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おまけSS 高校生の諒太くんカムバック(1)

 橘が高校を卒業し、新生活にも慣れてきた頃のこと。  卒業アルバムが手元に届き、諒太の部屋で他愛のない話をしていた。ひょんなことから、諒太の高校時代のアルバムも見せてもらう流れになったのだが――、 「諒太さんって、眼鏡かけてたんすね。ちょっと意外かも」 「ああ、伊達だけどね」 「え、どうして?」  しまった、という表情になる諒太に、橘はなんとなく察しがついた。あまり踏み込んではいけない過去なのかもしれない。  写真に収められている諒太は黒ぶちの眼鏡をかけていて、いかにもな優等生といったふうだ。しかし、その容姿端麗な風貌は隠しきれておらず、周囲とは違う色気のようなものを感じてならない。 「まあ、いろいろあってさ」 「……いろいろ」  特に追求せずに言葉を反芻する。  つまりは言えぬ事情らしい。どうすることもできないとはいえ、過去の男のことがちらつくたびに、複雑な気分になってしまう。  子供じみていると思いながらも、時にままならない感情を抱えるのはいつものことだった。     ◇  ――と、そんな出来事がつい二週間ほど前にあったのだが。あのときは、まさかこのような展開になるとは思ってもいなかった。 「諒太さん、それって……」  ラブホテルの一室にて。橘は先に浴室から出て、諒太の準備が終わるのを待っていた。  ところが、いつもバスローブ姿で出てくるはずの彼が、なんと高校の制服――学ランを着ているではないか。しかも、眼鏡までかけていて、卒業アルバムで見た姿そのものである。 「や、やっぱアラサーにもなってキツいかな!?」 「いや、全然いけます。めちゃくちゃ可愛いっすけど……でも、どうして」 「それは、その」 「もしかして、マンネリ感じてたりとか?」 「ンなワケあるかっ! ただ、ちょっと――大地が気にしてるみたいだったからさ、昔のこと」 「………………」  図星を突かれてドキリとしてしまう。  過ぎたことを言うのもどうかと思うし、今さら何を言うつもりはないけれど、やはり気にならないと言えば嘘になる。諒太はこちらの気持ちを慮ってくれたのだろう。 「少しは機嫌よくしてくれるかなって、実家に帰省したついでに……っとわ!?」  頬を赤らめながらモジモジとする諒太の姿に、なけなしの理性が飛んだ。衝動的にその華奢な体を抱きしめ、ベッドへと押し倒してしまう。 「ちょ、ちょっといきなりっ」 「諒太さん、大好き。……すげー嬉しい」  耳元で低く囁くと、諒太の肩がびくんっと反応を示した。  年上で経験だって豊富なくせに、こんなときに初々しい仕草を見せるのは、なかなかにずるいと思う。そのぶん、一度スイッチが入ってしまうと、手に負えないほどの魔性っぷりを発揮してくるのだが――何にせよ、彼にはいつだって翻弄されっぱなしだ。 (ましてや今日は、俺のためにこんな姿で……とか)  一度落ち着こうと息をつくものの、無理がありすぎる。  眼鏡をかけるとまた雰囲気が変わるし、何よりも高校の制服姿だなんて。まるでいつもと立場が変わってしまったようで新鮮な気分だ。 「ここまで喜んでくれるとは思わなかった。……さすがに、恥ずかしすぎるけど」  苦笑しながら諒太が呟く。よほどの羞恥に耐えているのだろう、見れば耳まで真っ赤になっていた。 「あの、さっきも言いましたけど全然いけますって」 「うっ。でも歳を考えると、やっぱこう……ね?」 「だったら、そんなの忘れて――今だけ《高校生の諒太さん》になってくれませんか?」 「へ?」  諒太の目が点になる。「えええーっ!」と騒いだのは、ワンテンポ遅れてからだった。 「待って待って、そこまではさすがにっ!」 「駄目っすか?」 「そう言われても……なに、そんなに昔のこと気になる?」  ふわついた気分が一気に沈む。いつの間にやら、話が嫌な方向に進んでいる気がして、何も返せなかった。 (俺の知らない諒太さんを、他の男は知ってるってだけで嫉妬する……とは言えない)  正直、面白くはないが――今から恋人として甘い時間を過ごそうというのに――、ここで嫉妬心を露わにするのも野暮というものだ。 「すみません、欲張りました」ややあって、橘は素直に頭を下げる。 「………………」  すると、おもむろに諒太は橘の手を取ってきた。ゆっくりと自分の頬へと導いていき、そっと肌をすり寄せるようにしながら、 「いいよ、“橘さん”――」  艶っぽい声で名前を呼ぶと、上目づかいに見つめてくる。  その瞬間、橘の心臓がドクンッと大きく鼓動した。 「え、諒太さん……?」 「こら、そこは呼び捨てだろ? 俺だけ恥ずかしいじゃん」  小声で注意される。橘はハッとなり、慌てて言いなおした。

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