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第7話 さよならは突然に(2)

    ◇ 「えっ、美緒が? ……うん、うんわかった。もう今日は授業もないし、俺もなるべく早く帰るようにするよ」  由紀子から職場に電話がかかってきて、諒太はすぐに帰らせてもらうことにした。  その日も里親候補との面会があったのだが、児童相談所へ向かう途中、美緒が「おなかがいたい」と訴えてきたのだという。  美緒はどこか様子がおかしく、面会をキャンセルして小児科を受診したらしい。特に異常はなかったようだけれど、医者が言うには心因性の腹痛かもしれないし、様子を見てほしいとのことだ。こんなふうに緊急の連絡をもらうなんて、初めてのことだった。  急いで自宅に帰ると、美緒を抱っこした由紀子が出迎えてくれて、気遣わしげな表情を浮かべる。 「もう、『焦って帰ってこないで』って言ったのに。事故にでも遭ったらどうするの」 「ごめん、つい。――美緒、お腹痛くなっちゃったんだって? 大丈夫?」  抱き上げて訊ねると、美緒は小さく頷いた。その様子からは、いつもの明るさは微塵も感じない。 「母さん、あとは俺に任せて。美緒のことありがとう」 「任せて、って……あなた一人で平気なの?」 「もちろん。もう母さんだって若くないんだから、甘えてばかりいらんないよ」  諒太は努めて明るく答える。  由紀子は心配そうにしていたものの、ふっと笑みをこぼした。 「何かあったらすぐに連絡しなさい」  そう言って、彼女はアパートを出ていく。  それを見送ると、諒太は美緒を抱っこしながらリビングへ連れていった。  ソファーに座って頭を撫でてやるも、美緒は額を押しつけるようにして顔も見せてはくれない。相変わらずだんまりを決めている。 「ん、よしよし。知らない人とたくさんお話したから、疲れちゃったんだよな? ……どうしたら元気出るかな?」  美緒が顔を伏せたまま首を横に振る。諒太は言葉を続けた。 「何かして遊ぶ? 食べたいものとかある?」 「………………」 「美緒……言ってくれなきゃわかんないよ」  諒太は途方に暮れてしまう。美緒はこちらの胸元に顔を埋めてくるばかりだ。トントン、とその背中を優しく叩いてみるけれど、子供の扱いがわかっていない自分が歯痒くて仕方がない。  母親の前では見栄を張ってしまったが、やはり頼るべきだったか――いや、それも今さら遅い。 (どうしよう。どうしたらいいんだろう……)  しっかりしろ、とは思うものの、不安と自責の念が込み上げてままならない。頭の中はぐるぐると混乱するばかりだ。  と、そのときだった。ドアチャイムを誰かが鳴らしたのは。 (ああ、こんなときにっ)  諒太は仕方なしに、美緒を抱っこしたまま立ち上がる。相手を確認したところで思わず固まった。 「嘘、なんでっ!?」  玄関ドアを開けてみれば、そこには橘が立っていた。何でもないことのように、彼は淡々と言葉を返してくる。 「学校の廊下で先生とすれ違って、あまりに差し迫った顔してたから何かあったのかと。一応LINEもしたんすけど、気づきませんでした?」 「ご、ごめん。それどころじゃなくって」  言いつつ、美緒の体を抱えなおした。美緒に目をやるなり、橘は首を傾げる。 「どうしたの、美緒ちゃん? 元気ないね」  それから、こちらに小声で「何かあったんですか?」と問いかけてくるのだが、 「橘ぁ~」 「いや、なんで先生が涙目になってるんすか」  諒太はもういっぱいいっぱいだった。とりあえず橘を部屋の中に迎え入れ、ゆっくりと事情を話すことにしたのだった。

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