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第20話
「あーほっとした。お母さん優しい人だなあ、さすが有希のお母さんだな」
「だから言っただろ、そんな緊張しなくていいって」
「ああ、でもあそこまで理解してもらえるとは、さすがに思ってなかった」
「まあ、お母さんも離婚して色々と荒波をかぶってきてるから、結構思考は柔軟なんだと思う」
「ありがたいよ、ほんとに心から感謝だ。あっ、信長像!ありがとうございます、おかげさまで上手くいきました。はあー、行きは怖いおじさんに見えたけど、今はなんか優しいおじさんだな」
「おじさんて……」
行きはカチコチだった敬吾が、ハイテンションになって、信長像にお辞儀したり話したりする姿に呆れつつも、有希も心からの幸せを感じていた。
いつもは飄々とした敬吾が、あそこまで緊張するのは、自分への思いの証と思えたし母の許しを得たことによるこのハイテンションもそうだったからだ。敬吾を愛している。そして敬吾も愛してくれている。これほど幸せなことがあろうか。
次の関門は、敬吾の家族への挨拶だ。今度は自分が緊張する番か。正直避けたいが、今日頑張てくれた敬吾のためにも乗り越えないとな、有希は決意を新たにした。
「有希ごめん……なしにしてくれ」
岐阜へ行ってから十日が過ぎようとした時だった。元々バリトンボイスの敬吾の声が低く沈んでいた。なしってまさか……有希は不安を感じた。
「なしって、何を……」
「紹介を……ごめん。俺はちゃんと紹介したかったんだが、会う必要は無いって、説得しきれなかった」
有希は安心して少し気が抜けた。同居をなしにと思ったからだ。しかし挨拶を拒否されたってことは、僕たちの仲を認めてもらえなかったってことか……それも辛いな……。
「一緒に住むこと認めてもらえなかった?」
「いや、それはどうぞご自由にって感じ。俺がゲイってことは知ってるから、いつかは男と同居することもあるかもってのは思ってたと思う」
「じゃあ、僕が相手だから会いたくないってことか」
「いや、それもない。相手がどうこうじゃなくて、結婚するわけじゃないんだから、一々紹介なんていらない……まあ勝手にしろってことかな。俺としては結婚と同じ気持ちで、生涯の伴侶になる人だから会って欲しいと思ったんだが」
思いのほか、有希の母親の承諾がすんなりいったので、少し浮かれていた。あれから敬吾は家族への説得に苦労していたのに、自分は……。
「ごめん、僕何も知らなくて……」
「有希が謝ることじゃない、詫びるのは俺のほうだ」
敬吾は無念の思いで一杯だった。有希の母親にも、自分の家族の事は心配いらないと言ったのに、説得出来なかった。父も、そして弟も必要ないの一点張りだった。ただ家の事は、弟に全て託すことができた。父も承知し、弟も受けてくれた。それだけは良かったと思う。しかし、有希の母親には、結果的に嘘を話したような罪悪感がぬぐえない。
「お母さんに謝りたい。今すぐに会うのは無理だけど、とりあえず電話で話したい、掛けてくれるか」
母は分かってくれる、敬吾が謝る必要性は無いと有希は思ったが、謝らないと敬吾は納得しないだろう。それにこの間のお母さんの感じなら、慰めの言葉をかけてくれるかも、そう思い有希は母に電話した。
「お母さん、今電話大丈夫? こないだはありがとう。今日はね、敬吾さんがお母さんと話したいって、だから変わるね」
電話を変わった敬吾は、これまでの経緯を説明した。楽観視していた自分の不明を素直に詫びた。咲子は、残念ではあるけど、仕方ないことだからあなたが詫びる必要はない。要はあなた達の気持ちの問題だから、ここは切り替えて前向きになりなさいと、敬吾を諭した。
「ありがとうございます。お話しできて良かったです。有希さんに変わります」
咲子は有希にも前向きに頑張りなさいと言った。多分これからも色々ある。世間は甘くないから、期待はしない方がいいとも言った。母の実感のこもった言葉に有希も力付けられ電話を終えた。
「お母さん気にしてなかっただろ」
「ああ、かえって慰められた。ほんと優しい人だな、有希に似てるよ」
「ええっ、そうかな」
「優しいけど、芯はしっかりしてる、有希にそっくりだろ」
敬吾は改めて、自分は幸せだと思った。親兄弟からは見放された状態だが、心から愛する人を得た。そしてその最愛の人の母親は、最大の理解者だ。咲子が言うようにこれからも世間の荒波は襲うだろう。だが立ち向かっていかねば、決して有希に波はかぶせない、自分が防ぐ。それが有希を愛する自分の務めだと思った。
「ありがとう、有希に助けられたよ。俺が有希を守ると言ったのにな」
「そういう時もあるよ、僕だって男だし、守られてばっかりも情けないだろ。お互い助け合っていけばいいよ」
有希は有希で、敬吾を守りたいと思っている。敬吾の優しさと包容力に包み込まれるように愛されながら、有希も男だった。
敬吾の家族問題は、結果的に二人の絆を強めることとなった。そして二人共確実に、精神的にタフになったのは幸いだった。
この先何があろうとも、二人一緒なら乗り越えていけるという強い思いで、同居へとひた走った。
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