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第37話

『行きたい店があるから、金曜日付き合って欲しい』というメールを朝霧は仕事中に夏川から受け取った。  食べることが趣味でも仕事でもある夏川は、こうやってたまに朝霧を食事に誘う。  朝霧は添付されたレストランの情報を確認し、了解の旨、返信した。  夏川は好き嫌いなく、何でも食べる。  美味ければ店の雰囲気にもこだわりはなく、ガード下の立ち飲み屋から、1人5万はする高級レストランのフルコースまで、夏川は様々な店に朝霧を連れて行った。  食にこだわりのなかった朝霧だが、夏川に連れまわされているうちに、自然と 舌が肥えていってしまった。  本日、夏川の予約した店は高級ホテルの中にオープンしたばかりの創作フレンチの店だった。  オーダーは夏川に任せてしまったため、朝霧は具体的な料理の値段が分からなかった。  しかし今日こそお会計は自分が持つ。  朝霧は強く決意すると、白いクロスのかかったテーブルの下で拳を握りしめた。  夏川はいつも通り、自分が誘ったんだし、経費で落とせると、朝霧に財布を開かせないに違いない。  夏川とのディナーで、そこだけが朝霧の悩みだった。  俺だって、少ないけれど稼いでいるんだ。  年上の矜持で、そんなことを考えながら、朝霧はワインを飲んだ。  朝霧は目の前の皿に載った、真鯛を蒸したものにオレンジとキャビアのソースがかかった料理を口にし、思わず目を瞑った。  鯛のあっさりした白身に濃厚なソースが絶妙で、朝霧は思わずため息をつく。 「美味い? 」  夏川の問いかけに何度も首を振る。 「そう、良かった」  夏川は鹿のローストに赤ワインのソースがかかったものを食べ、頷いている。 「なかなかだね。また来よう」  そう言って、赤ワインを口に含む。   本当にどこにいても馴染む男だな。  朝霧は綺麗な所作で、フォークとナイフを使う夏川を気付けばうっとりと眺めていた。

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