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第59話

 ソファに座っていた朝霧は夏川にカップを渡されて、礼を言った。  夏川も色違いのカップを持ち、朝霧の横に座る。  朝霧は何処まで話そうか悩みながら、熱いコーヒーに息を吹きかけた。  セフレという関係だけなら、お互い過去の話などする必要はないだろう。  だが朝霧はセフレではなく、夏川と交際することを望んでいた。  そのためには、自分の過去のトラウマを夏川に知っていて欲しかった。 「ちょっと長い話になるかもしれないけれど、聞いてくれるか? 」  朝霧の言葉に黙って夏川は頷いた。 「俺は田舎の開業医の1人息子だった。父親は俺が産まれた時から、あとを継ぐことを期待していた。そのせいで俺は幼い頃から勉強漬けの毎日で、ストレスから不眠症を抱えるようになってしまった」  過去を思いだすのは朝霧にとって、本当に辛かった。  父親の過度な期待。  その期待に応えられない自分。  母親は父親に叱責される朝霧を見ても、何も言葉をかけなかった。 「中学は地元の公立に通うことを許されたが、高校は名門私立を受験するように父から言われていた。そのために雇われたのが、大学生の家庭教師の公平さんだった」  その名前を口に出すと、朝霧の体が自然に震えた。  そんな朝霧の手を夏川が握る。 「大丈夫? 」  朝霧はその温もりに縋るように、指を絡め頷いた。 「公平さんは俺に本当に優しくしてくれたんだ。俺のプレッシャーを理解して、無理しなくていいと、君はそこにいるだけで価値があると、何度も励ましてくれた。 俺は彼のおかげでどんどん成績を伸ばした。模擬テストで県内10位に入れた時は、滅多に褒めない父から『よくやった』と言葉をかけられて、喜んだりしたよ」  10代の間で、朝霧が一番幸福だった頃をあげろと言われたら、間違いなくあの時期をあげるだろう。  朝霧はその頃の思い出が眩しいみたいに、目を細めた。 「そんな時、俺は公平さんに好きだと言われた。俺はまだ14歳だったけれど、本気で愛していると公平さんは言ってくれた。俺はその言葉がとても嬉しかった。14歳の俺にとって、20歳の公平さんは神みたいな存在だったからな。だからもちろん告白も受け入れた。それから公平さんと俺の秘密の関係が始まったんだ」

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