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第21話

「お疲れ様でした」 「ありがとうございます」  総合診療科の部長から花束を渡された有希は、居並ぶ医局員達に頭を下げる。盛大な拍手が沸き上がった。  三月も下旬、有希は退職の日を迎えた。一年という短い期間だったが、実に有益な一年だった。何より心臓外科医の夢破れた有希に、総合診療医への道を開いてくれた。 「本当はね、西崎先生にはまだまだここで頑張ってもらいたかったが、先生のこの先のキャリアのためにはいい選択だと思った。だからあえて引き留めなかった。ここで学んだことを糧に、一宮でも頑張ってくれたまえ」  部長の最高の花向けの言葉に、有希は力強く頷いた。 「ありがとうございます。こちらで学ばせていただいた事は、確実に私の力になりました。本当に感謝で一杯です。これからもそれを糧に頑張っていきたいと思います」  医局員の医師、看護師、そして患者達も有希の退職を惜しんだ。患者の中には「先生辞めないで」と涙を流す者もいた。申し訳ない気持ちと共に、感無量だった。ここでの恩返しは、立派な総合診療医になること。有希は決意を新たにした。  花束を抱え病院を去る有希の脳裏に、一年前の自分の姿が過った。あの頃は文字通り人生のどん底だった。一年でよくここまでこれた。敬吾との再会、それが全ての始まりだった。良かった、僕は素晴らしい人に出会い、愛されてる。心から幸せだと思った。敬吾には、それ以上の愛を捧げる、そう心に誓った。 「なんとか片付いたな」 「うん、朝から頑張ったからね」  昨日それぞれ東京の家の荷物を送りだした二人は、夕方一宮入りしホテルに泊まった。今日は朝から新居で荷物を受け入れ片づけに精を出していた。 「さすがに疲れたし時間も遅いから、夕食はデリバリーにしよう」  越してきたばかりで周辺情報が分からないため、無難にチェーン店のピザにした。サイドメニューでフレッシュサラダとフライドポテトも注文した。 「まあ今日はあれだな。明日は役所の帰りに買い物して、何かうまいもの作るよ」 「それは嬉しいけど、敬吾さん無理はしないでよ。それにピザも久しぶりでこれはこれでいいよ」 「ああ、無理はしない。これから毎日だから、無理すると続かないからな。それは有希もだぞ」  二人はビールで乾杯すると、一気に飲み干す。 「ぷはっーうまいなー」 「ほんと、ちょっと生き返った」  朝からの肉体労働に、ピザはあっという間に二人の腹に収まった。 「有希目を閉じて」  食事を終え、シャワーも浴びリビングで寛いでいるところに、敬吾が声をかけた。有希は、何? と言う仕種をしながらも素直に目を閉じた。  目を閉じた有希の左手を取り、敬吾は指輪をはめた。当然有希は、それが何だか分かる。 「敬吾さん、こ、これ……」 「結婚指輪、良かったサイズぴったりだったな」  有希も結婚指輪の事は、考えはした。考えたが、結局そのままにしていた。また僕は敬吾さんの行動力にやられた。全くこの人には敵わないな。そう思うと、嬉しさと敬吾への愛で胸が一杯になり、有希の目に涙が溢れた。 「泣くなよ」  そう言って、敬吾は有希の涙を唇で拭ってやった。 「ごめん、嬉しくて……いつの間にこんな……サイズもよく分かったね」 「有希をびっくりさせたくてこっそり用意した。今日から俺達二人の生活が始まる、新たなスタートだからな。生涯を共にする、俺の気持ちだ。受け取ってくれるだろ」 「勿論だよ、ありがとう。最高に嬉しいよ。これ刻印はあるの?」 「ああ、見てみろ」 「K&Y True Love …… 真実の愛か、うん、僕たちにぴったりだね。敬吾さんのも同じだよね」  そう言って、有希は敬吾の指輪も確認し、二つの指輪を愛おし気に眺めた。 