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第1話
自殺未遂に失敗した太宰が川で発見された。
――そんな言葉に今更驚きも無く、中也にとっては日常茶飯事にも近い出来事では在ったが、此の日の報告は今迄の其れとは多少異なって居た。
休戦協定を結んで居るとは云え、元々は敵対する組織同士で在る筈の探偵社から逐一太宰の挙動を報告される事に既に違和感を抱かずに居た中也だったが、新しい何かの罠では無いのかと感じられた其の特記事項には思わず訊き返さざるを得なかった。
多少普段と異なる事が在ったと為ても、根幹は普段通りの自殺未遂で在った為別段取り乱す様な素振りも見せず、連絡を受けた数時間後に中也は自らの愛車で探偵社の建造物へと乗り附けた。
「隨分と遅い到着じゃあないか」
到着するのを待って居た様に事務所で中也を迎えたのは探偵社の女医、与謝野だった。其の立場上太宰を一人残して帰宅する事が出来なかったのか、薄暗い室内の中他の探偵社員の姿は視えなかった。
女性に身長を追い抜かされる事は一時期上司でも在った紅葉で経験済だった中也は、与謝野が靴の細踵を高鳴らせる音に続き乍ら簡易寝台が置かれた診療室へと案内される。独特な薬品の香りは首領である森からも漂う物であり、其の香りに何処と無く安堵さを覺えもした。
消毒液の強い酒精の芳香は常に太宰から感じられる物と同等の感覚がした。
処置室の寝台の中心部には大きな盛り上がりがひとつ在り、与謝野は鰾膠も無く中也の目前で其の掛け布団を剥ぎ取る。
「ホオラ、お迎えが来たよ。何時迄寝てんだい」
今更太宰を病人扱いする必要は無いが其れにしても扱いが雑過ぎでは無いかと中也は与謝野の肩越しに布団を剥ぎ取られた寝台の主を視る。診療室に備えられて居る寝台は白い敷き布に白い掛け布団、如何にも清潔感の漂う其の寝台の上で大きな体躯を丸めて居たのは中也が知る太宰其の物で在った。
――然し、普段の太宰とは何かが違うと中也は感じて居た。
二人の仲は周知の事実で太宰の自殺未遂も日常茶飯事、こうして迎えに呼び出される事も今に始まった事では無いが、何時どんな時で在っても中也が姿を現せば表向き辟易と為た表情を浮かべつつも太宰は大人しく中也に連れられ岐路に着く。内心では太宰が中也の迎えを待ち望んで居る事を中也は知って居たからだった。
迎え等必要無いと口に出し乍らも締まりの無い口許は言葉よりも雄弁に太宰の心情を表して居た。此の日の太宰には其れが無かった。
「――オイ、先刻云ってた事だが」
数時間前に電話で伝えられた内容を中也は与謝野へと訊き返す。与謝野自身も頑なに寝台の上から動こうとしない太宰の姿に大きな溜息をひとつ吐いてから問い掛けられた中也の言葉に肯きを返す。
太宰は長身を丸めた間々両腕に然と枕を抱き締めて居た。枕と前髪の僅かな隙間から覗く眼光には何処か仄暗い物が在る様にも感じられた。
「解離性健忘――――マァ、記憶喪失ってやつだね」
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