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後日談 机下漫談
俺がリクったご当地グッズといらたか念珠をたずさえ東北から帰還した茶倉を待ち受けてたのは、フォルダに嵩んだ要返信のメールの山だった。
「うへぇ」
「どんまい」
パソコンを立ち上げた上司の心底げんなりした第一声に同情し、ぽんと肩を叩く。
所長と助手が不在の間、やむなく休業していたTSSも本日よりめでたく再開。
「まずは掃除だな」
棚に飾った置物と蔵書の詰まった書架にハタキをかけ、床の隅々までモップで擦り、全部の窓とテーブルを雑巾で拭く。
「病み上がりで汗かいた」
雑巾の汚水をバケツに絞り、ぴかぴかに磨き上げたオフィスを見回す。綺麗になって気持ちいい。
俺の掃除中、茶倉は椅子にふんぞり返ってメールフォルダを整理していた。
掃除用具入れにバケツとモップを片し、大の字でソファーにダイブする。
「ご褒美に冷蔵庫のダッツ食っていい?」
「図に乗るな」
「ケチ」
「雪見大福なら可」
大きなあくびをこぼす。
「久しぶりに働いたから眠くなってきた」
「自分の布団で寝ろ」
「こっちのソファーのが寝心地いいんだよ」
「キノコ栽培しとる万年床と比べんな、三十万したんやぞ」
「最低月一で干してるぞ」
「毎日干せや」
「さすがに潔癖」
「クリーニング代払え」
「なんで?」
「ズボンが汚れた」
「そこまでじゃねえよ」
「気持ちの問題、精神的慰謝料ってやっちゃ」
「三十分だけ。な、お願い!」
両手を合わせ拝む。茶倉が肩を竦める。
「アラームかけとき」
「さすが所長、話がわかるゥ」
上機嫌で指を弾き、腕枕を敷いて横たわる。寝入りばな、着信音で叩き起こされた。
俺のじゃねえ。
片目を薄く開けて様子を探りゃパソコン作業中の茶倉が舌打ちし、ハンズフリーに切り替えたスマホを横に置く。
スピーカーボタンが押された直後、知らない若い男の声が響き渡った。
『もしもし練?』
「いちいち張り上げんでも聞こえとる」
『今いいか』
ちょっ待っ、いきなり呼び捨て?
「親父の容態は?」
『経過は順調。人間離れしたスタミナに医者が驚いてる、退院予定日も前倒しになりそうだ』
「さよか」
ツンケンした声色が和らぐ。
「みどりはどないしとる」
『元気だよ、勉強教えてる。学習意欲がすごくてまいっちまうぜ』
「お前が家庭教師か。笑える」
みどりの名前には心当たりがある。茶倉が修行先で出会った、土地神に魅入られた女の子だ。
『それでさ、物は相談なんだが』
「断る」
『一応最後まで聞けよ』
「話してみ」
『みどりが東京観光したがってんだけど、今度ガイド頼めねえかな』
「聞いて損した」
『なんでだよ!』
「東京なんて空気汚いし人多いしでええ事ないで」
『スカイツリー見たいんだとさ』
「悪いこと言わんさかい通天閣にしとけ」
『原宿でクレープ食べ歩きしたいって言ってる』
「ビリケンさんの足裏さするとツキ分けてもらえんねんで」
猛烈な地元推し、骨の髄まで関西人。大阪の観光大使狙ってんの?
『レインボーわたあめ大阪にあんのかよ』
一瞬押し黙り、死ぬほど悔しげに絞りだす。
「……アメリカ村に」
『嘘こけ』
「探せばあるて多分」
『負け惜しみすんな』
打鍵の音が散弾銃の如き過激さを増す。さては別窓開いて検索おっぱじめたな。
「あんなんカラーひよこと同じ、人工着色料でレアリティ上げとるだけや」
「わたあめ」「アメリカ村」「レインボー」と打ち込んでから消して「虹色」に直す。
「心斎橋店ヒットしたで」
瞼にドヤ顔浮かぶ勝ち誇った声色で宣言。マジでやってたのか。
『どうしても駄目か』
切ないすれ違いにため息を吐く。
「勘違いすなよ玄。俺は忙しい身の上なんや、むこう三か月はスケジュールぎっちり詰まっとる」
玄っていうのか。声は結構男前だ。茶倉とどういう関係なんだ?
『ただで泊まらせてやったんだからその分サービスしたってバチあたんねーだろ』
泊まらせた?知り合いの寺に滞在してたんじゃねえの?