「俺は有希のこと、生涯愛する、その誓いの気持ちも込めた」 「僕も同じ気持ちだから、&にしてくれて嬉しい」 「toより&にして両方同じ刻印にしたかった」  そして二人は再び、お互いの指に指輪をはめ合った。 「もう外すことはないよ」 「職場はどうするんだ? 独身ってことになってるんだから外していってもいいぞ」 「外さないよ、結婚はしてないけど心に決めた人はいるって話す。まあ、指輪のこと聞かれたらだけどね」 「俺も同じ感じで通すよ。ってやっぱり、バレンタイン断るの相当大変だったんだろ?」 「……まあね、だから女よけの結界になるだろ」 「だろうと思ったよ、まあこれで言い寄る女は避けられるな」 「うん、僕は敬吾さん一筋だよ」  そう言って有希は敬吾の胸に頭を傾ける。有希が出来る精一杯の甘えた表現だ。敬吾は有希の頭を撫でてからひょいっと抱き上げた。 「えっ! なにっ」 「初夜だから俺がベッドまで運ぶ」 「初っ初夜って……」  有希の戸惑いは爽やかに無視され、ベッドに優しく運ばれた。 「有希愛してるよ。今日は記念すべき初夜だからな、たっぷりと愛してやるからな」  有希は恥ずかし気に目を閉じる。もう何度も抱いているのに、この初心な反応に敬吾の身の内は燃え上がる。  何度抱かれようと有希は、この瞬間が恥ずかしくてたまらない。  緩く閉じられた瞼にキスを落とされ、頬を唇で愛撫される。敬吾に口角を舐められると、有希の背筋にゾクリと甘い戦慄が走る。有希は自ら敬吾の口付けを求めた。敬吾の熱い舌を深く受け止め、焦らすように逃げ、絡め合う。快感で湧き出た唾液を優しく啜られた。  敬吾に着ている物を脱がされ、上から見下ろされる。もう何度も抱かれ、身体の隅々まで知られているのに恥ずかしい。でも自分は敬吾のものだという喜びが湧き出る。  有希の身体は全て俺のものだと言うように敬吾は、有希の全身を愛撫する。敬吾は、有希の足の指を口に含んだ。 「あっ、そんなだめ、汚い」 「有希の身体に汚いところなんて無いよ」  そう言って敬吾は、指を一本づつ舐めていく。有希の身体は、甘い刺激に小刻みに震えた。  有希のそこは、既に昂り、先走りの蜜で濡れている。敬吾は揶揄うようにちょんと弾いた。 「ああっ……」  敬吾の熱い吐息を感じる。それなのに敬吾は、それ以上進んでくれない。もどかしくてたまらない。 「あんっ、焦らさないで……」 「どうしてほしい?」 「わかってるのに」 「ああ、だけど言わせたいんだよ。どうしてほしい? 言わないならこのままだ」  敬吾は、普段は有希に甘い。甘すぎるのに、ベッドではSの気質を見せる。痛みを与えるようなことは絶対にしないし、むしろそこは物凄く気を遣うが、焦らすのだ。とことん焦らして有希を追い込む。  有希は、敬吾の手連に翻弄させられる。僅かに残っていた理性を、かなぐり捨てて懇願した。 「して……僕の舐めて……お願い……」 「いい子だ、たっぷりと可愛がってやるぞ」  敬吾は、反り返った有希の昂りを口に含む。熱い口腔に含まれ、有希の全身は燃え上がるように感じた。  根元から先端まで、柔らかな舌で扱かれる。同時に、先端の割れ目や、くびれの部分も舌先で刺激される。 「ああっ……あんああっ……」  有希の喘ぎが、甘さを増していく。敬吾の巧みな舌技で、有希は快感の沼に入り込む。 「ああっだめ……もう逝く……ああーっ」  シーツを掴む有希の手を敬吾は、宥めるように握る。敬吾に握られた手を、しっかりと握りしめたまま、有希は敬吾の口の中で果てた。 「ここもほしいだろ?」  未だ放心状態の有希の尻を撫でながら、敬吾が問う。  僅かに頷いた有希の蕾を、敬吾はローションを使い優しく解していく。 