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第十七話

覚醒の兆しが訪れ、瞼が微痙攣を起こす。 中心の切り込みが徐々に面積を広げ、白く清潔な天井が視界を占める。 「痛ッ!」 朦朧としたままま上体を起こし、骨まで響く激痛に呻く。パジャマから伸びた腕と足には包帯が巻かれ、ご丁寧に点滴が繋がれている。 玄はリクライニング式ベッドに寝かされていた。鼻孔に潜り込む消毒液の匂いと青い入院着から、ここは病院の個室らしいと見当を付ける。 「寝とけ」 股間から湧く声に視線を移し、理解不能な状況にぎょっとする。茶倉が玄のズボンとパンツを脱がし、死ぬほどまずそうにペニスをしゃぶっていた。 「なっ、えっ、なんっ、ばっ!?」 「起きてもたならしゃあない。続けるかやめるか選べ」 青くなり赤くなり口パクで慌てる玄を上目遣いに窺い、不敵に笑む。 「―とはいえ、この状態でやめるってのも殺生やな。そういうのが好きなら放置プレイかましたるけど」 玄のペニスは半勃ちだ。どうりで下半身がむずむずすると思った。じゃなくて。 「何やってんだお前、頭どうかしちまったのか!」 引き剥がそうと身を乗り出し、権現にやられた腕と足の激痛に呻く。 「いでででで」 「大人しゅうしてへんと入院長引くで。ひびだけで済んだのは奇跡やて医者もたまげとった」 「話すりかえんな。何のまねだ」 「見てわからん?フェラチオ」 恥ずかしげもなく即答し、亀頭をもたげてきたペニスをいい子いい子するようになでる。 「してもろたことないんか。どうりで童貞くさいて思た」 「あるよ!あるけどなんで今お前が……」 「腕使えんさかい、代わりに下の世話したってるんや」 「意味わかんねえ……」 「動かんでええ。すぐ終わる」 「早漏扱いすんじゃねえ!」 混乱の極みで喚き散らす玄をよそに、いそいそ毛布の中にもぐりこみ、赤黒いペニスを咥える。 唾液を捏ねる音が淫猥に響き、カリ高のペニスがさらに固さと角度を増していく。 「ッ、は、あ」 「感じとるん?おもろ」 「るせ……夜這いは田舎者の習慣だって言ってたくせに」 「今は昼」 「なお悪いっての、白昼堂々寝込み襲うな」 ずんぐりエラが張ったペニスを含み、舌と唇と手でもっていやらしく愛撫する。 衣擦れの音すら性感を高める毛布の中の行為、特等席で独占する光景に激しい劣情と背徳感を覚え、無事な方の腕で茶倉の頭を押さえ込む。 「マジどうしちまったんだ、そんなキャラじゃねえだろ」 「俺かて好きでやっとるんちゃうわ」 一旦口を拭き、さも心外そうに嘯く。それが本音である証拠に、茶倉の顔は忌々しげに歪んでいた。 「興ざめする。黙っとけ」 「!ぁッ、ぐ」 茶倉はフェラチオが上手い。片や玄は片足と片足が使えず、ベッドに張り付けられた状態だ。従ってろくに抵抗もできず、下半身を責める茶倉をはねのける事も叶わない。 「やめっ、うっ、ぐ」 「相当溜まっとるな。ちゃんとヌいとった?修験者さかい禁欲せなとかイマドキ流行らんで」 玄が手も足も出ないのを幸いと主導権を握り、陰茎に片手を添え、器用に舌先を躍らせる。 鈴口に滲む汁を啜り、ぬめりを帯びた亀頭を吸い立て、粘り気を全体に塗り広げていく。 茶倉の端正な顔が近付くたび心臓が跳ね、熱く湿った息に敏感な粘膜がヒク付く。 「調子のんな」 弱々しく反駁する語尾が萎え、逞しい剛直が反り返る。 「ッ、は、でか。入らん」 茶倉は休み休み陰茎を咥え、艶めかしく赤い舌で裏筋をくすぐり、玄を高みに導いていく。 「少しは縮めろ」 「できるもんならとっくにやってる」 こんなのどこで覚えたんだと聞きたい。玄の下半身に覆いかぶさり、毛布の中で右に左に顔を傾げ、大胆にペニスを頬張る。 「はぁ」 熱く潤んだ口腔の粘膜が陰茎を刺激し、ぞくぞく快感が駆け上る。高飛車に取り澄ました顔が酸欠で赤く染まり、苦しげに息を切らす様が嗜虐心を煽り立てる。 玄は決して早漏じゃない。茶倉が上手すぎるのだ。 「慣れてる、な」 「クンニみたいなもんやろ。女悦ばすの得意やねん」 「誰か来たら」 「医者?親父?