰を支え、前立腺に狙い定めて突き上げる。 唾液を啜る。歯列をなぞる。繋がった部位が狂おしい熱に侵され、胸元のいらたか念珠がじゃらりと鳴る。 それは突然来た。 「!?ぐっ、」 貪欲に収縮する粘膜が玄を離さず食い締め、不浄な気を注ぎ込む。いらたか念珠がピシピシ軋み、茶倉が感電でもしたように硬直し痙攣を起こす。 「大丈夫か?」 「ッ、かまへん、続けろ。最後までせな、ッは、寸止めは切ないわ」 苦痛に喘ぎながらも動きは止めず、玄の口を塞いで貪る。次の瞬間、軟体の異物がにゅるりと潜り込む。 念珠がピシピシ音をたて、何粒かにひびが入る。 「も、ィく」 喰われる。 本能的な恐怖に支配され、がっちり掴んだ腰の奥に剛直を打ち込む。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッあぁ」 果てるのは同時。ぐったり弛緩する玄を見下ろし、満足げな茶倉が囁く。 「ごちそうさん」 その手首の裏が脈打ち、皮膚の下を細く長い畝が這っていく。 ミミズ。 ということは、口移しで送り込まれたのは― 「ぅ、げっ」 嘔吐。 「げほげほっ」 その場に突っ伏しえずく玄と、苦い胃液にまみれて跳ねるミミズを見比べ、茶倉が浴衣の襟を正す。 「根性ないな、ジブン。ミミズ如きで萎えとる潔癖に俺の相手は務まらん」 「待てよ!」 「鬱陶しい」 「今のは何だ、俺に何した?」 「今度は質問責めかい」 「きゅうせん様にやらせたのかよ、答えろよ!」 「お節介は変わってへんな。ガキの頃も構い倒されてうんざりした」 「お前はちびでもやしだし、ちょっと目ェ離すとすぐ他のヤツに転ばされて、だから俺が守ってやんなきゃって」 「それが迷惑やねん」 伝わらないもどかしさに歯噛みし、障子を開けて出ようとする腕を掴む。 「なんで頼って来なかったんだよ」 あの日、朝の井戸端で。 夜通し化け物に嬲られ憔悴しきった茶倉に、玄は勇気を振り絞りこういったのだ。 「追っ払ってやるって約束したじゃねえか!!」 お前が助けてって言えば。 全部話してくれていれば。 「俺とお前が力を合わせりゃ化け物なんか倒せるって、夜っぴき見張りして……」 子供の戯言?かもしれない。しかし当時の玄は本気だった。 隣の布団で毎晩の如く犯される友達を見かね、体を張って化け物を止めようとした。 なのに茶倉は。 『きゅうせん様は僕の|主様《ぬしさま》やねん。ほっといてんか?』 結論から述べれば、友達だと思っていたのは玄だけだった。 「なんでだよ。嫌じゃねえのかよ。毎晩好き勝手されて泣いてたじゃねえか、許して助けてって泣き叫んでたじゃねえか」 苦しそうで。 見てらんなくて。 お前は成願寺の跡取りだと祖父は言った。面倒見てあげてねと母が言った。友達が困ってたら助けてやれと父は言った。 それが慢心を生んだ。 自分なら絶対やれる、必ずできるとうぬぼれて、勝ち目のない化け物に挑もうとした。 お前の為に。 「好きなヤツが化けもんに滅茶苦茶されんの見て、助けてやりてえって思うのがおかしいかよ!」 だしぬけに茶倉が振り向き、玄の顔を手挟んで起こす。 「特別に教えたる。俺な、化けもんでしかイケん体やねん」 耳朶に唇を近付け、囁く。 「きゅうせん様のモンは固くてぶっとくて、人間なんかと比べもんにならん」 「嘘だ」 震え声で返す玄の視線を絡め取り、蠱惑的に笑む。 「嘘ちゃうわ、初恋こじらせとんのが哀れで仕方なく抱かせたったんや。お前には期待してへん。今も昔もなんも」 放心状態で立ち尽くす玄に構わず、足早に廊下を歩いていく。 「くそったれ!!」 遠ざかる背中を睨み据え、思いきり柱を殴り付ける。 稚児の戯の勝者は茶倉練だ。最後の課題で玄は敗北し、最低に惨めな思いを味わった。

ともだちにシェアしよう!