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第2話
ブリートリア魔法学園は、全寮制の男子校である。1年生(11歳)から8年生(18歳)まで学年が別れており、通っている生徒の多くは王族貴族など良家の子息、もしくは魔法を扱う家業の跡取り息子だ。
この世界の就学年齢は5歳からとなり、ほとんどの子供は5歳から10歳までの6年間をプライマリースクールで学ぶ。
そこでは魔力があるなしに関わらず、子供たちは皆同じ場所で、読み書きや数学、歴史や地理学など、基礎的な知識を身につける。
卒業後、一定の魔力量を持ち、かつ高い倍率の入学試験をパスしたものだけが、魔法学園に通うことができるのだ。
魔法を学べる学校は他の町にもあるが、中でもブリートリアは歴史も古く、レベルとしては最高峰と言われている。
そのため、ブリートリアの入学試験は毎年熾烈な争いになるのであった。
ましてや、転入試験ともなると、その合格倍率はさらに低いものとなる…。
「……と言うわけで、転入生として今日から共に学ぶことになるミカド・サクラくんだ。ミカド、簡単に挨拶を」
「えっと……ミカド・サクラです。よ、よろしく……」
俺は自己紹介が苦手だ。
というか、人前で話すのが苦手だ。転生してもコミュ力の低さは変わらないらしい。
ヘラリと笑い、クラス中から注がれる興味の視線を直視しないように目を逸らした。
俺は7年生のクラスに転入することになった。ユウリきゅんは6年生なので、俺の方が1年先輩になる。ブリートリアは8年生までなので、最終学年の1学年前だ。ゲームをプレイした時も思ったが、なんだってこんな微妙なタイミングなんだ。
魔法のことなど何も知らない赤ちゃん状態なのに、たった2年でまともに卒業できるわけないだろう……。
とはいえ、愛しのユウリきゅんといちゃつくためには、なんとかこの学校で生活しなくてはならない。がんばれ、俺……!
「ミカドの席は、そうだな……ジェリコの隣に座るといい」
「は、はい」
胸の中で密かに決意を固めていると、クラス担当の教師、レオ・リー先生が冷静な声で席を指し示す。(ちなみにこの先生も攻略対象だったりする)
「ジェリコ・アグナ、彼をサポートしたまえ」
「はぁ〜い」
間延びした声で答えるのは、これまた攻略対象キャラであるジェリコだ。
彼はいわゆる明るく親切なモテ男キャラである。ゆるくウェーブした茶髪を肩下まで垂らし、ワインレッドのリボンでこれまたゆるく結んでいる。ハシバミ色の瞳は目尻がとろりと垂れており、甘い雰囲気を醸していた。
俺はクラス中の視線を振り切るように、早足でジェリコの隣まで辿り着く。彼はひらひらと手を振り、俺を笑顔で迎えてくれる。
「俺はジェリコ、ってさっき聞いたね。ミカド、これからクラスメイトとしてよろしくね〜」
……ジェリコいいやつ〜〜〜〜!
そういえば主人公の友達として1番親愛度が上がりやすいのがジェリコだった……!
「うん、俺の方こそよろしくな!」
俺は嬉しさを隠さず、にっこりと笑顔を返した。ジェリコは少し目を見開き、「わお、笑うといっそうキュートだね」と言ってパチリとウィンクを投げてくる。
さすが伊達男、様になるな……。
**
主人公補正というのは、本当にあるのだろうか。
座学の授業は、以外にも素直に理解できた。魔法学の専門用語も、この世界の歴史も、初めて聞いた割にすぐに身についた。
勿論名門学校の授業なので、楽勝、というわけでないが、「もう全くさっぱりわからん!」とさじを投げるほどではなさそうだ。それは少し安心した。
問題は、魔法実技だ。呪文を使って明かりを灯したり、物を浮かせたりといった基礎的な魔法から、憧れのほうきに跨って空を飛び回ることも、全く感覚が掴めなかった。
今も放課後の中庭の隅っこで、ジェリコに指導受けながら“猫をジョウロに変える“という基礎的な魔法を練習していた。
彼や先生が丁寧に教えてくれたおかげで、理論は頭で理解できているのだが、どうにも発動させるのが難しい。
……そういや俺、転生前も運動苦手だったな。
目の前ではジョウロに変えられ待ちの黒猫が待ちくたびれて丸くなって寝ていた。
退屈させてごめんね猫チャン……。
「大丈夫、練習して感覚を覚えれば、きっとすぐにできるさ。ミカドの魔力量はかなりのものだしね。きっと大器晩成型なんだ」
ジェリコは出来なさすぎて涙目になっている俺の頭をよしよしと撫でてそう慰めてくれた。
……お前はいいやつだよ。
ちなみに俺は“突如魔力が増大して魔法を学ぶ資格を得た転入生“ということになっているらしい(先生がそう話していた)なので、魔法の実技がダメダメでもしばらくは誤魔化せそうだ。
「……でも、来週の実技試験までには、なんとかこの猫チャンをジョウロに変えられるようにしなくちゃ……」
「うん、俺もサポートするからさ、一緒に頑張ろう」
ジェリコはふわりと笑って、俺の頭を更にくしゃくしゃと撫で回す。と思うと、さりげなくその手を俺の腰まで下ろしてくる。
「ミカドが良ければ、朝まで付き合うよ……」
「……っもう! 揶揄うなよ!」
急に口説いてくるな!!ちょっとドキッっとしたわ!
