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第3話
ティーパーティー翌日の放課後、早速俺は一人で図書館に向かった。
ブリートリアの図書館は大変広く、人ひとりを探すのはかなり大変そうだった。フェイリーカの情報をもとに、ユウリきゅんがよく読んでいたという専門書のコーナーをメインで探すことにした。
カウンターの司書に回復魔法や治癒魔法、ついでに古代魔法や歴史書などの専門書コーナーの場所を聞いて、ウロウロと探し始めた。専門書コーナーは利用者も少ないのか、人影はほとんどなくとても静かだ。
「まずは、このあたりかな……」
棚の番号を確認すると、治癒魔法関連の書架のようだ。
ユウリきゅんがいますように、と願いを込めて覗き込むと、そこには想定外の顔ぶれがいた。
「うげ」
「貴様は昨日の……!」
昨日バンケットホールで俺に絡んできたユウリきゅんの取り巻きだ。しかも肩パンしてきた方。
彼は手元のメモを見ながら本を探していたようだが、俺に気づくとそれらを放り出してこちらに向かってきた。
「ちょ、ちょっと何、俺はただ探し物(人)をしているだけだよ! 暴力反対!」
「うるさい! どうせまた懲りずにユウリ様に近づこうとしているだけだろう!?」
くそっ、なんでバレてるんだ……!
「えっと、なんか勘違いしているよ……俺はただあの子と友達になりたいだけで!」
「それが烏滸がましいと言っているんだ! あの方は次期国王であるエリアース様の婚約者であり、名門ラングス家の中でも随一とされるほどの魔力量を誇る神童だぞ! しかもあの方はラングス家の悲願であった秘伝魔法を受け継ぐ“資格”を得られた……」
男は途中から恍惚とした表情で語り出す。
同じユウリきゅんを愛するものとして、推しを褒め称えられるのは気分がいいが、コイツは同担拒否すぎる。それに、内容に気になる部分が多すぎる。
「……秘伝魔法の“資格”?」
そんな話、聞いたことがない。訝しげに聞き返すと、肩パン男はハッとして口を噤んだ。
「と、とにかく! 貴様のようなぽっと出の庶民が近づいて良い方ではないんだ! いいか、二度とあの方に近付くんじゃないぞ!」
「おわ!」
そう言うと、彼は俺を押し退けてドカドカと歩き去った。残ったのは彼が放り出した書物が数冊と、小さなメモだ。
拾い上げると、そこには綺麗な文字で書物の名前が記載されていた。
「なになに……『愛の魔女ルイザの手記』と『治癒魔法応用編〜内蔵器官別の治癒魔法〜』、あとは『現役医療魔法師が解説する症例別の回復法』……お、このあたりはもう見つかってるんだな」
先の肩パン男が落としていった本を拾い上げる。メモのリストと照らし合わせると、1番下に書かれている書物以外は見つけられているようだった。
「えぇっと、最後の本は…『仮腹男子の妊娠体験記』? ……すごい本置いてるな」
首を傾げながらもメモを読み進めると、リストの下に走り書きがされていた。
「うーんと、『最後の本は司書を通さず直接渡すように。僕は生徒会室にいます。ユウリ』…えっ!? これユウリきゅんの手書きメモ!!?」
驚いてつい大きな声が出てしまう。慌てて周りを確認するが、特に人はいないので安心した。
改めてメモを読み返すが、やはり間違いなくユウリきゅんの手書きメモのようだ。
「こ、これはものすっごいチャンスなのでは……?」
心臓がバクバクと高鳴る。ありがとう肩パン男。お前がドジっ子なおかげで俺は推しに近づけるチャンスを手に入れた!
