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第4話

 魔法技術大会でユウリきゅん……改めユウリとペアを組むことを約束した俺は、喜びと共に大きなプレッシャーも感じていた。 そう、なぜなら俺は…… 「マホウ ムズカシイ デス」 ーー未だ基礎魔法すら使えないのである。 生徒会室での密会(秘“密“の“会“話だから間違っていない!)の翌日、俺はまた中庭の片隅で魔法実技の特訓に明け暮れていた。 “猫をジョウロに変える“のが課題だが、相変わらず猫は退屈そうにあくびをかましていた。 「う〜ん、上手くいかないねぇ……」 ジェリコは今日も俺の特訓に付き合ってくれている。困ったように首を傾げ、俺が手にしている杖と、足元で寝転がる猫で視線を行ったり来たりさせていた。 俺は少しでもヒントになればと思い、ジェリコになんとはなしに質問を投げる。練習の気晴らしも兼ねて。 「……ジェリコはさぁ、魔法使う時ってどんな感じで使ってる?」 「え? そうだなぁ、子供の頃から自然と使えてたから、あんまり意識したことなかったけど……両親からは力を制御するためのコツとして、“自分の中心から末端へ魔力が伝わっていくことを感じなさい”って何度も言われてたかなぁ……」 「自分の中心から……末端まで」 末端って言うのはきっと杖のことだろう。しかし中心とはどこのことだろうか? 心臓? それとも脳とか?? 「そうだね、自分の魔力源となる魔力炉……これは俺なりの表現として考えて欲しいんだけど、魔法を使う時は、いつもその魔力炉から必要な分の魔力を指先まで伝えるイメージで使っているかな」 ジェリコは指を自分の胸の中心から肩、腕、そして指先へとなぞりながらそう説明してくれた。 「……なるほど、自分の中で魔力が移動するイメージか……」 「ミカドは、魔力が急に増えた時って、どんな感じだったの?」 「え? えーっと、うーん……」 正直わからない。何せ目覚めたら急に“魔法が使える世界”に転生してしまったのだ。 顔も体も全然違うが、意識だけは“俺”のままで。 でも少し違うことは、確かに体の奥から湧き上がる力を感じていることだ。目覚めてからずっと、何かが体の底で渦巻いていて、ソワソワと落ち着かない気持ちにさせられていた。 「その……自分の体の奥でグルグルしているものは感じているんだ……でもそれを放つ方法がよくわかんなくて……」 俺がそういうと、ジェリコは「なるほどね〜」と言いながら顎に手を当てて少し考えたあと、いいアイデアを閃いたかのようにパチンと指を鳴らした。 「……よし、じゃあミカド、まず力の移動を意識してみよう」 「うぇっ?」 ジェリコはそういうと、大きな手のひらを俺の下腹部に押し当てる。 おい、俺の力の中心はそこじゃないと思うぞ。 「ジェリコ……何をするつもり?」 疑わしい目で見上げると、ジェリコは意外にも真剣な表情で俺を見つめていた。 「ミカド、俺の手の動きに合わせて、その君の中に渦巻くナニカを移動させてごらん」 そう言って少しずつ手を上にずらし始める。 俺はまぁやってみるかの気持ちで、意識をジェリコの手に集中させた。 ゆっくりと動く手のひらは暖かい。その暖かさに導かれるように“力”を移動させるイメージを維持する。 「……そう、ゆっくりでいいよ。力の移動をイメージするんだ、ミカド」 「……うん」 だんだんと、何かが込み上げるような、高揚感に似た気分が高まってくる。こんな感覚は初めてだ。 そしてジェリコの手が俺の胸のあたりに差し掛かると、背骨がぞわりと総毛立った。不快感ではなく、その逆だ。 押し当てられた手はことさらゆっくりと胸の上を滑る。 指先の1本1本が俺の乳首を掠めているのは……もうこれは意図的だろ。 「……っ!」 親指が一際強く乳首をなぞったところで、俺は完全に集中力が切れた。 不貞行為を働く手首を捕まえて、ジトっとした目でジェリコを見上げる。 「おい……真面目にやるんじゃないのかよ!」 