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第46話
「マスター、お会計」
朝霧と夏川の関係を知っているマスターは渋い顔をしたが、何も言わなかった。
朝霧はシュンの分まで支払うと、店を出た。
シュンはずっと朝霧にしなだれかかるように歩いている。
朝霧はこうしてシュンの腰を抱きながら歩いていても、ベッドの上でシュンに覆いかぶさる自分が、全く想像できなかった。
多分、彼を抱くのは無理だろう。
酒に酔った朝霧の頭の中で、冷静な部分がそう判断した。
引き受けたはいいが、余計にシュンを傷つける結果になってしまいそうで、朝霧は自責の念から、痛いくらい己の唇を噛んだ。
ふいにシュンの腰を抱いていた朝霧の腕が、強い力で掴まれた。
振り返ると、そこには険しい表情を浮かべた夏川が立っている。
夏川はそうとう走ったらしく、額には冬なのに汗が浮かび、息を切らしている。
「ごめん。今日この人、俺と先約あるから」
夏川は温度を伺わせない声で言うと、朝霧の腕を掴んだまま、路上にむかって手を上げた。
「ちょっと」
追いかけてこようとしたシュンを夏川が睨みつける。
その視線にシュンは震えあがって立ち止まったが、朝霧は頭が混乱して、夏川のその表情を見逃していた。
タクシーはすぐに止まり、夏川が車内へと乱暴に朝霧を突き飛ばす。
すぐに夏川も乗りこみ、自宅の場所を告げる。
朝霧は急いで窓からシュンの姿を探した。
あのままシュンを路上に放置するのは、あまりに申し訳なかった。
「そんなにあいつが気になる? 」
低い声に、朝霧はそっと夏川を窺った。
「リョウ。俺」
「ちょっと黙ってて」
夏川にぴしゃりと言われ、朝霧は言葉を続けられなかった。
車内の沈黙は重苦しいほどなのに、それでも朝霧は夏川と会えたことが嬉しくて、そんな自分をどうしようもないと思った。
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