俺は多分赤くなっている耳を擦りながら、腰に回されたジェリコの手からすり抜けた。
ジェリコは時々このように俺にモーションをかけてくる。その度に、自分が彼らにとっての“攻略対象“であることを思い出すのであった。
まぁ、俺は主人公×ユウリきゅんしか認めないけどな。
この世界で目覚めて数日経つが、まだ肝心のユウリきゅんには出会えていない。
彼はエリアースの婚約者なので、基本的にヤツに関わるイベントには必ず登場する。
でも、エリアースも最初に会って会話しただけで、それ以降校内で会えることはなかった。
そもそもエリアースは最終学年の8年生だし、このブリートリアの生徒会長も務めているため、かなり多忙のようだ。
しかし、俺は知っている。この後の流れを……なぜなら生前の俺はマラちゅん!のストーリーを読み込んでいたからだ!!
エリアース率いる生徒会主導で、本日ティーパーティが開かれる。学年を超えた生徒同士の交流を目的としていて、マラちゅん!ではサービス開始後最初のイベントの舞台となったのもこのパーティだ。
ここで初めて主人公はユウリ・ラングスに出会い、エリアースに言い寄る泥棒猫と難癖をつけられる。
初登場から感じの悪い印象を与えてくるが、俺はこのイベントを心待ちにしていた。
ようやく、ようやく愛しのユウリきゅんに会える……!
俺ははやる気持ちを抑えつつ、ジェリコに連れられてパーティ会場であるバンケットホールに向かった。
**
ブリートリアで1番大きな空間であるバンケットホールは、ヨーロッパのゴシック建築のような荘厳な内装だが、今日は魔法によって華やかな装飾で彩られていた。室内だが、天井では美しい夕焼けから夜に向かうマジックアワーの空が表現されていた。
月と明るい星々が瞬き、小規模な打ち上げ花火がそこかしこで上がっている。
大きなロングテーブルが左右に設けられ、たくさんの軽食やケーキ、お菓子やドリンクなどが並んでいる。よく見ると小さなバーカウンターも設置されており、カクテルなども提供されるようだ。
ホール内には丸いテーブルが点在しており、多くの生徒たちは各々好きなものを飲み食いしながら、仲間たちとの親睦を深めていた。
「うわ〜すごい……盛り上がってんね」
俺はキョロキョロしながら素直に思ったことを呟いた。少し後ろでジェリコがのんびりと歩いていた。
「まぁね〜新体制になった生徒会メンバーにとっても最初のイベントになるから、毎年それなりに豪華だけど、今年はより豪華だね〜」
やりすぎ感もあるけど、と少し呆れたようにジェリコは言う。いつも温厚な彼には珍しい態度だ。
「ふ〜ん、なんか理由があるのか?」
無邪気に首を傾げて尋ねると、ジェリコは俺の背後、ホールの前方を指さした。
指の先を確認しようと振り返ると、そこにはホール全体が見渡せるくらいの高さの舞台があり、今まさに生徒会長であるエリアースがそこに上がっているところであった。
「……今年はあちらの王子殿下が生徒会長様だからね。気合いの入れようが違うよ」
「……おお、なるほど」