「ははっ、ごめんごめん。集中しているミカドが可愛かったからつい」 悪戯っぽく笑ってウィンクを寄越すジェリコは全く悪びれていないようだ。 彼のこういうところは長所であり、短所なんだろう。俺も今はいい意味で気が抜けてしまった。 「……は〜、もう、いいや! ちょっと休憩!」 そう言って俺はその場で座り込んだ。青々と生えた芝生はフワフワとしていて気持ちが良い。 「でもミカド、今のイメージを積み重ねれば、きっと上手くいくと思うよ。前にも言ったけど、君の魔力量はかなりのものだから。コツさえ掴めばすぐに俺たちにも追いつけるさ」 彼は優しい笑顔で俺にそうアドバイスしてくれる。やっぱいいやつだな。 「ジェリコ……ありがとな!! ……ん? なんだあれ、小鳥?」 ジェリコの背後から小さな鳥、セキセイインコみたいなカラフルな鳥がパタパタと飛んできた。 それはそのままジェリコの肩に止まると、パカリと嘴を開ける。 「“ジェリコ・アグナ! 至急新聞部部室までくるように! 繰り返す! ジェリコ・アグナ! 新聞部部室まですぐにきなさ〜い!!!”」 小さな体からは想像もできないくらいの大きなボリュームでインコはそう伝えると、またパタパタと小さな羽を羽ばたかせて飛び去っていった。 「……なに、今の?」 驚きを隠さずに尋ねると、ジェリコはハッとした表情で鳥が飛んで行った方向を見送る。 「あ〜そうだぁ、今日は新聞部のミーティングがあったんだった」 ジェリコは学園の新聞部に所属しており、副部長のポストについている。 新聞部は定期的に学園内の事件や盛り上がっているトピックスについてまとめた校内新聞を発行しており、ジェリコも編集者の一人として割と真面目に活動しているようだ。 ……今日のようにミーティングを忘れてしまうこともあるようだが。 「あれはうちの部長の使い魔のインコだよ。ごめんね、ミカド。俺今日はもう行かなくちゃ」 ジェリコは困ったような顔で申し訳なさそうに言う。 「いや、いいよ、むしろ付き合ってくれてありがとな! なんか、コツ掴めたかも」 俺はニコッと微笑んで、元気にサムズアップをした。手段はややアレだったが、確かにジェリコのサポートで、自分の中の魔力をどう扱えばいいのか、ヒントを掴めた気がしたのだ。 「そう? よかったよ。じゃあミカド、頑張ってね」 爽やかに微笑んで、ジェリコはゆったりとした足取りで去っていった。ミーティングを忘れていたわりに、急ぐ気はないらしい。 ** ジェリコが去って一人になったあと、俺はぼんやりと中庭を眺めていた。 遠くでサッカーのようなスポーツに興じる生徒がいたり、友人同士で楽しそうに話していたりなど、みんな様々好きなように過ごしている。 今日は天気も良く、ポカポカと温かい。隣ではジョウロに変えられ待ちの猫が丸まってスヤスヤと眠っていた。羨ましい。俺も寝転びたいところだが……。 「……よし、もう少し頑張ってみるか!」 魔法技術大会の前に、まずは課題をこなさなければ。俺は気合いを入れて再び立ち上がる。 高くなった視線を巡らせると、思いがけない人物の姿が目に入った。 「あっ……ユウリきゅん!」 彼は校舎から出て中庭を渡るように歩いてくるところで、相変わらず少し後ろに取り巻きを左右に一人ずつ連れている。 右側には肩パン男……確かトッドとか呼んでいたな……顰めっ面でノッシノッシとユウリの少し後ろを歩いていた。 彼らはこちらに気づいていないようだ。俺は大きく手を振りながら、大好きな推しの名前を呼んだ。 「お〜〜〜い! ユウリ〜!!」 すると、声に気づいたユウリとトッドたちが足を止めてこちらを見た。 ユウリは一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに困ったような、怒ったような表情で肩をすくめて見せた。 取り巻きたちはすぐに「おい! なんだ貴様は! ユウリ様を呼び捨てにするとは何様のつもりだ!」とか「貴様、昨日はよくもやってくれたな!」