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第19話

「やばい……緊張してきた」 「えっ、……ほんとに緊張してる?」 「ああ、多分今までの人生の中で一番緊張してるかも」 「えーっまじか、ははっ敬吾さんって緊張なんて無縁な人って思ってたよ」 「笑うなよ、それに緊張と無縁って、俺のことなんだと思ってるんだ。でも確かに普段緊張なんてしないな」 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ、怖い人じゃないから」 「それは分かってるよ、大事な一人息子を貰いに行くんだ緊張するなってのが無理だ」 「ははっ、箱入り娘貰う分けじゃあるまいし、三十過ぎた息子なんて熨斗付けて渡されるよ」  気楽な有希の言葉に、敬吾は少々恨めしさを感じた。全く繊細なのか図太いのか分からないやつだ。敬吾にとって今日は、有希の母に結婚の許しを得る事と同じだった。男親じゃないから「どこの馬の骨ともわからん奴に大事な息子をやれるかー」と殴られることはないだろうが、気持ちとしてはそうなる覚悟はあった。  新幹線で名古屋まで行き、在来線に乗り換え二十分ほどで岐阜駅に着く。駅前には黄金の信長像。「なんか威圧感あるなあ、信長様どうかお許しください」となぜか心の中で信長像に許しを請いて有希の実家に向かう。  駅から歩いて二十分ほどで有希の母親が住むマンションに着いた。オートロックを解除してもらい五階までエレベーターで上がる間に居住いを正す。  部屋に着くと母咲子がドアを開けて待っていてくれた。挨拶しようとした敬吾に「玄関先ではなんだから、とりあえず中にどうぞ、狭い所ですが」と促した。  咲子の先導に従いリビングまで行き、三人は向かい合う格好になった。 「初めまして、東雲敬吾と申します。今日はお時間取って頂きありがとうございます」 「有希の母です。まあどうぞ座ってください。お茶を入れますわね」 「あの、どうぞおかまいなく」 「お話するのに喉が枯れてもね」  そう言ってほほ笑んだ咲子を有希に似ていると思った。写真で見た時も思ったが、有希は母親似だ。  お茶を出し向かい側に座った咲子へ敬吾は早速切り出した。肝心な話を終わらせないと落ち着かない、この緊張感から早く解放されたかった。 「有希さんから粗方の話は聞かれているとは思いますが、今日はお母様のお許しを頂きに来ました。私と有希さんが一緒に暮らすことをどうか許してください。同性なので結婚は出来ませんが、私としては結婚と同じ気持ちで有希さんと生涯を共にしたいと思っています」 「お母様なんてがらじゃないから、お母さんでいいわ」 「はっ、はあー」緊張が解けない敬吾は間抜けな声しか出ない。 「そんなに固くなって誠実な方なのね。いいですよ二人で決めたんでしょ、成人済みのまして三十も過ぎた息子のすることに親の承諾なんていらないわ」 「それはそうでしょうが、お、私達は男同士ですし、お母さんとしても色々思いはあるかと……」 「確かに最初聞いた時は正直びっくりしたわね。有希が同性とって私が知る限り無かったし、結婚もしているわけだしね。……でもそれが有希にとって幸せならそれが一番じゃない。だからあなたに会いたいと思ったの」  有希にとってそれが一番じゃない……俺との事を有希の幸せと認めてもらえるのだろうか……。敬吾は咲子を見つめ次の言葉を待った。 「大きくてイケメンでちょっと圧倒されたわ。それに真面目な方なんでしょう」 「無駄に大きいだけで……真面目……まあ真面目な方……」 「敬吾さんは真面目だよ、誠実さは僕が保証する」  有希が話に割り込んだ。緊張の汗をかく敬吾には絶妙なフォローになり、有希に視線をやると有希も見つめ返してきた。そんな二人の姿を見た咲子が言った。 「有希が幸せなら、私は何も言うことはないわ」 「僕は幸せだよ、認めてくれるんだね、お母さんありがとう」 「有希さんを幸せにする、彼の幸せを守っていく、そう思っています。