舞台の中央まで進んだエリアースは、その美しい瞳でホールを左から右へ見渡した。途中、目が合った気がしたが、特に気にした風でもなく視線が流される。
そうやってたっぷり10秒ほどかけて、彼はホール中の視線を独占していた。正確に言うと、俺とジェリコ以外はみな、新しい生徒会長であり、次期国王陛下であるエリアースの最初のスピーチを心待ちにしているようだ。
ちなみに俺は生徒会に所属していて、このパーティの準備係でもあるユウリきゅんを探すのに必死である。舞台裏にいるのか、彼の姿は見えない。
婚約者がスピーチしようとしているのに裏方に徹するなんて……奥ゆかしいんだなぁ……。
ジェリコはジェリコで誰かを探すようにキョロキョロとしている。可
愛い子でも探しているんだろうか…まぁそれは今はいい。
意識を舞台中央に向けると、エリアースが前振りを喋り終え、パーティの開始を告げるところだった。
「皆、今日は学年や階級の垣根を忘れ、大いに楽しむといい。そして、この俺に直に嘆願したいことがあるものも、忌憚ない意見を聞かせてほしい。今日はそういう場だ。……では、パーティを始めるとしよう!」
そういうと、エリアースは右手をスッと上に挙げ、パチン!と指を鳴らした。
途端に会場中からパンパンパーン!と破裂音が鳴り響くーー魔法で鳴らしたクラッカーだ。
生徒達からはワァ!歓声が上がり、それを合図に生徒達が一斉に会場中に散らばった。
「おわっ、ちょっと……いたっ!」
知らない生徒に足踏まれた!
くそう…人が多いところはやっぱり苦手だ…!
オロオロとしていると、ジェリコに腕を取られて人の少ない場所に誘導された。
「大丈夫? ミカド」
「うん、ありがとな、ジェリコ」
「どういたしまして」
……バチコーンとウィンクが返ってきた。ジェリコのモテ男ムーブにもだいぶ慣れてきた。
「……しっかしすごい人だ……ユウリきゅん……どこに」
人の少ない場所から、改めて会場を見回す。
ブリートリアの在学生のほとんどが参加しているようで、会場には多くの生徒がいた。
お目当ての彼は絶対にいるはずだが、なかなか見当たらない。
「……うーん、今日は“ご令嬢“はいないのかな?」
ジェリコが不思議そうに呟く。
「ご令嬢?」
「そう、かの王子殿下の婚約者。ユウリ・ラングスだよ……おっと、噂をすれば」
そう言ってジェリコはニヤリと笑った。そしてまた長い指を俺の背後に向ける。
素直に振り向いて、俺は思わず固まった。
舞台袖から会場の中央に向かって、一人の生徒が歩いてくる。
紫がかった艶やかな黒髪が肩先で揺れている。
青白く透き通る陶器のような肌。長いまつ毛に縁取られた薄青の瞳は伏目がちに自分の足元に向けられ、薔薇色の小さな唇はキュッと引き結ばれていた。
華奢すぎて折れそうな身体はピンと伸び、スラリと長い足を規則正しく動かしている……。
「ゆ、ユウリ……ユウリきゅん……」
ついに、ついに会えた……俺の至高の“推し”!!!
可愛い! 美しい! いややっぱり可愛い!! 最高!!
