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第6話

「あのさ、俺の手紙──渡さなくてもいい?」 車の中で早速テープを剥がそうとする宇佐美に直球で言った。手を止めてじっと俺を見る。 「駄目」 (まあ、そうだよな……) 「でも俺のから先に見せてやるよ──それからもう一回、考え直して」 強要などではなく、優しげな声だった。 宇佐美がテープを剥がし終わる。その蓋をそっと外した。 「おまえ馬鹿だろ!」 最初に目に飛び込んで来たものに、宇佐美がウケている。未開封のミルキルの袋だった。 「十年後も食べられると思ったの?」 「違うだろ!?」 言い切れないのは覚えてないからだ。まさか食べられると思ってたのか俺。 アメの袋をどかすと小さな冊子が出てきた。 「お前も馬鹿じゃん。これだけ入れてどうすんだよ」 当時、宇佐美がはまっていたゲームの説明書が入っていた。 「ゲーム本体入れたら遊べなくなるだろ」 その下にビニール袋に包まれた封筒が見えた。黒い封筒と緑の封筒が二通ずつ。……黒が俺のだった。 (俺は、お前と友達じゃなくなるのが嫌だ。だからごめん。こんな訳の分からないもの渡せない) 俺は黒い封筒を手に取って見つめる。 (だって、黒だよ……) そのチョイスがもう……。 「──うん。やっぱそうだよな」 隣で一人、何かを納得している。緑の封筒の片方を開け、中の手紙を広げていた。 「自分宛てのやつ読んだら勇気でてきた。十年前の俺ってすげえ。だから読んでよ、これ」 『翔眞へ』と書かれた緑の封筒を渡される。俺は裏返すと緊張しながら糊付けされた封を丁寧に開けた。 折り畳まれた薄緑の便箋を取り出す。いやに空気が張り詰めていた。俺だけじゃなく宇佐美まで強張っている。 便箋を開いた瞬間、宇佐美は見ていられなくなったように顔をそらした。そんな宇佐美を見たことがない。 俺は手紙に目を落した。 『二十年前から翔眞が好きだ』 大きく力強い文字で一文だけ。 (──どういうことだ。これじゃ俺のこと好きみたい……いや、そう書いてある。二十年じゃ小学生の時……。なんだよ、それじゃ俺と同じだろ──) 「……引いた?」 悪戯がバレて叱られる前の子供のような表情で、上目遣いに俺を見る。 宇佐美は優しい。もし可能性がなくても俺に負担が掛からないよう、冗談にしようとしてくれている。 「引くわけ……ないじゃん」 (これがあの時の答えなんだ……) 声を詰まらせながら顔を上げる。あの頃もう宇佐美は。 ……そこに中3の時のままの宇佐美が居た。 溜まった涙で滲んだからそう見えたんだと、こぼれて気付く。頬を伝ってあごから落ちる前に、腕を伸ばされ抱き締められた。 「なんで十年も──先延ばしにしたんだよ」 十年前から俺の気持ちが分かっていながら、なんで。宇佐美の背中に腕を回すと、肩に額を押し付ける。夏の日差しの匂いがした。 「お前が女にモテるから」 その声は冗談を言ってるようには聞こえなかった。真意が分からない。宇佐美は続けた。 「……今なんて、相当誘われるだろ」 違う、というのも嫌味なので仕方なく俺は頷いた。その通りだからだ。宇佐美と再会した頃ちょうど恋人と別れて、その後された告白は全部断っている。……宇佐美と居れば満足だったから。 「だよな、中学ん時からそうだったもんな。どんどん格好良くなっていって、もっとモテるんだろうって思った。俺は自分の性癖自覚してたから、一時的な感情かもしれないお前を巻き込むの怖かったんだよ」 怖いってなんだよ。そう思ってから自分を振り返る。 俺だって一緒だ。宇佐美とずっとまともに目も合わせられなかった。宇佐美が男だなんて嫌ってほど分かっていながら、それでも忘れられなかった。告白する勇気もなく、ただうやむやにして。 黙ったままの俺をどう思ったんだろう。宇佐美の大きな手が、後頭部を包むように優しく撫でた。 「けど大人になって一緒にここに来るってことは、俺が諦め切れてない時だ。そこまでいったら振られてもいいから、きちんと告白しようと思って──そう書いたんだ」 「そんな先のこと……考えてたのか」 「それだけ真剣なんだよ翔眞のこと。──な、純粋で一途だろー?俺」 最後に力の抜ける冗談めかした声につられて笑う。 ──もし十年前に付き合ったとして、今もずっと一緒に居られたか分からない。臆病な俺達には必要だったのかもしれない。この気の遠くなるような長い、お互いを消し切れなかった期間が。 「おれ宛の手紙、見せてくれる気になった?」 その声に全身の血の気が引く。両思いだったんだから尚更あんなもの必要ない。いや、見せたらそれこそ俺が引かれる。 「告白の返事なら口で言うから──」 あの中二病全開な文章を、晒したくない。 「ってことはそういう内容ってことじゃん。絶対見たい。見せてよ」 「ちょっと待って、ちょっと待って!」 揉み合う内に一通の封筒が手から落ちた。自分へ宛てたものだ。 「迷ってんならそっちから見たら。俺は背中押されたぜ」 違う。迷うとかそういう問題じゃない。しかし時間稼ぎにはちょうど良いと思う。 こっちの内容はまるで覚えていない。宇佐美が俺の肩にあごを乗せて覗き込んでいたが、大した内容じゃないだろうとそのまま開いた。 『十年後の俺も宇佐美が好きだ。大人なんだから素直になれよ』 (なんでこっちはこんな達観してんだよ!二重人格か俺) 「ふーん」 大きな目を糸のように細くして笑いながら、宇佐美が顔を寄せてくる。 「素直になれって。お前が言ってるよ」 「だから……宇佐美は好きだよ。でも手紙は──」 突然、手のひらで顔を持ち上げてキスされた。 「んっ──!?」 「俺、その言葉だけで満足だよ──」 顔を離して、今まで見たこともないような優しい顔で俺に笑う。 「──とか言うと思った?」 油断した。宇佐美の右手には封筒が握られている。身体を捻って遠くへやり、その指はもう封に掛かっている。 「うわああぁぁぁあー!!」 居ても立ってもいられなくなり、俺はドアを開けて飛び出す。駐車場の隅に走っていき、頭を抱えてカタカタしながらうずくまった。 (……ダメだ。こんなのは堪えられない。これで笑われでもしたら俺は、俺は……もう……) ──数秒後、言うまでもなく宇佐美は大爆笑し、再び俺は暗黒面(ダークサイド)に堕ちて行くのであった。

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