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第1話

(初恋の相手がいつまでも側に居るって、結構やっかいなもんだよなー) ホンダヴェゼルの助手席に収まりながら、運転席の男を盗み見る。 まっすぐに前を見つめる横顔だ。リラックスした様子で、けれど決して、だらしなくは見えない。 (くっそー格好いいな) 大きな目は素でも微笑(わら)ってるみたいに垂れていて、眉は目頭のすぐ上を、斜めに上がりながら伸びている。口元は口角がいつも上がっていて、微笑っているみたい×2(かけるに)だ。コンボボーナスで、実際は8倍くらいに跳ね上がる。 人を惹き付けるのはその瞳だ。真っ黒ではない、ブラウン系。 キャラメル色したその瞳が見つめると、俺はその前から逃げ出したくなる。小学生で初めて会ってから、それは何年経っても変わらない。何年だと思い、数えると二十年だ。……駄目だ、溜息は(こら)えろ俺。 (──神様が丹精込めて丁寧に造ったんだろう。とりわけ目の周辺は) 神様をフィギュア造形師のように、そう思う。馬鹿なことでも考えてないと、意識しすぎてやってられない。 「何見てんの、翔眞(しょうま)」 面白いものでもあったー?そんな声だ。 「景色。近付いてきた感じすんなーって」 『お前に見惚れてたよ』そうは言えずに、無難に答える。 「ああ、な。(ひら)けてきたよな」 そう言って懐かしそうに笑う宇佐美邦生(うさみくにお)は同郷の友人だ。そして……俺の初恋の相手だ。 告白はしていない。初恋の人というだけで、どうなる気もない。恋愛は何度かしている。相手は女性だ。……だけど根底には常に宇佐美の存在がある。比較や重ねることなど絶対にない。心の浮気、自分ではそうとも思えない。けれど事実、俺の中には宇佐美を想う特別な場所がある。 それが昇華されずに、いつまでも心の奥で(くすぶ)っている。もう鎮火しただろうと覗いてみると、焚き火の燃え残りみたいに、炭の中でジクジクと燃料を求めている。 宇佐美とは高校まで何をするにも一緒だった。好きだから、が前提の俺と違い、宇佐美が俺を選ぶ理由が分からなかった。 「なんでおまえ俺と居んの」 進学先を俺と同じ高校にした宇佐美に尋ねた。中3の時だ。宇佐美ならもっと上を狙える。 「翔眞が、俺のこと好きだから」 照れも恥じらいもせずに言った答えがそれだ。あまりに堂々としすぎて呆気に取られたが、答えになってないと思う。 「よっしーもまー君も、宇佐美のこと好きじゃん。他にも俺以外にお前のこと好きなやつなんて、いっぱい居る」 そのとき宇佐美の言った好き、という言葉なら俺にも使えた。だからこそ他の人間を引き合いに出す。どうして俺を選ぶのか、そんなことストレートに訊けるはずがない。 「答えは十年後に分かるよ」 「十年?なんだよそれ!?」 ──冗談を言ってはぐらかしたのだと思った。そんな先のことまで考えられない。 そのあとは大学で進路が別れた。距離ができたと思ったら、就職してから都内で再会した。宇佐美は誰もが聞いたことのある製薬会社の営業で、俺は小さな広告代理店の企画部と格差はあったけれど──。ともかく職場同士が歩いて行けるほど近かった。 その再会が急激に旧交を温め直す結果となり、ここ一年で月に二回は飲む仲になっている。 (もう忘れるどころじゃないだろ) 少年らしさが影を潜めて大人の顔立ちになった宇佐美には、惹き付けられて仕方がない。 (どうすんだよこれ!無駄に見掛けばっか良くなりやがって) 俺は持ってきたアメの袋をバリバリと音を立て開ける。完全に八つ当たりだ。 ただでさえこんな心境で、さらに刻一刻と近づくタイムリミットに俺は戦々恐々としている。 今年は、あの話から十年目だった。

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