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第1話
死んだら転生して、好きなゲームの主人公になりたい。推しとイチャイチャしまくりたい!
オタクなら一度はそう思ったことはあるだろう。
俺だってそうだ。しかし、それはあくまで夢の話。ほんのかわいい妄想だ…そう思っていた。
自分がリアルに死ぬまでは。
目が覚めたら、見慣れぬ天井だった。
パリッとした白いシーツの、清潔なベッド。そこは白いカーテンが囲われていた。病院には縁遠い人間だったはずだ。
「……ここ、学校、の保健室……だよな?」
しかし俺の知っている場所ではないようだ。
ん? というか、あれ、俺の声なんか違う…。
手でペタペタと自分の顔周りを探る。想像していたニキビ跡だらけの皮膚の手触りとは違う、スベスベとした感触が返ってくる。手の皮膚も白く滑らかで、指もすんなりと細く伸びていた。
「え? なんで?」
驚きながら今度は頭に手をやる。顔周りが少し痒いと思ったら、赤茶色の髪の毛が目に映る。
もみあげ部分が顎あたりまで伸びて、前髪も目にかかる程度まで伸びていた。
俺は染めたことなどないし、こんなにサラサラな髪質ではない…掴んでグッと引っ張ると、毛根から引っ張られる痛みを感じた。ウィッグではない、リアルに俺の頭皮から生えている毛だ。
「どうなってんの?」
鏡がないかキョロキョロするも、カーテンに囲まれるばかりで姿を映すものは何もなかった。
探索しようと体を動かすと、外からガタンと音がする。
思わず身を硬くしていると、不意に白いカーテンがシャーッと開かれた。
「……なんだ、起きていたのか」
「……ひぇ」
カーテンの向こうから、とんでもないイケメンが現れた。
イケメンは美しい金の髪を短く整えており、窓から差し込む光をキラキラと反射していた。切れ長の薄いブルーの瞳は、こちらをまっすぐと見据えている。
「おい、この俺が直々にお前をここまで運んでやったんだ。惚けるより先に言うことがあるだろう?」
イケメンはイライラとした声色で言い放つ。なんだこいつ。感じ悪いな。
よく通る良い声だけど、演劇部の人とか?
まぁなんか俺をベッドに運んでくれたみたいだし、一応礼は言っておくか…怖いし。
「え、ええと……あり、がとうございます? 俺はどうして……ここに?」
いろんな意味を含めて聞くと、イケメンはハンっと鼻を鳴らして、「そこからかよ」と吐き捨てるように言った。
いやホントにコイツムカつくな。というか、見たことあるぞ、このイケメン……誰だっけ……。
「お前はエントランスの大階段ですっ転んだんだよ……まぁ、あれはラングスの下僕が手を出したから正確には転ばされたことになるが……俺様の目の前で起こったことだし、多くの生徒がいる手前、この俺様が直直にベッドまで運んでやったんだ……保険医のレイラ婆さんが回復魔法をかけたし、異常はないと思うが……おい、ホントに大丈夫か?」
「ラングス……回復魔法……? それって……」
イケメンの話から頭の中で記憶をたぐる。聞き慣れない横文字の名前、回復魔法というワードから、これは俺の知っている『日本』ではない……?
いや、この偉そうなイケメンも、俺は知っている。
何度も見たし、会話した……そして俺は何度も彼を……!
「聞いているのか、ミカド・サクラ!!」
「……っ! はい、聞いてます! エリアース・アーサー・キングストン!」
突然肩を揺さぶられて、意識を目の前のイケメンに戻す。彼ーーエリアースは少し戸惑ったようにこちらを覗き込んでいた。彼の湖のような美しい瞳に映る、赤毛の少年ーーこれが、俺…!!?
赤い髪に、健康的で滑らかな肌、すんなりと通った鼻筋、ぷるりとした鮮やかな唇、そして1番目を引くのは、明るく輝く緑の瞳……これは、この傍目にも目を引く容姿は……!
俺が大好きだったファンタジーBLゲーム『マジック・ラブ・ふぉーちゅん!』通称マラちゅん!の主人公だっ……!!!