「よし! そうと決まればアイツが戻ってくる前にさっさとこの本を見つけなくては……!」
俺はリストを片手に決意を固め、先ほど肩パン男が立っていたあたりを探し始める。
「えっと、かりばら、かりばら……お!これかな?」
その本は他の本より薄いため、背表紙のタイトルが見にくかった。加えて棚の最下段に配置されていたため、上背のある肩パン男には見つけにくかったのだろう。
俺はウッキウキでその本を棚から抜き取り、表紙をなんとはなしに見てみる。
するとそこには可愛らしいイラストで、お腹が妊婦のように大きくなった男の子が描かれていた。そしてその子を支えるように肩を抱くイケメンも添えて描かれている。
……これは、どういう本なんだ? 男性妊娠モノの同人誌?
気になって中身をパラパラと読んでみると、どうやら男性の体で妊娠をして、出産をした人に対してインタビューしたものをまとめた本のようだ。
タイトルにある『仮腹』と言うのは医療用の魔法道具の一つで、もともと子宮を持たない男性や、病のせいで子宮を無くしてしまった女性が妊娠できるために使われるものらしい。
仮腹は本物の子宮よりも妊娠確率は低く、また一度埋め込んでも1ヶ月〜3ヶ月ほどで体外に排出されてしまうため、定期的に体内に埋め直す必要がある。
また、体質によっては拒否反応が出てしまう人もいるため、なかなか一般化しない魔法道具のようだ。
『仮腹』の基礎知識について書かれているところまで読んで、なぜこの本をユウリきゅんが探していたのかという疑問が浮かんだ。
彼の生家であるラングス家は確かに医療魔法の名門であり、古くから続く医療魔法道具メーカーとして名が知られている。当然、商品として『仮腹』も扱っているであろう。
しかし実際のユーザーの体験情報を求めるのは、なぜなのだろうか?しかもメモによると司書を通さずにこっそり持ち出すようにと指示がある。
自分の家の商品の更なる改善のためならば、秘密裏に調べる必要もないはずだが……。
と、そこまで考えていると、遠くからドスドスと足音が近づいてきた。きっと肩パン男が本を取りに戻ってきたのであろう。しかし残念ながらその手柄は俺がいただく……!
「急いで生徒会室に行かないと……!」
俺はメモと『仮腹男子の妊娠体験記』を服の下に隠し、肩パン男に見つからないように隠れながら司書カウンターに立ち寄った。そこに座っているのは優しそうなお爺さん司書だ。
「おや、さっきの子だね。探し物は見つかったかな?」
「は、はい、この3冊をお願いします!」
俺は手に持った3冊を差し出し、手早く貸出手続きをすませる。しかし、お爺さんはのんびりとした口調で話をしながら、これまたのんびりと手続きをしてくれる。
「ほう、ずいぶん難しい本を借りるねえ。君は医療魔法師を目指してるのかな?」
「あ〜、えっっと、ちょっと興味がある程度です……」
俺はソワソワとあたりを見渡すと、ちょうど肩パン男がキョロキョロと何かを探しながら歩いてくるところが見えた。
まずい! 見つかったら絶対追いかけられる!