「今日は初夜だからな、いつも以上に念入りにな」 「なんか初夜にこだわるね」 「初夜に間違いはないだろ、だから今日は気合が入っている」  いつも敬吾に抱かれると、身も心も蕩かされ、甘い余韻が尾を引く。それなのに、いつも以上に気合入れられたら自分はどうなるかと不安が過るが、気持ち良さにすぐにどうでもよくなった。 「もう入れて……」  一度達すると、有希の理性は蒸発するのか、素直に甘えてくる。恥ずかしがる有希も可愛いが、甘えてくる有希はそれ以上に可愛い。  敬吾は昂った自分のものに、ゴムをかぶせると有希の可愛い蕾に充てる。蕾は開いて敬吾のものを受け入れていく。 「あーお前の中は最高だ。愛してるよ、死ぬまで離さない」 「うん、僕も愛してる……気持ちいい……動いて」  有希の甘い望みに、敬吾の抽挿が始まる。始めはゆっくりと、徐々に激しく。口を開けたら確実に舌を噛むと思うような激しい抽挿に、有希は敬吾の愛を感じた。求められている。愛されている。 「有希……愛している」  そう言いながら、敬吾は有希の手を上から握りしめた。 「一緒に、いっ一緒に……っ」  呻くように言いながら、敬吾は有希の中で果てた。愛する人が自分の中で果てたことを知った有希は、浮上した思いのまま意識をなくした。  翌日二人は、転入届とパートナーシップ宣誓を行うため一宮市役所に出向いた。事前予約していたため、個室に通された二人は、パートナーシップ宣誓についての説明を聞いた。その後、先に敬吾が宣誓書にサインし、有希が続いてサインした。二人にとっては、結婚届へのサインと同意だった。  幾分緊張した面持ちで、宣誓書と必要書類を提出した。 「はい、結構ですよ。今日の手続きはこれで終わりになります。書類の確認後、宣誓書の受領証一部と、受領カード二部をご自宅に郵送します。一週間ほどお時間いただくと思いますのでご承知おきください」 「わかりました。よろしくお願いします」 「今日はお世話になりました。それでは失礼します」  二人揃って丁寧に挨拶し、役所をあとにした。  帰りすがら、二人の胸に去来する思いは同じものだった。あの別れから五年近く。あの日、今日のような日が来ることなど思いもよらなかった。  有希は悲しみの涙を流し、敬吾は己の無力感に絶望した。あの日は二人とも、この世に神などいないと思った。だが今日は神様に感謝したい思いだ。現金なものだと思うし、どこの神様かとも思うが、今の幸せは天からの授かりものだと思えた。見えない力に感謝した。 「敬吾さん、お願いがあるんだ」 「なんだ?」 「僕が死ぬまでそばにいてほし」 「俺が死ぬまでじゃなくて、有希が死ぬまでか?」 「うん」 「俺の方が年上だぞ」 「たった四歳だ、たいした違いじゃない。僕は一人残ったら生きていけない。お願いだから僕より長生きして」  全くお前は医者だろうと思った。人間の寿命をどうこうできないことは、医者である有希が一番理解しているはず。それなのにこんなことを望み真剣に頼んでくる。  敬吾は再会した日の有希を思い出した。まるで傷ついた小鳥のようだった。自分の腕の中で眠る有希は親鳥の羽の中で眠る小鳥のようだった。  小鳥は親鳥がいないと生きられない。有希を残して先に逝くことなんてできないなと思った。 「俺はお前を置いてどこにも行かない。それはあの世もだ。だから心配いらない、安心しろ」  有希も例え医者でなくとも、人間の寿命がままならないことは分かっていた。それでも敢えて願った。敬吾の「心配いらない、安心しろ」は何にも勝る力になるからだ。有希は心の底から安堵した。 「安心したよ。ありがとう」  

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