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第6話 酔いどれな夏の夜(2)
◇
橘の家は小料理屋を営んでいる。
ランチタイムもやっているようだけれど、せっかくだから酒も嗜みたいと、日の暮れてきた頃合いを見計らって訪れることにした。店名やおおまかな場所は聞かされていたものの、こうして実際に足を運ぶのは初めてのことだ。
店は大通りから一本入った道沿いにあった。店構えは古風で趣があり、落ち着いた雰囲気を感じさせる佇まいをしている。
「こんばんは」
格子戸を開けると、食欲をそそる匂いが早速漂ってきた。そして、同時に「いらっしゃいませ」と静かに声をかけられる。
「せ、先生……!?」
橘はちょうど店の手伝いをしていたようで、こちらを見るなり目を丸くしていた。
ダボシャツに、バンダナキャップと前掛け――和装の仕事着がよく似合っている。諒太はどきりとしつつはにかんだ。
「やあ、久しぶり。ちょっと来てみちゃった」
「『ちょっと』どころじゃないですよ。何の連絡もなしにびっくりした」
「お、ドッキリ成功だな?」
「……美緒ちゃんは? 今日はお一人なんですか?」
「しばらく仕事の都合で、実家の方で預かってもらってるんだ。ちゃんと元気にしてるよ」
話しながら、一番奥のカウンター席に案内される。
店内はカウンター席が五つと座敷が三つほどしかなかった。決して大きくない店だが、アットホームな雰囲気があり居心地のよさを感じられた。
「まあっ、坂上先生でいらっしゃいましたか? 息子がいつもお世話になっております」
席に着くなり、カウンターの向こうから女性が出てきて、深々と頭を下げられてしまう。どうやら橘の母親のようだ。割烹着姿が板についており、夫婦で切り盛りしているのだろう。
「こちらこそ、大地君にはいつも姪によくしていただいて。姪も兄のように慕っているようですし、私としても助かっているんです」
諒太も慌てて立ち上がり、頭を垂れる。橘は眉根を寄せていた。
「二人とも恥ずかしいからやめて。――先生、おしぼりとメニューです」
親の前ではまた印象が変わって見える。照れ隠しなのか、いつにも増してぶっきらぼうだ。
諒太はそのことを微笑ましく思いつつ、まずは生ビールを注文する。
ほどなくして、ジョッキに注がれたビールと、先付けとして小鉢に入った惣菜が運ばれてきた。
――ゴーヤチャンプルー、ナスの煮びたし、タコとわかめの酢の物。
小料理屋らしい家庭的なメニューに舌鼓を打ち、キンキンに冷えたビールで喉を潤す。こんなふうに、酒や料理を静かに楽しむのは久しぶりだ。
先付けを食べ終えると、今度はカウンターに並べられた惣菜のなかから、少しずつ注文を繰り返していく。どれも素材を活かした優しい味付けで、心に沁みるような美味しさだった。
特に気に入ったのはイワシの梅煮だ。イワシ本来の持ち味と、梅の上品な味わいが絶妙で、これにはつい酒が進んでしまった。
そうしてどのくらい飲んだだろうか。知らずのうちに、すっかり出来上がっている諒太がいた。
料理が美味しかったのはもちろんのこと、近頃は仕事のストレスも溜まっていたため、うっかり飲みすぎてしまったのだ。
「今日はありがとうございました。……あの、結構飲んでたみたいすけど、タクシー呼ばなくて平気ですか?」
会計の際、気を利かせて橘が問いかけてくる。
「これくらい平気。何ともないよ」
「じゃあ、せめて駅まで送ります」
「ああ、悪いな」
橘の両親がいる手前、酔い潰れてしまうわけにはいかない。その一心で気を張って、なんとか理性を保っていたものの、
「ちょっ、先生?」
店を出た途端、ふらりとよろめいてしまい、そのまま橘の腕のなかに倒れ込んでしまう。
それを最後に、諒太の意識は深くへと沈んだ。
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