「あれ、ミカドは“令嬢”に面識があるんだっけ?」
ジェリコが不思議そうに尋ねてきた。俺は緩みそうな涙腺を必死に堰き止めて答える。
「……いやっ、っは、初めて……っか、かかか、可愛い子だね……」
最推しに会った喜びに動揺して思わずカミカミになってしまった……。
しかしジェリコはそんな俺を揶揄うことなく、そうだね、と同意を返してくれる。
ホントにいいやつだなお前は………。
「まぁ、確かに可愛いよね。……話しかけてみる?」
「えっ!」
思わぬ提案に驚くと、ジェリコは「任せて」と言わんばかりにウィンクを返し、俺の手を引いて歩き出す。
俺は生前からずっとシミュレーションしてきた『ユウリきゅんとのロマンチックな邂逅シーン(スチル絵込み)』を頭の中で呼び出そうとするが、ドキドキしすぎて全く頭が働かない。
ユウリきゅんは会場の中央にある一際大きな人だかり(エリアースがいるテーブルだ)に向かってスタスタと歩みを進めていた。
彼が歩くと人波が割れるように道が出来て、モーゼの十戒のようだ…。
ユウリきゅんが通った後の人波たちは、皆うっとりとした表情で彼の後ろ姿を目で追っていた。わかる……俺もそうなる。
ジェリコに腕を引かれたままユウリきゅんに見惚れていると、突然バフッと顔面に衝撃を受けた。反射的に「すみません!」と顔を上げると、そこには少し驚いたような表情のイケメンが立っていた。
180センチはあるであろう恵まれた体躯に、短い薄茶色の髪の毛が爽やかな印象を与える。
深い海のような、瑠璃のような藍色の瞳は優しく細められ、「君の方こそ大丈夫ですか?お怪我はないでしょうか?」なんて低めの優しいボイスで囁かれてしまった。
「あ、ふぁい……大丈夫です……」
「よかったです。でも、人が多いから周りをよく見て移動してください」
トドメのようにニッコリと返されて、俺はやっと意識を現実に戻した。
目の前に突然現れた彼は、4人目の攻略対象だ。
次期国王候補であるエリアースを守護する騎士、ギルバート・スミスだ。彼は幼少期からいつもエリアースの側に仕えて、未来の国王を守護している。
それはつまり…彼の側にはほぼほぼエリアースもいるということだ。
「……おい、どうしたギル……なんだ、お前かミカド・サクラ」
噂をすれば影、ギルバートの大柄な体躯の裏からひょいと顔を覗かせてきたのは、本日のホストである生徒会長様ーーエリアースだった。
「は、はぁ……どうも……」
「なんだ、俺様を目の前にしてその態度は」
「おや、彼はエリのお知り合いでしたか」
あぁ……突然イケメンの壁に囲まれてユウリきゅんが見えない……。
ていうかジェリコの奴どこに行ったんだ…。
俺がソワソワとイケメンの壁の隙間から探していると、俺の後ろ側からエリアースを呼ぶ声がかかった。
「生徒会長、そろそろ次のプログラムの進行をお願いします」
ガヤガヤと騒がしい会場の中でも、落ち着いたアルトボイスはしっかりと耳に届いた。
俺がゆっくり振り返ると、そこには俺越しにエリアースを真っ直ぐ見上げるユウリきゅんがいた。
あぁ……信じられない……目の前に推しが……! 可愛い! 最 高!(略)
「……もうそんな時間か。余興の準備はできているのか?ラングス」
うっとりと推しを見つめていると、後ろからエリアースがいつも通り偉そうに(実際偉いのだが)ユウリきゅんに尋ねる。
彼はそれに小さく頷いて、小さな形の良い唇を開く。
「はい。滞りなく」
表情を崩さず事務的に答えるユウリきゅんは、想像していたより随分大人しく見えた。
ゲームの中の彼はエリアースの側にベッタリと寄り添い、近寄るものは全て婚約者マウントで蹴散らし、裏で二度とエリアースに近づかないようにとあの手この手で工作してくるタイプのアグレッシブなキャラクターだった。
それが今は完全に裏方に徹して、エリアースにも至極淡々と事務的な会話しかしていない。
不思議に思ってユウリきゅんを見つめていると、後ろから頭をクシャっと撫でられた。
ハッとして振り返ると、エリアースが面白くなさそうに俺の頭をかき混ぜていた。
「……わかった、ご苦労だったな。ではな、ミカド・サクラ。お前も今宵の宴を楽しむと良い」
そう言って舞台の方に向かって歩き出した。ギルバートも「それでは、失礼します」とこちらに微笑んで、エリアースの少し後ろに控えるように歩いていった。
彼らがいなくなったことにより、テーブルを取り巻いていた大勢の生徒達も会場中に散っていった。
残されたのは俺とユウリきゅん、そして彼の取り巻きが数名だ。
ユウリきゅんはエリアースに付いて行くわけでもないようで、俺から少し離れたところで取り巻き達にお茶やお菓子をサーブされていた。
婚約者であるエリアースに頭をかき混ぜられていた俺にも気づいていないようだ。その様子に違和感を感じたものの、俺の思いは別の方向へ向かっていた。
話しかけるなら、今しかない……!