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『マジック・ラブ・ふぉーちゅん!』通称マラちゅん!は、スマホで遊べるソーシャルゲームだ。
魔法学園都市ハープと、そこにある全寮制魔法学園ブリートリアを舞台にした学園BLもので、主人公(ちなみに総受け設定)であるプレイヤーは5人の攻略対象キャラとの好感度をあげつつ、学園に蔓延る問題や、街に起こった異変などを解決していくストーリーのゲームだ。
基本はガチャやイベントで各キャラのカードを集め、ポチポチとタップして敵を倒していくという、まぁよくあるゲームシステム。
ガチャ限定の高レアカードは、レベルを上げると少しエッチなイラストが解放されるというご褒美付きで、課金要素もバッチリだった。
俺は転生前、男性同士の恋愛を扱う作品を愛する、いわゆる『腐男子』だった。
死ぬ間際も、高校への通学中に歩きスマホでマラちゅん!をプレイしていて、信号無視の車に気付けず、あえなく……と言うなんとも悲劇的なものだった。
最期まで推しの顔を見ながら旅立てたと言うのは、オタク冥利に尽きるのかもしれないが……。
そして、二度目の生は、なんの因果かこのマラちゅん!の主人公として転生した俺、佐倉ミカド、もとい、マラちゅん!世界ではミカド・サクラは、目覚めて早々に人気No.1キャラクターの俺様系王子様(実際国王の息子で、次期国王候補だ)のエリアース・アーサー・キングストンに急接近していた。
保健室で王子様と二人きり……ベッドの上で見つめ合う超絶美形と可愛い系男子(俺)……。
えーと、これどっかのスチルで見たシチュだな。
「……なんだ、俺様のことは知っているようだな、転入生」
「あー、まぁ、有名人なので……」
マラちゅん!の主人公は突如魔力を授かったため、ブリートリアに転入してきたのだ。
他の生徒たちは家系として魔法が使える家柄だったり、幼少期から魔法に関する基礎知識を習得している生徒ばかりだ。そのため、主人公はかなり異端扱いされることになる。
……まぁそのおかげで次期国王候補という身分違いの相手ともお近づきになれるのだが。
エリアースは俺の言葉にドヤ顔を隠すことなく「ふん、まぁそうだろうな」と満足そうであった。
「……あの、さっき言ってた“ラングスの下僕“って……?」
その名前を出すなり、エリアースは面白くなさそうに鼻をフンッと鳴らした。
「……ラングスは、王家に仕える貴族の一つ。医療魔法を得意とする一族だ。お前を大階段で転ばせたのは、ラングスの三男が従えている下僕の奴等であろう……まったく、小賢しい」
「……どうして、その人たちは俺を……?」
「それは……」
俺は何も知らない純朴な転入生に見えるよう、軽くぶりっこして聞いてみた。今の俺は可愛い系主人公だから許される。エリアースは少し言いにくそうにした後、うんざりとした表情で口を開いた。
「ラングス家の三男、ユウリ・ラングス……ブリートリアの6学年に在籍しているが、彼は俺の、婚約者なのだ」
「えぇっ! そうなんですか?」
俺が大袈裟に驚くと、エリアースはふうとため息を吐きながら、首を横に振った。
「……親が決めた結婚だ。しかし、ラングスとっては次期国王である俺様と婚姻関係を結ぶことは家の発展に大きく関わるからな。お前のようなポッと出の異端者すら、俺様の気を逸らす可能性ありと危惧してしているのだろう……全く、迷惑な話だ」
「エリアース……様は、結婚に前向きではないのですか?」
「俺様の番は、俺自身が決める。あんな顔と家柄だけの陰気な奴と結婚なんて、俺様はごめんだ……まぁ、それを押し通すには、まだ力が足りないが」
「………そう、なんですね」
ああ、俺は今ちゃんと演技できているだろうか……。
手が震えそうになるのを抑えるため、胸に抱え込む。どうやらそれが俺が怯えているように見えたのか、エリアースは声色を和らげる。
「ああ、そんなに心配せずとも良い。お前が俺様の番になる可能性は万に一も無いであろうからな……悪目立ちしなければ、もう根暗ラングスに目をつけられることもないだろう」
「は、はぁ……気をつけます」
そういうとエリアースは満足したのか、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
「あぁ、俺様は生徒会の用があるのでもう行くとしよう。ではな、異端の転入生。くれぐれも俺様の手を煩わせず、品行方正に過ごせよ」
最後まで尊大な態度のまま、エリアースは保健室から出ていった。
俺は彼の気配が完全に遠ざかったのを確認した後、我慢できずに拳をベッドに打ちつけた。抑えていた怒りをぶつけるように、ボスボスと何度も、力いっぱい。
「あっのクソ王子……俺のユウリきゅんを……!! 天使のように可愛いユウリきゅんを陰気呼ばわりしやがって〜〜〜〜!!!! 許せん!!!」
そう、俺にとってマラちゅん!の最強にして至高の“推し”、それは、人気No.1キャラであるエリアースの婚約者であり、このゲームの“悪役令息ヒールキャラ”である、ユウリ・ラングスきゅん(16歳)である!!!
「あんな高慢ちきなイケメン野郎なんかより……俺の方がユウリきゅんを幸せにできるのに……!画面の向こうに行けたら俺が目一杯愛を注ぎこむのに〜〜!」
このセリフは毎日15回は呟く、もはやユウリ最推しオタクな俺の鳴き声みたいなものだ。
そう、画面の向こうにさえいければ、たとえ自分がどんなモブキャラであろうと、彼に溢れる思いを無限に捧げられる自信があった。生きている次元が違う故、絶対にそんな事は出来ないと思っていたが……。
転生して随分様子の変わった自分の手のひらを見つめる。
ーーでも、俺はいま、マラちゅん!の主人公、ミカド・サクラ…!
エリアース関連のエピソードだと、ライバルのユウリとはかなり絡みがある。
つまり、うまく立ち回れば、かつて妄想していたユウリきゅんルートを攻略出来るかもしれないのだ…!
俺は込み上げてくる興奮を抑えきれず、握っていた拳を天に突き上げた。
「……待ってて、ユウリきゅん! 必ず俺が幸せにするから……!!!」
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