若くて美人の看護師やったら赤っ恥やん」 「誰だろうと生き恥だ」 憎まれ口が覇気を失っていくのに比例し余裕が剥ぎ取られ、虚勢の下の素顔が覗く。そろそろ限界が近い。 「ッは、ンぐ」 茶倉の左手に巻いた数珠が玄の分泌した体液で濡れ光る。涎でべと付く顎をうざったげに拭い、淫蕩に赤らむ顔に陰茎をしゃぶり、舌で舐め上げる。 『ぁ゛ッあ゛ぁッ、やめ、たすけて』 思い出すまい忘れようと努めてきた夜の記憶がまざまざ甦り、子供時代の練の面影が、いかにも嫌々といった風情で自分に奉仕する男にぴったり重なる。 「イく時はちゃんと言え」 「もうもたねっ、は、だす」 射精欲が限界まで高まり、精力絶倫な陰茎が雄々しく屹立する。息絶え絶えの制止など意に介さず茶倉は口淫を続け、若さ漲る陰茎をもてあそび、輪っかにした指でカリ首を締める。 寸止めの妙技。 「飲む?かける?どっちがええ」 「どっちって」 「ハッキリせい」 「ッ」 再び含まれた瞬間、狙い定めたように爆ぜた。 「うへぇ」 口内に射精された茶倉が歪んだ顔を背け、ブランド物のハンカチに精液を吐きだす。 「クソまず。こんなん喜んで飲む輩の気が知れん」 「全然意味わかんねえ、説明しろ!」 折り畳んでポケットに戻すか寸刻迷い、結果ハンカチごとゴミ箱に落とす。 「借りは返したで」 その発言で茶倉を庇った事実に思い当たり、のろくさズボンを引き上げる。 「こんな返し方あっか、逆レイプじゃねえか。待てよ逆……?」 「イソジンどこや?うがいせな」 洗面台で念入りに口をすすぐ茶倉に、枕をぶん投げたくなるのをギリギリ堪える。 「  にも気ィ向いた時しかせえへんのに」 蛇口を締めて独り言。 「誰?」 「地獄耳が。関係ないやろ」 「他にもフェラしたヤツいんのか。教えろよ」 「言いたない」 「男同士で付き合ってんの?人妻食い散らかすだけじゃ飽き足らず野郎に手ェ出すとかどんだけ無節操だよ、見損なったぜ」 「ゲスな詮索」 「待ち受けの?」 「勝手に見んな」 「見たくねーけど見えちまったんだ。今思えば何で裸だったんだよ、挙句デコに梵字とかツッコミ所満載じゃん」 「ちょっとしたお茶目や」 茶倉がベッド横のパイプ椅子に掛けて足を組み、はぐらかされた玄は悶々とする。 「豆狸か」 「は?」 「電話帳の」 「アホか。ちゃうわ。助手やて高校ん時から腐れ縁の、難儀な体質持ちさかい仕方なくウチで働かせたってんねん」 「それだけ?」 雑な早口を怪しむ玄を見もせずメールを打ち、呟く。 「なんやったっけアレ」 「アレじゃわかんねえよ」 「昔お前に教わったけったいな真言。あかんな、ド忘れしてもた」 「たくさん教えたからどれだかわかんねェよ」 修験者が用いる真言には様々な種類があり、時や場所に応じ使い分けるのがしきたりだ。 物心付いた頃から祖父や父に連座し、百種をこえる真言を自然と習い覚えた玄は、茶倉にそれを吹き込んだ。 あてずっぽうで候補を挙げる。 「オン・バサラ・カサ・カク・ソワカ?」 「顔洗うとき」 「オン・アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ」 「食事ん時」 「オン・クロダノウ・ウン・ジャク」 「便所」 「タニャタ・イテイ・ミテイ・シテイ・ビキャナセンテイ・バダヂ・ソワカ」 「眠気覚まし。真面目にやれ」 「やってんだろ失敬な。これはどうだ、お前にてきめんの」 「クリクリテイノウ・ウドウドテイノウ・ドコドコテイノウ・クタクタテイノウ・ジャビトジャビトテイノウ・クタコクタコテイノウ・ウシュウシュテイノウ・ヤビジャヤビジャテイノウ・トコタ・クタタ・ソワカ」 先回りで言われ閉口する玄に失笑し、ドヤ顔でスーツの襟を正す。 「文殊滅淫慾我慢陀羅尼。色欲を滅却する真言」 「オリーブオイルでビタビタにしたバターみてえに喋りはなめらかなのに全然利いてねえ」 「噛み噛み悔しいから特訓した」 そういえばそうだった。 練は「早口言葉みたいやな」と面白がり、玄と一緒に縁側に掛け、この真言を大声で繰り返したのだ。 敢え無く噛んでしまった場合は「オン・コロコロ・ジャヤ・ボッケイ・ソワカ」と真言を間違えた時の真言で帳消しし、ふたりで笑い合ったものだ。 