『アイツも会いたがってる。別れ際はお役所手続きでバタバタしてたから、ちゃんと礼言いたいんだってさ』
「兄貴が板に付いてきたな」
先に降参したのは茶倉だ。笑いを含んだ声音で言い返し、軽やかにキーを叩く。
「考えとく。期待せんで待っとれ」
『サンキュ』
砕けた受け答え。親密な雰囲気。何故だか胸が騒ぐ。
『それで、さ。そのうちみどりを連れて東京に引っ越そうかって思ってんだ』
「お前と二人で?」
打鍵の音が止む。
「理由は」
『昔のこと覚えてる村人がいんだよ』
「ばれたん?」
『生き別れの姉が保護されたんじゃねーかって噂が独り歩きしてる。よく子守りしてた婆さんが怪しんで……』
「里下りなええやん」
『ずっと閉じ込めてろってか、学校行きたがってんだぞ?友達だって作らせてやりてえし……これ以上溝が深まる前に手を打ちてえ』
「正の許しは得たんか」
『親父はみどりにぞっこん、可愛い娘ができたって喜んでる』
「目に浮かぶわ」
『みどりがやりてえことには反対しねえよきっと』
「ええ年こいてバイクで自分探しとか痛いことしとった独身男が、後見人のお務め果たせるんか?」
『授業参観行くよ』
一拍おいて断言する。
『権現さまからよろしく頼まれたんだ、アイツが自立するまでそばで支えんのが俺の役目だ』
「JKと一緒で妙な気起こさんか」
『怒るぞ』
玄の声音が険を孕んで尖り、茶倉が素直に詫びる。
「悪い冗談やった。転居先は決まっとるんか」
『まだ全然』
「手配すんで」
『そこまで甘えらんねえよ』
「俺は部外者ちゃうで、当事者や。関わって何が悪い?」
『ぐ』
「きょうびJK連れた三十路男が不動産屋巡りしてみ、白い目で見られて通報オチやぞ」
『借りは作りたくねえ』
「ツマラン意地張んな」
『自力でさがしてみる、ギリギリまであがいてどうにもならなかったその時は……頼む』
「頑固もん」
『お互い様』
「みどりが編入できそな都内校の資料送ったる」
『すまん』
「問題は学力、十年のブランクはキッツイで。自宅学習や通信教育で徐々に慣らしてったらどないや」
『同じ事考えてた。最短一年を目途に学力の底上げを……』
子供の教育方針議論する夫婦かよ、と心ん中で突っ込む。
「ま、書類の改竄捏造はまかしとき。役所の偉いさんにコネあんねん」
『えばんな悪徳詐欺師』
「恩人にむかってその言い草はなんやドラ息子」
『さっきからカチャカチャうるせーぞ。パソコン?』
「お前に時間割くんがもったいない、一週間閉めて損したぶんタイパコスパ重視で巻き返さな」
通話と並行でキーを打ち、クライアントならびにセフレの人妻に宛てたメールを書き上げる。
スマホが不機嫌に沈黙。
『やなヤツ』
「ガイド頼むならギャラ払え。俺は高いで」
『一時間百円?』
「一日拘束されたかて二千四百円の儲けにしかならへんやん、延滞料倍額ふんだくらな元とれん」
『足代と飲食代は自腹で』
「山手線ぐるぐるしとれ、バターになったらアンビリバボーなパンケーキ焼いたる」
会話の感じからして随分仲良しっぽい。俺には劣るけど。
ぶっちゃけどんな関係かめちゃくちゃ知りたいが、詮索すんのも気が引ける。
こっそりソファーを下り、死角を選んでしゃがみ歩き、机のすぐそばまで移動する。
茶倉はパソコン画面を見詰めていて気付かない。
「みどりに託けて自分が東京見物したいだけやろ」
『馬鹿にすんな、東京なら旅の途中に立ち寄った』
「何食うた?」
『深大寺そばと八王子ラーメン』
「二十三区以外は東京に数えんねん」
『調布市民と八王子市民敵に回したぞ』
話が弾んで大変結構なことで。
茶倉が椅子を一回転させ、引き出しからブランド物の爪切りを取り出す。
『爪切ってる?』
「ようわかったな」
『ぱちんぱちんて音すりゃそりゃあな』
「まめにお手入れしとかんと。女の柔肌傷付けて慰謝料せびられたない」
『俺はいいのか』
え?
