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第5話 二度目の告白(4)★

 ふわりと漂ってくるのは制汗剤の香りだろうか。それに混じって、微かに汗ばんだ匂いが鼻腔を刺激してくる。 (煙草とか香水とかじゃなくて高校生らしい……これが、橘の匂いなんだ)  意識するとともに体の奥が疼いて堪らなくなった。  触れ合った箇所から伝わる体温は心地よく、まるで陽だまりのなかにいるような気分にさせてくれる。  諒太は自分からも腕を回して抱きつき、対する橘も優しく包み込むように腕の力を強めた。トクントクンという二人の鼓動が重なって、それがいっそう心拍数を上げていく。  やがて、どちらからともなく顔を上げると、吐息がかかるほどの距離で互いの瞳がぶつかった。 「ん……」  ゆっくりと重ねられた唇に甘い吐息を漏らす。これほどまでにキスだけで緊張している自分が信じられなかった。  柔らかな感触を楽しんでいるうちに、ぎこちなく橘が舌を差し入れてくる。  もしかしたら、キスの経験だって今までなかったのかもしれない。その拙さが初々しく、愛おしくなった。 「先生――」 「……っ、ふ」  歯列を割って、橘の舌先が口内をまさぐり始める。舌同士が触れ合えば、諒太も自ら積極的に絡めて、深まるキスに溺れていった。 (キスって、こんなに気持ちよかったっけ……)  唾液にまみれた熱い舌が蠢き、奥深くまで犯される――セックスとはまったく違う快感。相手のことが好きだと思えば思うほど胸がきゅんとして、腰のあたりがじんわりと熱を帯びる気がした。 「ん……っ、は」  橘のキスは少し早急で、ぎこちないくせに容赦がないように思える。  唾液が混じり合い、くちゅくちゅと濡れた音が響くようになった頃には、諒太はすっかり腰砕けになっていた。さすがにこれ以上はまずい、と橘の胸を軽く押す。 「が、がっつきすぎだよ。立っていられなくなっちゃうだろ……」  息も絶え絶えに音をあげたら、橘は少し残念そうな顔をした。まだ物足りないといった様子だったが、そこは自制心を働かせ、最後にもう一度だけ唇を重ねてから離れる。 「――これでもうおしまいっ。つか、学校でこういうコトすんの禁止! 立場わきまえろよ、責任問題はごめんだからな!」  今さらながらに教職者の立場を思い出し、諒太は慌てて注意した。  それを受け、橘は不満げな目で見てくる。 「俺のこと、『好き』って言ってくれたら我慢します」 「は、はい?」 「まだ、先生の口から聞いてなかったなあと思って」  言われてみれば確かにそうではある。が、面と向かって、自分の恋愛感情を素直に伝えるのは照れくさく、つい躊躇してしまう。 (この歳になって、なんて甘酸っぱいことをっ!)  こちらはいい歳した大人なのだ。中高生と一緒にしないでほしい。そもそも、こういった純粋な好意を誰かに伝えた覚えだってないというのに。 「………………」  どうしたものか、と悩んでいる間にも、橘はこちらをじっと見つめてくる。澄んだ瞳には期待の色がありありと浮かんでいて、もう観念するしかなかった。 「好き……だよ、橘」  勇気を出して告げるも、あまりに恥ずかしい。全身がカッと火照って、顔から火が出そうだ。  それでも、橘はたいそう嬉しそうにして、 「ハハッ」  くしゃりと目を細めて笑った。いつもの落ち着いた笑顔とは違う――少年のような幼さが垣間見える笑い方に、不覚にも諒太はときめいてしまう。 (や、ヤバい、きゅんってした……なにこれ、ギャップ萌え!?)  普段がクールなだけに、こうも不意打ちで眩しく笑うのは反則だと思う。こんなの、ますます好きになってしまうではないか。 「っ……なに笑ってんだよ」 「すみません。あまりに可愛い顔して言うもんだから嬉しくなっちゃって」  むくれてみせると、橘はそのようなことを言った。  年下のくせに生意気だと思ったけれど、決して嫌ではなく、くすぐったい気持ちでいっぱいになる。が、優位に立たれてばかりなのも癪で、諒太は橘の髪をくしゃくしゃと掻き乱した。 「わーらーうーなーっ」  橘はされるがままで、クスクスと小さく笑っている。  それがまた愛おしさに拍車をかけて、諒太も思わず笑みを浮かべた。  どうしようもなく甘ったるい恋をしている――初めての感覚に戸惑いつつも、幸せを感じずにはいられなかった。

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