緊張で心臓が飛び出そうになりながら、意を決して口を開く。
「あっ! あの……! ユウリきゅ……じゃなくて、ユウリ・ラングス、くん……」
声をかけると、少し遅れてユウリきゅんがこちらに顔を向けてくれる。
ふぁ……推しと目が合った……! 今日は人生最高の日かもしれない。
周りの取り巻きにはすっごい睨まれているけど……!
「……は、初めまして! お、俺、ミカド・サクラっていうんだ。この前、ブリートリアに転入してきたばかりで。あ、俺は7年生なんだけど……」
「……すみません、僕は用事があるので失礼します」
ユウリきゅんはそう言って俺に背を向けて、立ち去ろうとする。
しかし、俺はこの千載一遇のチャンスを逃してはならない、と追い縋るように声をかけた。
「ま、待って……! お、俺、君と友達に……なり、たい、んだ……」
だんだん声が尻すぼみになってしまったが、言いたいことは伝えたからヨシ!
ドキドキしながらユウリきゅんの後ろ姿を見つめていると、彼は少しも振り返ることなく
「……もう、僕に関わらないでください」
そう呟いて今度こそテーブルから立ち去ってしまった。
「ま、待って!」
思わず追おうとすると、今まで俺を睨みつけていたユウリきゅんの取り巻きが俺の目の前に立ち塞がった。
「おい、ミカド・サクラ! ユウリ様はお前と違ってお忙しいんだ。邪魔するなら会場からつまみ出すぞ」
「はっ! しかもよりによってユウリ様と“お友達になりたい”だとぉ? お前のような庶民が尊い身分であるユウリ様に話しかけるだけでも烏滸がましいというのに……!」
モブっぽい取り巻きは俺を責め立てるが、正直聞いちゃいなかった。
去り際のユウリきゅんの様子が気になったからだ。
なんだか、怯えていた……?
心なしか顔色も悪かった気がする……。
もしかしてあまりに俺が必死すぎて顔怖かったのかな……うう、最悪だ!せっかく仲良くなれるチャンスだったのに!
一人で頭を抱えていると、無視されていると気づいた取り巻き達が気色ばんだ。
「おい! お前聞いているのか!?」
「痛っ!!!」
苛立ちを込めて肩パンされた。
魔法の勉強ばかりしてる癖にこいつらやたらガタイがいいし無駄に力が強い。か弱いユウリきゅんの護衛役でもあるからまぁ当然だが…。
「コイツ、エリアース様にもギルバート様にも気安く話しかけやがって……この前痛めつけてやったのにまだ懲りてないのか! ったく、庶民ってのは本当に図々しいな!」
「っ!!」
そう言ってまた別の取り巻きが俺に手を拳を向けた。俺は反射的に目を瞑るが、いつまでたっても衝撃はこなかった。
そおっと目を開けると、目の前には見慣れた男ーージェリコの背中があった。
彼は取り巻きの拳を抑えつつ、やれやれといった様子で肩をすくめて言った。
「全く、いまどき貴族だ庶民だなんて、時代遅れも甚だしいね……」
「……ジェリコぉ」
お前はやっぱりいいやつだぁ……!ちょっと泣きそう。
取り巻きモブ達はジェリコの言葉に興奮したように騒ぎ立てるが、彼が「いいのかい?この場で騒ぎを起こせば、君たちの大切な“ご主人様”にまで迷惑がかかるんだよ?」とのんびりと言うと、悔しそうに「覚えてろよ!」とテンプレセリフを捨てて去っていった。
モブに解放された俺たちは、人混みを避けてホールの隅に避難した。
先ほどの一悶着など誰も気にしていないようで、生徒達は出し物であるモノマネ魔法大会に夢中だ。
ようやく一息ついたところで、俺は改めてジェリコに礼を言った。
「ありがとな、ジェリコ。助かったよ」
「いや、元はといえば俺が君の手を離してしまったからだよ……不安にさせてごめん。怪我とかしてないかい?」
「大丈夫だよ、こんな人混みだし、はぐれちゃうのは仕方ないって」
ジェリコは申し訳なさそうに謝るが、俺は彼を責める気にはなれなかった。ジェリコが俺を引っ張り出してくれたから、俺はユウリきゅんに話しかけることができたんだから。
まぁさっき肩パンされたところはまだ少し痛むが…。
「そういえば、“令嬢”とはお近づきになれたのかい?」
「……うん、思い切って話しかけてみたけど、『もう関わらないで』って言われちゃった……」
「そう、でも気に病む必要はないよ、彼は誰にでもそんな感じだから」
ジェリコは肩をすくめてそう言うが、俺はユウリきゅんの怯えたような態度が気に掛かった。
それに、婚約者であるエリアースにすら事務的な態度で接しているのも不思議だ。
何度も言うが、マラちゅん!でのユウリ・ラングスは、エリアースの前では猫を被りまくり、媚びを売りまくる。(エリアースに本性はバレているが)そういうキャラクターだった。なおプレイヤーの多くは…特にエリアース推しの人には大層嫌われていた。
でも先ほど初めて会えたユウリきゅんは、そんな様子は全く見せなかった。しおらし過ぎて別人みたいだ。
「……でも、俺はやっぱりあの子が気になるんだ」
彼の様子がゲームと違っても、俺の“人生の最推し”であることは揺るがない。
どうあっても、ユウリきゅんと『仲良く』なりたいんだっ!!