認めてくださって嬉しいです。ありがとうございます」  認めてもらえた。敬吾は心から嬉しかった。心底ほっとした。思わず有希の手を握りたくなったが、咲子の前だ、ぐっと我慢した。 「東雲さんのご家族はもうご存じなの」 「私の家族には話はしてあります。先ずはお母さんのお許しが先だと思いましたので、その後有希さんを紹介しようと思っています」 「長男さんと聞きましたし、ご家族は理解していただけるのかしら」 「私がゲイだということは、かなり前から父と弟も知っています。だからあてにされていないというか、期待もされていない状況です。弟は結婚して子供もいますので、家の事は弟が、と言うのが全員の総意になっています。今回の事で私もはっきりと弟に全てを託そうと考えています」 「そう、じゃあ心配はいらないってことね。お互いの病院はどうするの、公にするの」  敬吾は続けざまに疑問点を繰り出す、咲子の思いが嬉しかった。認めてくれたからこその、心配だと分かるからだ。敬吾も、そして有希も真摯に説明した。  職場へのカミングアウトはしない。それが二人でだした結論だ。決してこそこそするわけでないが、世間の偏見は根強い。病院には旧態依然としたところもあるのは事実だった。敬吾は特に有希の立場を慮った。有希の医師としての力量は高い、それに傷を付けたくなかった。  いつの日か堂々と公にできる日が来るかもしれない、その日までは二人で愛を育んでいこう。理解してくれる人も何人かはいるだろう。そう思っていた。  咲子は二人の話に静かに耳を傾けた。二人がよく話し合って決めたのだろう事も分かった。決して一時の情熱だけの事でないことも理解でき安堵の気持ちが大きかった。敬吾の人柄にも好感を持てた。  有希が離婚した時、理由が理由のため有希は再婚出来ないかもしれないと思った。もしかしたら有希は一生一人かもしれないと思うと、母親として胸が痛んだ。  有希はとても頭の良い子で、成績はいつもトップクラス。大学も日本の大学偏差値トップと言われる、東都大学の医学部に現役合格した。自慢の息子だった。いつもなぜ私に、こんな出来の良い子が産まれたのかと思っていたくらいだ。  だから、有希が無精子症と知った時は衝撃だった。想像したことも無い事態に、こんな落とし穴があるなんてと気持ちは落ち込んだ。産んだ自分に責任があると、自分を責めもした。  まさかこんな道があるとは……人生は分からないと咲子は思った。男性同士だから、不妊は問題にならない。有希も劣等感を感じなくていいだろう。正直有希の結婚前、無精子症が分かる以前なら、もろ手を挙げての賛成は出来なかったと思う。咲子には全ての事が必然だったと思えた。 「うん、よく分かった。二人がちゃんと考えていて安心したわよ。世の中甘いものじゃないってことは私も知ってる。一人になって、それは色々あったわよ。でも、有希がいたから乗り越えてこられた。あなた達も二人だから力を合わせて頑張っていきなさい。お母さんも応援してるわよ」  二人には何よりの言葉だった。特に敬吾には望外の言葉で涙が出そうになる。 「あ、ありがとうございます」  涙を堪え、それだけ言うのが精一杯だった。  訪問の目的を、想定以上に成し遂げ深い充足感の元、有希の実家を辞することにした。 「次に会うのは一宮に来てからね。今度は一緒に食事しましょうね」 「うん、そうだね。お母さんも身体気を付けて、何かあったら連絡してね」 「一宮で落ち着いたら是非遊びにいらしてください。なにか手料理をご馳走したいなと思いますんで」 「それは楽しみね。あなた達も身体に気を付けて頑張りなさいね」 「ありがとうございます。お母さんも寒いですから風邪などひかれないよう気を付けてください」  名残り惜しく挨拶を交わし、二人は咲子の住む家を辞した。

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