など騒ぎ出したが、無視だ無視。 俺はユウリきゅんしか興味ないからな。 笑顔でブンブンと手を振り続けていると、ユウリは興奮した様子の取り巻きたちに2、3言指示した後、手で追い払うような仕草をした。そして、憮然した表情のまま、一人で俺の方に向かって歩いてきてくれる。 おおぅ……推しが、俺に向かって歩いてきてくれている……! 俺は嬉しさ爆発で子供みたいに飛び跳ねながら手を振っていると、俺の数メートル手前まで近寄ったユウリが心底イライラした様子で静止した。 「やめてください、みっともない……何か僕に用事でも?」 「え〜と、特にないけど、見かけたから声かけてみた」 えへへ、と頬をかいてそういうと、ユウリは呆れたような表情を隠さずにため息をついた。 「用もないのに僕を呼びつけるなんて、あなたくらいです」 暇なんですか?と俺をバカにしたように言い放つ彼も、また可愛らしい。推しに罵られる幸福を俺は享受している。 一人でデレデレしている俺を尻目に、ユウリは俺の手元の杖に視線を向けた。 「……なんです? “異端の転入生“が居残り練習ですか?」 ふんっと鼻で笑うようにそう言われるが、事実なので反論することもできない。 「あ〜っと、うん、そうなんだ。俺まだ上手く魔法が発動できなくて……」 「は? 冗談ですよね?」 「いや……本当なんだ。今はこの猫をジョウロに変える変身魔法を練習しているとこ」 足元の猫は相変わらずスヤスヤと眠っている。 「……それでよくうちの編入試験をパスしましたね」 ユウリに信じられないものを見る目でそう言われると、流石に自分の現状の危うさを実感してしまう。 「はは……本当に、そうだよね」 「……」 力なく笑うことしかできない俺に、ユウリも黙ってしまった。 よく考えなくても、魔法技術大会でペアを組むことを約束した相手が基礎魔法すら使えない初心者なんてわかったら当然不安にもなるだろう。 ましてや、ユウリは長い歴史を持つ貴族の息子だ。学校のイベントでもいい成績を残したいのは必至のはずだ。 そう思うと申し訳ない気持ちに押しつぶされそうになる。 「あ〜、でも、さっき友達にコツを聞いたんだ。だから……その、もう少し練習してみるよ!」 空元気で言うと、しゃがみ込んで眠り続ける猫に向き合った。 正直まだ上手く力の発動はマスター出来ていないが、やるしかない。 「……ッフゥー」 深呼吸を一つして、瞳を閉じる。 そして、意識の海を泳ぐ。深く、深く、潜る。 潜り切った底の奥の奥の方にある魔力炉を見つけ出すと、そこに細く長いチューブを取り付ける。 すると、少しずつだが、魔力がチューブを通ってくる。 俺は流れが滞らないように、慎重にチューブを持ち上げながら、少しずつ意識を上へ引き上げていく。 チューブを下腹部、鳩尾、胸へ通すと、意識が少しづつ外に向き始める。 俺の視線は目の前の猫に固定されており、動かすことができない。 ユウリはまだ近くにいるのだろうか。 魔力チューブが心臓付近を通ると、杖を持っている右腕が自然と持ち上がる。 それに導かれるように、魔力チューブも右腕の方へ曲がり始めた。 ゆっくりと右腕が暖かくなってくる。二の腕、肘、そして指先まで力が満ちてきたのを感じる。 「……」 魔力チューブは体の外へは伸ばせない。 俺は爪の先端から、慎重に、魔力を杖へ伝わせる。 触れている箇所から杖の先端まで、まっすぐに伝導させると、杖の先端から淡い光が放出する。 そのまま杖の先を猫へと向ける。 淡い光はふよふよと左右に揺れながら進み、猫を包み込む。 光に包まれた猫は、少しずつ形を変えていく。 まずはジョウロの持ち手、そして水を貯める本体へ。 ふわふわの体が硬質な物体へと変わっていく。 「……! やった!」 思わず声を出すと、集中力が切れたのか、猫を包んでいた淡い光は突然消失した。 残ったのは、注ぎ口のないジョウロのようなもの……もっと正確に言うと、注ぎ口の部分から猫の尻尾が生えた謎の物体だった。 