俺が静かに決意をしていると、ジェリコが軽く笑う気配がした。見上げると、その表情はなぜか嬉しそうだ。
「ミカドは可愛いだけじゃなく、割とガッツもあるんだね。いいね! ますますキミのことが気に入ったよ!」
「お、おう、ありがと……」
「じゃあ、そんなミカドのために、俺も一肌脱ごうかな」
ジェリコはバチン!と見事なウィンクを寄越して、また俺の手を引いて人波へ歩き出した。
**
宴もたけなわなバンケットホールを抜けた俺たちは、ホールの入り口に面した小さな庭に点在するベンチで人を探していた。
ベンチには宴の喧騒を避けた生徒達がぽつりぽつりと腰をかけている。ジェリコは少し離れたところから全体を見渡して、すぐに目的の人物を見つけたらしい。俺の手を引いて迷いなく歩き出した。
「ミカド、“令嬢”とお友達になるためにはまずは情報収集が必要だ。キミにぴったりのアドバイザーを紹介するよ!」
彼はそう言って、一つのベンチの前で足を止める。
そこには、学校指定の黒のローブ(生地が分厚く重たいため、多くの生徒は寒い冬や着用が義務付けられた式典の時にしか着ない)をきっちりと着込み、フードで顔の半分を隠した生徒が座っていた。
「やぁ、フェリ! 久しぶりだね」
「……なんの用?」
ジェリコが明るく声をかけても、フェリと呼ばれた黒いフードの生徒は顔を上げることもなく、手元にあるケーキがたくさん乗ったお皿を突いていた。
「そんなに邪険にしないでよ。俺とキミの仲じゃないか! ……ミカド、彼はフェイリーカ・アンナフロスト。“令嬢”と同じ6年生で、なんと去年は寮で同部屋だったんだ」
そしてその前までは俺と長いこと同室だったんだよ、とバチっとウィンクを寄越した。
勿論その情報は知っている。フェイリーカの攻略ストーリーで軽く触れる程度だが、ユウリきゅんの過去に関する貴重な情報なので勿論チェックしていた。
フェイリーカ・アンナフロストは5人目の攻略対象だ。
主人公より1学年下の後輩で、一年中学校指定の黒いローブをきっちりと着込み、いつも顔を隠している。
身長は160センチと登場キャラクターの中で1番小さいが、そのローブのおかげか異様な存在感を放っていた。
素顔の彼は、白金のクセのない髪を肩先まで伸ばしており、少女のような可愛らしい顔で憎まれ口を聞いてくる、いわゆる“ツンデレ”キャラだ。好感度が上がるとかなりデレてくれるが、仲良くなるまでのツンツンぶりもかなり可愛いとツンデレ好きのユーザーにはとても人気がある。
「……あの、よろしく、お願いします」
俺はおずおずと手を差し出すと、フェイリーカはようやく視線を俺に向けた。美しいエメラルドの瞳が俺を捉える。
「……ふんっ!」
「わっ!」
ぺちっと音を鳴らして、彼は俺の手を払いのけた。全然痛くない。
「あ、も〜! フェリってば相変わらず人見知りなんだから」
「うるさい。ボクはいまケーキを食べてるんだから邪魔しないで!」
フェイリーカはかなりの甘党だ。華奢な体のどこにそのカロリーが吸い込まれているのか謎だが、スイーツを食べている彼は幸せそうで可愛らしい。
このまま彼がスイーツを頬張る姿を見つめ続けるのも良いが、俺は彼に聞きたいことがいろいろある。
「……あの、ユウリ・ラングスくんのことで、キミに色々聞きたいことがあるんだ」
「……」
無視。モシャモシャとチョコレートケーキを頬張っている。
しかしこれくらいでめげる俺ではない。
「俺、あの子と仲良くなりたくて、彼がよくいる場所とか、好きなものとか、その……色々教えてほしくて」
