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第2話
有希の研修医生活は慌ただしく過ぎ、師走を迎える頃になっていた。
「西崎ここ空いてるぞ」食堂でトレイを持って席を探していると同期の木山に呼ばれた。
「おーおつかれ、お前今どこ?」
「小児科、おかげでハロウィンには仮装させられた」
「ぷっ、まじか」
「まじよ、俺のドラキュラ人気だったぞ」
「ドラキュラって、まあ子供たち喜んだなら良かったな」
「あー、ところでさ忘年会の案内きた?」
「研修医と男性看護師の? 行くつもりだよ木山は?」
「俺も行くよ、医局のと違ってラフに飲めそうだし」
「気疲れしない感じだよな。でもなんでそんなのあるんだ?」
「二年目の先生に聞いたら毎年あるってもう伝統だって」
研修医と男性看護師の仲が良いのはここ山河病院の伝統だった。研修医は看護師に気を遣う。男性看護師も圧倒的に多い女性の中で気を遣う。同病相憐れむと言ったら言い過ぎかもだがそういった雰囲気はあった。
敬吾以外の男性看護師も優しい人が多かった。しかし有希にとって敬吾の優しさは特別なものがあった。敬吾とて他の研修医に対するものと有希へのそれは違っていた。慈しむように見守っていた。看護師にできることには限りがあるが、出来る限り助けたい、そう思っていた。
忘年会当日有希は同期の木山と連れ立ってきた。
「会費の支払いと、席のくじを引いてください」
「おれ二四番お前は? 十六番離れているな、じゃあまたな」
有希は自分の番号の席に行って驚いた。隣に敬吾が座っていたからだ。
「隣先生ですか? 嬉しいな西崎と東雲で東西コンビだね今日はよろしくです」
「あーほんとだ! こちらこそよろしくです」
「はは、無礼講でいきましょう。今日のはほんとラフな会なんで」
「なんか伝統らしいですね」
「俺も入った年から毎年参加しているし、忘年会以外もあるんですよ。ただ忘年会が、一番規模が大きいかな」
「ほんと仲がいいんですね」
「はは、まあ病院ヒエラルキーが似てるっちゃ似てるしね」
そう言ってほほ笑んだ敬吾に有希はドッキとした。
「皆さんだいたい揃ったようなんで始めます。堅苦しい挨拶は抜きにまあ気楽なのが特徴の会なんで好きに楽しんでください。それではよろしいですか? 乾杯!」
幹事の簡単な挨拶と共に会は始まった。敬吾と有希もお互いとそして周りの人たちと乾杯し飲み始めた。
「先生いい飲みっぷりですね。強いでしょ?」
「いやー好きなんだけど強くはないんですよ」
有希は心地良く飲んだ。敬吾は気配りの人だ。有希に話しかけるばかりでなく周りの人達とも適度に会話を楽しんでいるという感じだ。そんな敬吾の隣は居心地よくこのままずーっといたいそんな風に思えた。
会も進んでくると徐々に席を移動する人が増えてきた。二人の周りの人達も移動したのか手洗いに立ったのか空席になっていた。
「この後予定がなければ二次会行きませんか?」
「ないです。行きます」
有希は即答だった。思わぬ敬吾からの誘いに驚いたが率直に嬉しかった。二次会ほかには誰が行くのかな? そんな有希の疑問は敬吾のささやきに消えた。
「お開きになったらこっそり消えますよ、ついて来てくださいね」
いたずらっ子のように微笑む敬吾に有希は何か体が熱くなるものを感じた。
お開きになり有希は敬吾の後を追った。敬吾の姿しか見えていなかった。雛鳥が親鳥を追うように……しばらく行くと敬吾が振り返った。
「先生、あー良かった首尾よく撒けましたね。店は俺の行き付けでいいですか?」
「いいですよ、僕はあんまり知らないからお任せします」
敬吾が連れて行った店『深海』は通りから少し入ったビルの地下にあった。ブルーのライトに照らされたシンプルなドアを開けて敬吾は有希に入店を促した。
「いらっしゃいませ。あっ、なんだ敬君」
「マスターなんだはないよ」
「ははっ、久しぶりじゃないか。お連れさん? ボックス席空いてるよ」
「俺はいつもの。先生はなんにしますか?」
「いつものってなんですか?」
「バランタイン、スコッチウイスキーのロックです。」
「じゃあ僕も。あー僕はやっぱり水割りにします。こんな店の常連って東雲さんは大人ですね」
「大人って……まあなんだかんだ気楽に飲めるから、お仲間が多い店だから」
「お仲間?」
「ゲイ」
「えっ! えーっつ」
「ビックリした? 帰ります?」
確かにビックリした。ビックリしたけど帰るという選択肢はなかった。
「お待たせしました。もう敬君いきなりカミングアウトしたのか? でも大丈夫ですよ。みんな紳士だから。ごゆっくりしてください」
「ごめんねビックリさせて。先生には言いたくなったから。偏見とかないでしょう?」
確かにそうだ。有希にゲイに対する偏見はなかったがただあまりに突然のカミングアウトに驚いた。そして敬吾の思惑を図りかねたが、皆を撒いて二人でここまで来たという高揚感が打ち消した。
二人の会話は弾んだ。ほどなくして二杯目をオーダーした。なんか今日はいくらでも飲めそうだと有希は思った。敬吾と二人のこの空間は心地よいほろ酔い気分を有希に与えた。
敬吾は有希のくつろいだようすが嬉しかった。カミングアウトをさらりと受け流してくれた有希に愛おしさがましたが、さすがに気持ちを打ち明けるまではいかないと思っていた。こうして時折二人で会う機会があれば十分だ、そう思っていた。
何杯かをお代わりした後オーナーお勧めのカクテルを飲んだ。
「これ美味いでしょ。さっぱりして最後に飲むといいんですよ。締めカクテルかな」
有希は、あーそうかこれ飲んだら帰らなきゃと少し悲しい気持ちになった。でも帰らないとなと、残りを一気に飲み勢いよく立ち上がった。それで酒が頭に回ったのかすーっと意識を失った。
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