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第12話 行方不明
「そうだよな……俺が中途半端なんだよな……」
沢田はほとほと困り果てたような顔をして口をつぐむ。
沢田が黙り込むと、仲里は急速に眠気に襲われた。
ここのところよく眠れなかった上に、緊張と深酒で限界を感じる。
こんなところでつぶれてしまう前に、と席を立とうとすると、足がふらついた。
「大丈夫か?忍……飲みすぎただろ。飯、食ったのか?」
「飯……ああ、そういえば今日は忘れてたな……」
「忘れてたって……バカっ!飯も食わずに深酒するなんて」
「もう……カレーなくなったんだ……章吾が作ってくれたやつ……」
酔ってつぶやいた仲里の言葉に、沢田は顔色を変えた。
俺がカレー作ったのはいつだ。
あれから飯食ってないのか?
俺が出ていったから……?
「帰る」
ふらふらとした足取りでクロークへ行き、ヤケになったように札束を取り出して支払いをする仲里を沢田は苦しげな表情で見ていた。
「タクシーで帰った方がいい」
仲里を支えながらビルの外まで送って出ようとすると、ぐらり、と仲里の身体から力が抜けて、あわてて沢田が抱きとめる。
こんなに酔った仲里を見るのは初めてだ。
いつも酔って介抱されるのは自分なのに。
淡いピンクのシャツの首元の白い肌に吸い寄せられるように、沢田は仲里を抱きしめた。
ふわふわの髪から漂うコロンのような香りが鼻をくすぐる。
気が付いたら、夢中で唇を重ねていた。
「章……吾……」
仲里はキスを嫌がることもなく、おずおずと舌を差し出してペロリと沢田の唇を舐めた。
まるで、捨てられた子犬みたいに。
「忍……忍……好きだ……」
壁に仲里を押し付けて、沢田はむさぼるようにキスをした。
仕事中だということも忘れて。
止まらない……もう、戻れない。
それからぐったりとした仲里に気づいて、沢田は仲里を大切そうに抱き上げると一緒にタクシーに乗った。
仲里は自分のベッドの上で目覚めて、一瞬なぜ自分が自宅で寝ているのか思い出せなかった。
酷く痛む頭を抱えながら、何をしていたのだっけと思い出し、それからおぼろげな記憶の中で沢田に抱かれてタクシーに乗ったことを思い出した。
……沢田は?
飛び起きて家中を探したが、沢田の姿はない。
しかし鍵をあけてベッドまで運んでくれたのはどう考えても沢田だろう。
時計を見ると深夜の二時だ。
店に戻ったのか……
今日は帰ってくるだろうか……
意識を失う前に、キスをしたような気がする。
沢田が好きだと言っていたような気がする。
あれは夢か……?
夢じゃないなら、今日は沢田は帰ってきてくれるはずだ。
ペットボトルの水をがぶ飲みしてシャワーを浴び、酔いをさます。
沢田の帰りを待つのはもう何度目だろう。
だけど、沢田はその日も帰ってこなかった。
失望とともに明ける夜。
何日も仕事を休むわけにはいかないので、仲里はベッドに横になる。
今日は金曜だ。
今日一日働けば土日は休みだし、また仕事が終わってから店に行ってみよう。
帰ってこないなら通う、と宣言したのだから、通ってやる。
店に来るのを沢田が嫌がっていたことはわかっているが、好きだと言ってくれたのは夢ではないと信じよう。
アイツには負けないぞ、とアキラの顔を思い出しながら、仲里はいったい自分は誰と戦ってるんだろう、とわけがわからなくなっていた。
重い身体をひきずって仕事をしながら、仲里は何度か沢田に電話をしてみた。
沢田が電話に出てくれるようなら、無理に店へ行かずに土日に会えばよいと思ったのだ。
しかし、沢田に連絡はつかなかった。
携帯は電源が入っておらず、何度かけてもいきなり留守番電話につながってしまう。
変だな……と思う。
ホストなんて仕事をしていれば、昼間でも客から電話がかかってくるのではないのか?
しかし連絡がつかない以上、店に行くしか手段はない。
昨日の醜態を思い出すとあまり店には行きたくないのだが、と思いながらも仲里は仕事が終わってからエレガンスへ向かった。
「辞めた? それで章吾はどこへ?」
「こっちが聞きたいよ。キミのところへ帰ったんじゃなかったのか」
アキラが眉間にシワを寄せて、仲里をにらみつける。
「帰ってきてたら、こんなところには来ない」
「キミが辞めさせたんだろう。昨日もそのことでもめていたじゃないか。お陰でこっちは優秀なホストを失って大損害だ」
アキラの様子は嘘をついているとも思えない。
昨夜仲里をタクシーで送っていった後、辞めるという電話がかかってきたきり、沢田は行方がわからなくなったというのだ。
「行き先に心当たりありませんか?」
「さあね。俺はまだ給料を渡してないし、金持ってないだろうからまた誰か友達のところにでも転がり込んでるんじゃないの」
仲里は沢田の交友範囲をほとんど知らない。
俺とこの男以外にも転がり込めるような友達がいるんだろうか。
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