「……どうして?」
「えっ?」
ケーキを飲み込んだフェイリーカが小さく聞き返してくる。
エメラルドは真っ直ぐと俺の瞳を見つめていた。
「どうしてアイツと……ユウリと仲良くなりたいの?」
「それは……」
「彼経由でラングス家から支援を受けたいの? それともラングス家の秘伝魔法目当て?」
「ちがっ、俺は純粋に……」
「……もしかして、アイツの『身体』目当て?」
「え?」
どういう、意味だ? マラちゅん!のユウリきゅんの設定を思い返すが全く思い当たらない。
「ちょーっと、フェリ、ストップ!」
予想外の質問に思わず聞き返すと、助け舟を出すようにジェリコがフェイリーカを制止した。
「ミカドは純粋に“令嬢”と仲良くなりたいんだよ。だから……」
「“令嬢”なんて呼ばないでよ。アイツの名前はユウリだ」
ピシャリとジェリコに言い放つと、彼はケーキ皿を持ってベンチから立ち上がった。
「言っておくけど、ボクはアイツの友達じゃないよ……少なくともユウリにとっては、友達じゃなくなっちゃったみたい」
少し寂しげにそう言うと、フェイリーカはバンケットホールに戻る道を歩き出した。
「あ、ま、待って! 違うんだ、ほんとに俺は、純粋に……彼と、ユウリくんと仲良くなりたくて…」
「……そんなの、いくらでも言える」
「わかってる、でも、信じてほしい。俺は地位も名誉も興味ない」
生前、ただのマラちゅん!の悪役令息推しオタクだった時からの俺の願いはぶれていない。
「ただただ、俺があの子を幸せにしたいんだ。激甘チョコレートケーキよりでろっでろに甘やかして、この命尽きるまで幸せのスープに溺れさせたい……」
「……なにそれ、こわ」
「あっ、えっと……つまり、それくらい本気で、友達になりたいって、ことだ……よ」
やばい、ついユウリきゅんへの重たい愛を吐露して引かれてしまったか……。
ヘラっと笑って誤魔化すが、フェイリーカは「ふんっ!」とそっぽをむいて口を尖らせてしまった。
俺は彼から少しでもユウリきゅんの情報を聞き出したいが、この分ではもう無理か…と諦めかけていると、フェイリーカが「ねぇ、アンタ名前は?」と尋ねてきた。
「ミカド・サクラだよ」
「あぁ、アンタが“異端の転入生”ね」
聞いてきた割に、フェイリーカはさして興味がなさそうだ。そして数秒ほど間を開けて、彼は昔を懐かしむような表情で話し出した。
「……ユウリは、放課後はいつも学園の図書館で調べ物をしていたよ。アイツは家業の影響か、回復魔法とか治癒魔法の研究に熱心だったから、よくその系統の専門書とか薬草学とか古い魔女の秘薬についての文献を読み漁っていた。まぁ、それも生徒会に入る前の話だけどね。あとは時間があれば保健室のレイラ女史を手伝ってたみたい。……俺がわかるユウリの情報はそれだけだよ」
これでいい?と素っ気なく言うフェイリーカに、思わず俺は手を合わせて拝んだ。
「ありがとう!!! その情報だけでもすごくありがたいよ!」
「よかったね、ミカド!」
ジェリコも嬉しそうに微笑み、フェイリーカの頭をローブの上から撫でている。
「っわ、ちょっと大袈裟すぎ……ジェリコ! 撫でるのやめてよ! 子供扱いしないで!」
フェイリーカは顔を赤く染めてきゃんきゃんと文句を言う。可愛い。
余談だが、ジェリコとフェイリーカはカップリングとしても人気だ。彼らの組み合わせの薄い本を、転生前の俺は何冊か持っていた。
……左右はまぁ、ご想像にお任せします。
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