「そうなのかい? この本は結構難しいけど……「すみません! 俺急いでいるので、もう行きますね!」」
会話を食い気味に切上げながら、お爺さん司書からひったくるように本を受け取り、俺は慌てて図書館から脱出した。
そのまま俺は生徒会室へ向かう。もう走っていると言ってもいいくらいの早歩きで足を進めた。肩パンは追ってこないので、まだ図書館で本を探しているのだろう。
生徒会室は数日前にジェリコに校内を案内してもらった時に通ったことがあるので覚えている。教室のある棟とは別棟の、音楽室や美術室、天体観測室など特別教室が集まる棟の最上階、一番奥に生徒会室はある。他の部屋とは違って、重厚感のあるデザインの大きな一枚板で作られた扉を前に、俺は少し上がった息を整える。見つかると面倒くさいことになりそうなので、どうか他のメンバーはいませんように、と願いを込めて扉をノックする。
「……どうぞ」
ノックからしばらく遅れて、扉の向こうから返事が返ってきた。
ユウリきゅんの声だ!俺はソワソワドキドキしながら、ドアノブを掴み押し開ける。
ギギギィ、と軋む音を立てて扉が開くと、そこは想像していたよりも普通の空間が広がっていた。
床は他の教室同様に古い板張りになっており、生徒会メンバーの作業スペースであろう長机が部屋の中央に2列。向かい合うように置かれている。
人数分の椅子とランプが行儀良く並べられており、いくつか書類も積まれていた。
入り口から見て正面の最奥には個別の机が1つ、長机を見渡せるように配置されている。ここが生徒会長の席であろう。椅子もそこだけ革張りのデスクチェアっぽいし。そしてその机の左手側に、生徒会長を監視するかのような場所にも机が置かれていた。ここがきっと副会長だ。
左右の壁に聳え立つように並んだ本棚には、資料がぎっしりと詰められている。
ユウリきゅんは調べ物をしているようで、本棚の前で資料を調べている。まだ本を届けに着たのが俺であることには気づいていないようだ。
「あの、本を届けに……きました」
「あぁ、すまない、そこに置いておいて……っ!」
言いながらユウリきゅんが振り向いて、俺の姿を捉える。
すると、「どうして?」と言わんばかりに目を見開き、読んでいた資料を取り落としてしまった。
そんなに驚く…?いや、驚くか。
「……な、なぜあなたがここに?それに、本って……」
「あ、えっと、さっきたまたま図書館で君の友達? に会ったんだけど……彼が急に用事を思い出したとかで、俺が本探しをかわってやることにしたんだ……ハハハ」
「… …」
ユウリきゅんの三白眼気味な大きな瞳でじとりと見つめられると、嘘が見透かされそうだ。ドキドキする。
「ん〜、あ! ほら君の書いてくれたメモもあるよ! あとここに書いてある通り、この本だけは貸出手続きしないで持ってきてるから安心して!」
俺はポケットに丁寧にただんでしまっておいたユウリきゅんの手書きメモと、服の下に隠していた『仮腹男子の妊娠体験記』を取り出した。
「……どうして…… !あなたがそれを!!」
すると、ユウリきゅんのただでさえ白い顔が、みるみると青ざめていく。
「え、えっと、だから、君の友達? の肩パン……じゃなくて、あの強そうな人に頼まれて……」
「嘘だ……! トッドが僕の言いつけを他の人に押し付けるわけがない!」
彼はヒステリックに声を荒げる。
否定するまでもなく嘘をついているのは事実なので、何も言い返せず気まずい沈黙が落ちる。
しばらくすると、ユウリきゅんは心を落ち着けるように小さく息を吐き、こちらを見ずに口を開いた。
「……何が目的ですか?」
「え?」
「こんなことして、僕に恩を売ってるつもりですか? それとも弱味を握るため? 言っておきますが、僕を脅してもラングスの家は揺るがないし、エリアース様との婚約も僕の一存ではどうにもできませんよ」
事務的にそこまで話すと、彼はようやく俺の目を見る。そして氷のように冷たい視線と口調で、さらに続けた。
「……あぁ、僕をこの場で殺せば婚約破棄にはなるかもしれませんね」
「そんな……! そんなつもりじゃないよ! 俺はただ、君と友達になりたくて……話すきっかけが、欲しくて……」
誤解を解こうと慌てて口を開くが、段々と語気が弱くなる。
『推しと仲良くなる』ために嘘をついてまで近づくなんて、それじゃもうストーカー一歩手前じゃないか。