「てか真言間違えた時の真言てなんやねん、落として五秒以内の給食パンはセーフみたいな謎ルール導入すな」 「文句は役小角に言え」 「開祖もええ迷惑やで」 「ガキの頃も作り話じゃねえか疑ったっけ。盛ってねえよ」 「楊枝でせせる時」 「アン・ラン・アン・ラン・ソポホ」 「訳」 「オーン焼浄せよオーン焼浄せよスヴァーハー」 「楊枝燃やしてどないすんねん。いちいちカッコ付けくさるのムカツクわ、ランランルーでもいうとけ」 「ウチじゃこれがフツーなんだよ」 「お前は嘘吐けんからな、最後は納得した」 子供の頃の他愛ないやりとりを懐かしみ、目を細めて呟く。 「タニャタ・アランメイ・シリ・シリ・マカシツ・サンバト・ソワカ」 「それ」 「え?」 動揺する。 「痔を治す呪文だぞ」 困惑顔の玄を無視してメールを打ち返し、スマホをポケットに戻す。 「痔持ちのダチでもいんのかよ」 「ケツと腰に爆弾抱えとる可哀想なやっちゃねん」 妄想逞しく食い下がる玄の脳裏に、何故か待ち受けの男の寝顔が浮かぶ。 いや待て、今はそんなのどうでもいい。 「親父はどこだ?」 「茶あ買いに行っとる。そろそろ戻ってくるんちゃうか」 「どれ位寝てた」 「二日」 仰天した。 「担いでねえよな」 「左腕の骨にひび、右足は五針縫うけが。アレから昏倒して丸二日寝通し。ここは十江村に一番近い市立病院、ホンマなら大部屋で雑魚寝んトコ手ぇ回して個室に替えた」 「わざわざ?」 「お前の為ちゃうわ、他の患者の為。瘴気にあてられてぶっ倒れたんや、まわりにどんな障りがあるかわからん」 権現の結界に生身で立ち入るのは危険と縣は警告した。あそこは一種の異界、人間が長居していい場所ではない。 「おっさんは権現のリベンジ警戒しとった。で、交代で寝ずの番」 ベッドを下りようとしたそばから腕と足に激痛が響き、突っ伏す。 「全治二週間。大人しゅうしとれ」 今ので傷が開き、白い包帯に血が滲み出す。やれやれと肩を竦めてナースコールを掴む茶倉を制し、重苦しく告げる。 「夢を見たんだ」 「どんな」 「権現の過去。鉄心……ご先祖様も出てきた」 自分の体験は省いて要点を伝えると、茶倉の顔が俄かに引き締まる。 「神隠しは権現の仕業じゃねえ、歴代神主の犯行だ。稚児行列は間引きを兼ねてたんだ。なんで記憶が流れ込んだか謎だけど」 「権現と煤祓は十江山を折半しとる、成願寺の跡取りが夢くらい見たかておかしゅうない」 「都合いい解釈」 「がぶりとやられた時傷口から気が流れ込んだか」 「バイキンみてーに言うな」 「案外認められたのかもわからんで」 「なんで……」 「一対一の陣取りで根性見せたやん。頼んでへんのに俺庇て」 この傲岸不遜な男も、庇われたことに対して義理や気後れを感じるのだろうか。 「貸しは作りとうないねん、絶対」 「だから尺八?イカレてるぜ」 「接吻のがよかったか」 憎まれ口の応酬を遮るようにドアが開き、ペットボトル入りのお茶を抱えた山伏が転がり込んできた。 「やーーっと目ェ覚めたか!心配したぜバカ息子~、喉渇いてねえ?腹減った?看護師さん呼ぶ?その前に先生呼んでこなきゃな、ちょっと待ってろひとっ走り」 茶倉にペットボトルの一本をパスし、残る一本をキャビネットに置き、再び出て行こうとする父を呼び止める。 「退院の手続きしてくれ」 「了解、受付に直行……はあ!?」 振り向いた正が目撃したのは、腕に貼られたパッチを剥がし、勝手に点滴を抜いている息子の姿だった。 「ちょちょ、何やってんのお前!足五針腕ひび二日間意識不明!」 「もうおきた、体はぴんぴんしてる。寝すぎてちょっとだりー位」 無事な方の腕を勢いよく回し、スリッパに足を突っ込む。 「概ね絶好調」 「ベッドに戻れ」 「やだね」 通せんぼする父親を鼻であしらい、キャビネットの抽斗を開け、素早く着替えを始める。 「丸二日寝っぱなしって事は、今年の稚児行列まであと一日っきゃねえだろ」 「それがどうかしたか」 「夢でお袋に会った」 颯爽と革ジャンを羽織り、いらたか念珠を首に通し、正と茶倉を見比べきっぱり断言。 「『吉田さんを止めて』って頼まれた」

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