思いがけない一言に硬直し、淡々と爪を切る茶倉を見上げる。
「お前の背中は爪研ぎにちょうどええ」
『跡残ってんだけど』
「わざとやわざと。思い知ったか」
結論、玄は茶倉のセフレ。
山寺で修行してたなんて真っ赤な嘘で旅行中ずっとセフレといちゃいちゃしてやがったのだ、俺というものがありながら。
旅先で 羽目を外して ハメるなよ
一首詠んで悶々とする助手の心も知らず、今度は京都の舞妓御用達高級爪やすりを取り出し、退屈げに爪を整え始める。シャッシャッと小気味よい音の連続。
『小豆といでる?』
「赤飯炊かんわ」
もうがまんできねえ。
「!?っ、」
まんまと机の下に潜入成功、意表を突いてベルトを外す。
『どうかしたか』
「なんもあらへん」
俺の頭を押さえ引っぺがそうとする茶倉にぐぐぐと抗い、ズボンと下着を脱がす。「だあほ」「あっち行っとれ」……口パクの罵倒は完全スルー、膝にしがみ付いて聞き耳を立てる。
お前が悪いんだ、全然かまってくんねえから。
「ええ加減切るで」
『待て』
玄が慌てて制す。隙あり。萎えたペニスを含んで吸い転がす。
「~~ッ、ふ、何」
『その……色々ありがとな、ホントに。親父の事もみどりの事も』
「きしょい」
『ごまかさねえでちゃんと聞いてくれ』
真剣な声色で誠意を伝えてくるもよそ見を許さず竿をしごき、亀頭を頬張る。
『お前がいなきゃ最悪十江村は滅びてた。本当に感謝してる。それに……その……』
余裕を失い息が上がってく。両手は俺を掴んで塞がってる。
それでいい。
独り占めした優越感が追い詰めたい嗜虐心に結び付き、粘りを増した唾液を捏ね、挑発的なフェラチオを続ける。
「っ、ぐ」
口を手で覆い湿った吐息を漏らす。快感に上擦る声と色っぽい表情が劣情をかきたて、鈴口に滲む先走りをなめとり、竿全体ににちゃりと塗り広げてく。
『さんざんかっこ悪いとこ見せちまったけど、また前みてえな関係に戻れたらいいなって、俺はそうおもってる』
コイツは渡さねえ。
『今度お袋の墓参りに……練?』
なれなれしい呼び捨てに嫉妬がくすぶる。
固くなり始めた陰茎を吸い立て、睾丸をもみほぐし、背凭れに身を委ね呻く茶倉の表情を視姦する。
『大丈夫か』
「ただの風邪や。旅の疲れが出たんかな、後で掛け直す」
液晶をタップして通話を打ち切り、殺意のこもった目で睨み付ける。
「何の真似や。除霊は昨日」
「エロい夢見てむらむらした」
嘘も方便。
完全に勃起した陰茎に舌なめずりし、ジーパンに指をひっかけずらす。
「ヤろうぜ」
準備万端はお互い様。
「いま話してたのは」
「古い知り合い」
「ふーん。友達?」
「腐れ縁」
「山寺に泊まってたって言ったじゃん、嘘かよ」
「山寺の倅なんや」
疑問がとけて一件落着とはいかない。首の後ろに腕を回し、茶倉に抱き付いて誘導する。
机に積まれた資料が雪崩れ落ち、空いた面積に手を付いて後ろを向く。言わずと知れた立ちバックのポーズ。
「除霊なら昨日」
「関係ねえよ」
大人げないとわかってても止まらねえ、俺が立ち入れねえ二人の絆にやきもちを焼く。
「お前が欲しい」
積極的にねだり、甘え、茶倉をその気にさせる。ポケットから出した小袋を噛みちぎり、特別サービスでコンドームを嵌め、極薄のゴム越しに口淫と手淫を施す。
「あッ、はアぁっ」
アナルをこじ開ける異物感。抽送の激しさに身悶え、机に突っ伏し喘ぎまくる。
「邪魔したお仕置きや」
「この程度で、かよッ」
ほら見ろ体の相性は抜群だ、お前のこんな顔知ってんのは俺だけだ。そうだろ茶倉?
「どっから聞いてた。最初から?」
「あっ、そこっアあっあ、イッちゃ、気持ちいいっあっあ」
「盗み聞きは減棒処分」
「呼び捨てすっから気になって、あっだめっあっンあっ、そんなしたらすぐ出ちゃ、ふぁあっンあぁ」
「アホやねジブン」
こめかみを啄む唇。尻と尻を打ち合わす音。一番感じる前立腺を刺激され、絶頂へと追い上げられる。
「安心せい。抱きたい男はお前だけや」
イく瞬間、優しい囁きが耳裏に落ちた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッぁああ」
背中に茶倉の鼓動を感じ、人肌のぬくもりに包まれ、一体感に満たされて勢いよく射精する。
「床……せっかく綺麗にしたのに」
出すもの出してすっきりした茶倉は、速やかに下着とズボンを身に付け、椅子に掛け直し足を組む。
「さっさと雑巾もってこい」
ぐうの音もでず口元を引き結び、掃除用具入れにとぼとぼ取って返す背中に声が投げてよこされた。
「聞きたいか、玄のこと」
音速で振り返れば、机に頬杖付いた茶倉が苦笑いしていた。
「長い話になるで」
「望むところだ」
相棒の座だけは譲らねえと奮い立ち、まだ見ぬライバルに闘志を燃やす。
俺は烏丸理一。
茶倉練がこの世で抱きたい、ただ一人の男だ。
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