転生してから、舞い上がって周りが全然見えていなかった。
念願だった推しを目の前にしているのに、その推しであるユウリきゅんの冷たい視線、声、態度、全てが俺を『拒否』していた。
「……友達? あなたと、僕が? ……冗談はやめてください。絶対にありえない」
「……そんな、こと……」
ない、と強く言いたいが、今の俺とじゃ俺自身も仲良くなりたくない。信用度はゼロどころかマイナスだ。
何も言えずに黙って俯いていると、ユウリきゅんは唐突に鼻で笑った。
「まぁ、こちらも部下のミスをカバーして頂きましたし、非常に遺憾ではありますが、知られてほしくない情報も握られてしまったのは事実です。……なので、取引をしませんか?」
思わぬ申し出に俺は顔をあげ、ユウリきゅんを見つめる。彼はこちらを小馬鹿にしたような表情で見ている。
うーん、セリフも相まってこれは立派な悪役令息。可愛いな。
「取引……て何するの?」
「そうですね……こちらはこのメモの内容、及び本の内容については一切口外しないことを求めます。その代わり、来月開催される校内対抗の魔法実技大会で、あなたとエリアース様をペアにしてさしあげるのはいかがですか?」
「え……?」
魔法実技大会とは、毎年春に行われる、その名の通り魔法の実技を競う大会だ。
ブリートリアで長い歴史を誇るこの大会は、学年や生徒の身分関係なく、生徒が二人1組のペアとなって実技課題をこなしていく、というものだ。みんなで同じ課題をこなして出来栄えで点数がつけられる予選大会と、上位成績のペアが参加できるトーナメント制の本戦があり、優勝者には豪華賞品が授与される。
マラちゅん!でもこの大会は一つのイベントとしてストーリーが描かれており、イベント実施時に主人公と好感度が1番高いキャラクターとペアになって優勝を目指すことになっていた。
ちなみに俺は転生前、エリアースと組んでイベントに参加した。ユウリきゅんの影を追っていたらいつの間にか好感度がぶっちぎりで高くなっていたのだ。遺憾の意。
……話がずれたが、つまりユウリきゅんは借りた本について黙っている代わりに、その魔法実技大会で俺とエリアースとペアになるように図ってやろうと取引を持ちかけているようだ。
「……」
彼の中では、俺は「エリアースとの仲を引き裂きたくて近寄ってきた有象無象の一人」なのだろう。
「どうです? 悪い話ではないと思いますよ? 実技大会中はペアと過ごす時間も長いですし。エリアース様もお優しいので、頑張れば情の一つでもかけてくださるかもしれません」
「そんなのやだ!」
「は?」
エリアースとどうにかなる? そんなのありえない。俺は……
「……ユウリきゅんがいい」
「ユウリ“きゅん”? ……それって僕のことですか?」
予想外の俺の拒否反応に、ユウリきゅんは戸惑いを隠せない様子だ。しかし俺は構わず続ける。
「そうだよ! 俺は君とペアになりたい! それでどうかな?」
ユウリきゅんの瞳を真っ直ぐに見つめ、自分の思いを伝えた。
「は……はぁ、僕と組んであなたになんのメリットが……」
「メリットとか、そんなのどうでもいいよ! お願い! 俺とペアになって!!」
君とじゃなきゃダメなんだ!と、もはや拝み倒す勢いで攻める。
さっきの塩らしい態度はどこ吹く風だが、俺はまだユウリきゅんと仲良くなるチャンスを諦めたくないので、必死にもなるのだ。
俺の懇願にドン引きしつつも、結局ユウリきゅんは条件変更を呑んでくれた。
「……まぁ、あなたがそれでいいと言うならば、仕方ありません」
「ありがとう! 頑張ろうね、ユウリきゅん!」
「気持ち悪いので“きゅん”はやめてください。ユウリ、と呼んでくだされば結構です」
「うん……! うん! よろしくね! ユウリ!」
俺はウッキウキで右手を差し伸べる。
「……はぁ、ちゃんとこちらの条件も守ってもらいますからね。ミカド・サクラ先輩」
訝しげに眉を顰めてそう言いながらも、彼は渋々手を差し伸べてくれたので、俺は奪うように手
を握った。
ひんやりとしていて、柔らかい…これが、ユウリきゅんの手…!!
推しとの握手に感動していると、ユウリきゅんは「もういいでしょう」と言って手を引っ込めてしまった。つれない態度も最高だ。
こうして俺たちは、秘密を共有することになったのだ。
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