「あぁ〜惜しい……」 ガックリと肩を落とすと、杖を持っていない側の袖をクンッと引かれる。 視線を向けると、ユウリが真剣な顔をして立っていた。まだ残ってくれていたことにこっそり驚いていると、彼はおもむろに口を開いた。 「もう少し近い属性同士から練習するべきでは?」 「え? えーっと、た、たとえば? 」 「そうですね……たとえばティッシュペーパーをレポート用紙に変えるとか、鉛筆をキャンドルに変えるとか、お互いに見た目や属性の近い物質に変える方が、イメージをキープしやすいと思います」 そこまで言うと、ユウリは中途半端に変えられたジョウロ猫を抱き上げる。 彼が指で数回撫でると、魔法は解除され、ふわふわの猫ちゃんに元通りした。猫はユウリの腕の中でくぅぁぁとあくびをして、ゴロゴロと喉を鳴らす。それをみたユウリは微笑みながら猫の背を撫でる。 その姿はまさに聖女……うぅ……神々しい……。 ゲーム中では悪役令息なんて呼ばれてるけど、実際のユウリはこんなに可愛くて素敵なんだ。 うっとりして見つめていると、ふとユウリが視線を上げた。思いがけず目が合い、数秒見つめ合う。 「……あ、と、ありがとう。やってみる!」 ドキドキしながら感謝を伝えると、ユウリは口の端を釣り上げ、先ほどとは違う、悪役令息っぽい笑みを浮かべた。 「僕とペアを組みたいと懇願してくるから、どんなに凄い魔法を使えるのかと期待していたのに、まさかこんな基礎で躓いてるとは思いませんでしたよ。あまりに哀れなのでついアドバイスしてしまいました」 「うん! うん……! そうだよね! でも俺、こっから頑張るよ」 「……嫌味を言っているのになんでそんなに嬉しそうなんですか」 「えへ、ユウリにかけてもらった言葉はなんでも嬉しいんだ、俺」 そう言うと、ユウリは不可解そうに眉根を寄せた。 「……なぜ、あなたはそこまで僕に関心を寄せるんですか?」 「え? えっと、それは……」   どこからどうやって説明すべきか分からず言い淀んでいると、ユウリは「まぁ、そこまで興味はないので、別にいいです」とそっぽをむいてしまった。 「それより、僕との約束はきちんと守ってくださっているようで、少し安心しました」 「もちろん! 君とのことは、誰にも話していないよ」 「えぇ、よかったです。 特にあなたのお友達にはゴシップに目がない方もいらっしゃるようなので……」 これはジェリコのことを言っているのだろう。 昨日図書室で見つけた本のこと、そしてその後生徒会室でユウリと交わした約束については、ジェリコを含めて誰にも話していない。 「安心して、俺は君との約束は守るよ。 それに、ジェリコは優秀な編集者だから、つまらないゴシップを拡散させたりはしないよ」 「……そうであることを願いますよ」 そう言うと、ユウリはくるりと俺に背を向けて歩き出す。 「僕は用事があるのでもう行きます」 「うん! アドバイスありがとう、ユウリ。 俺はもう少し練習していくよ!」  「…………」 ユウリは何か言いたげな視線を寄越すが、結局何も言わないまま歩き去っていった。 俺は彼の小さな背中が校舎の中に消えるのを確認すると、思いっきり感情を爆発させた。 「うぅわ〜〜〜〜!! やった〜! 俺、魔法使えた〜〜!! ユウリきゅんと凄い長く会話しちゃった〜! アドバイスまでもらっちゃって……俺、俺……今日が二度目の命日か……!?」 色々な嬉しいことが一気に起こって、ニヤニヤが止まらない。 この数分間で感情の起伏が激しすぎて風邪を引きそうだが、ここで立ち止まるわけにはいかない。 「よっし! やるぞ!!」 ジェリコのおかげで魔力放出はできるようになった。 あとはユウリのアドバイス通りに、簡単な変身魔法から練習していこう。 そして、俺は魔法魔術大会で、ユウリきゅんの隣に立つんだ……! この中庭の片隅で、俺は決意を新たにしたのであった。

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