38 / 239
第38話
夏川はホルモン焼が有名な下町の店に行けば、隣の席のおじいさんと和気あいあいと仲良く話すし、こういう店にくるとどこかの貴族のように完璧なマナーで食事をする。
俺が20代の頃なんて、こんな店に連れて来られたら、緊張して味なんてまともに分からなかったけどな。
朝霧はどの場所でも感じよく馴染み、そしてどこに居ても堂々としている目の前の男を見て、そっとため息をついた。
自分とはあまりにも格の違う年下の男に嫉妬こそしないが、どこか気後れした気分になることが、朝霧は時々あった。
もちろん夏川のそんなところも、朝霧は好きではあったのだが。
せっかく美味いものを食べているんだ。変なことを考えるのはよそう。
頭を振り、朝霧がワインを一口飲むと同時に、後ろから声がかかった。
「リョウ」
「ルーシー」
朝霧が振り返ると肌の色で南米系だと分かる長身の紫色のドレスを身に纏った美女が、こちらに向かってくる。
ふいに夏川は立ち上がるとルーシーを強く抱きしめた。
朝霧は目の前でお互いの頬に口づけする男女を見ながら、映画のワンシーンのようだと思った。
「帝。こちらルーシー。俺の幼馴染なんだ。ルーシー、帝だよ。俺の友達」
「ヨロシク」
片言の日本語でそう告げるルーシーは満面の笑みを浮かべていた。
たいして朝霧は友達と紹介されたことに、胸がもやつき、固い表情を浮かべた。
朝霧がこちらも片言の英語で、「お会いできて嬉しい」と言うと、ルーシーは頷き、夏川に向き直ると、早口でまくし立てるような英語を話した。
「リョウ。久々じゃない。あなた全然コロンビアに帰ってこないんだもの」
「ごめん。仕事が忙しくって」
「仕事、仕事。ギルバートもいつもそればっかり。男ってこれだから嫌になるわ」
「あれ、そういえばギルは? 」
「部屋で子供たちと一緒よ。私はさっきまでそっちの席で友達とディナーしていたの。明日あなたにも連絡しようと思っていたのよ。サプライズでね」
「もう十分驚かされたよ」
夏川が苦笑する。
朝霧の英会話レベルは日常会話を話すのがやっとだったが、聞き取りはそれなりに自信があった。しかしルーシーがあまりにも早口のせいで、ところどころ聞きとれずにいた。
ともだちにシェアしよう!