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第5話

 ようやく魔法のコツを掴んだ俺は、それから暇を見つけては特訓を積んだ。 ユウリに教えてもらった通りに、まずは木の枝を鉛筆にしたり、ガラスを宝石にしたりなど、見た目でイメージ変換しやすいものから取り組んだ。そしてそれが完璧にできた後、牛乳をチーズに変えたり、チョコレートをホットココアにしてみたり、少しずつ差異の大きいものを変える練習をした。 そこまでクリアしてようやく、猫をジョウロに変える練習に取り掛かった。 魔力の放出は最初よりかなりスムーズにできるようになったので、俺は猫がジョウロに変わるイメージを持ち続けることに集中した。 猫の前足と後ろ足はつま先同士をピトッとくっつけ、輪っか状になった。ここは持ち手にしよう。 くぅああ、とあくびをしたその口から、ジョウロの水を入れる口を広げる。 可愛い耳はそのまま飾りとして残しておこう。 そして一番重要な注ぎ口。 自由気ままに揺れる尻尾を根本から撫で上げる。撫でた箇所からピンと伸ばされ、優雅な注ぎ口となった。 仕上げは質感だ。 ふわふわの毛並みをなめらかに鞣して硬化させ、カチカチピカピカのブリキに磨き上げる。 叩けばカンカン!と音がしそうなくらいの硬さをイメージできたところで、閉じていた瞳を開く。 目の前にあったのは、どこからどうみても黒いブリキのジョーロだった。 「……やった……!」 努力が実り、俺は魔法実技のテストを無事合格(パス)することができたのであった。  テストを無事にパスした俺は、ジェリコと共にブリートリアの誇る食堂で、小さな祝杯をあげていた。(もちろんジュースだ) ランチタイムなので生徒で賑わっているが、俺たちは運良く空いている席を確保し、いつものメニューを前に喜びを分かち合う。 「ミカド、本当におめでとう、すごかったね〜」 「ありがとうな、ジェリコのおかげだよ!」 「ううん、俺は魔力放出のコツを教えただけだよ。そこから変身魔法を使いこなせるようになったのは、ミカド自身が頑張ったからだよ」 「本当にすごいよ、おめでとう」と微笑むジェリコに、俺もニッコリと笑顔を返す。 ジェリコは時間があれば俺の練習に付き合ってくれたので、いくら感謝しても足りない。 そして、何より感謝を伝えたいのは、ユウリだ。 実はあの放課後の後、周囲に誰もいないタイミングで出会った時に限り、俺の練習を短い時間だが見てくれたのだ。 魔法実技大会のペアとして相応しいかどうか見極めるため、と言っていたが、いつも生徒会の仕事で忙しいのに、無碍に断ることもなく見てくれた。 もはや“悪役令息”らしからぬ面倒見の良さだ。一応俺、ライバル役なのに。 まぁ、そのライバルが一番彼に執着しているんだけど……。 「(ユウリにあったら、パスしたことを伝えて、お礼も言わなくちゃな……)」 魔法実技大会の準備期間が、そろそろ始まろうとしている。 大会の概要が生徒達に公示された後、各々ペアを作って大会本部に届け出なければならない。 誰とペアを組むかは成績に大きく影響するし、割と長時間ペアの二人で過ごすことになるので、性格の相性も重要になってくる。 そういう意味では、もうすでに大会の準備は始まっていた。 去年と同じ相手と組む人もいれば、さまざまな事情で新しい相手を探している人もいる。 みんな水面下で動き出しているのだ。 今も隣で、可愛い下級生(リボンの色からおそらく4年生だ)を口説く同級生がいた。 「ねぇ、俺と組もうよ! わからないことがあったら何でも教えてあげるからさ」 「えっ……! でも僕、もう同級生と組もうって話をしてて……」 「えぇ〜、上級生と組んだ方が成績は有利だよ? 俺ちょうど下級生のペア探しててさぁ」 「でもぉ……」 こんなやりとりが食堂のそこかしこで交わされている。 マラちゅん!ゲーム内でも、このあたりから魔法実技大会のイベントストーリーが始まっていた。 主人公は一番好感度の高いキャラクターから、ペアの誘いを受けるのだ。 俺の場合は、当然と言えば当然だがジェリコだった。 ランチプレートのパスタを巻きながら、彼はごく自然に聞いてきた。 「ミカド、もう知っているかもしれないけど、来月から魔法を使った学内対抗戦が始まるんだ。そこでは学生がペアになって課題に取り組むんだけど……良かったら、俺と組まない?」 「あー……ごめん。実はもう、相手決まってるんだ」 「え? そうなの? ミカドは今年が初めてのはずだけど、すでに声をかけていたのか……それとも誰かから先に誘われた?」 「まぁ、誘われたというか、俺が誘ったというか……説明が難しいんだけど」 「ふぅん、そうなんだ。……誰と組むか、聞いてもいいのかな?」 ジェリコはニヤリと笑いながらそう尋ねてくる。 いずれわかることなので、素直に答えてもいいかと思ったが、ユウリと交わした約束について触れられると困る。 「……えーっと」 「まぁ、いずれわかるからね。いいさ、僕は他の子を誘うよ」 「う、ごめん」 「いいんだ。ミカドにはミカドの事情もあるしね」 「でも、俺のペアと当たった時は、覚悟しておいてね」とウィンクしながらパスタを口に運ぶジェリコはやっぱりいい男だった。 その日の放課後、魔法技術大会について、正式に公示された。 エントリー受付は本日から1週間後の放課後まで。ちなみに期限を過ぎてもエントリーがなかった生徒については、運営側が勝手にペアを作るシステムだ。 そしてその翌週から、いよいよ予選大会がはじまる。 予選大会の内容は、数パターンあるらしい。 ランダムで割り振られるのだが、エントリーしたペアからくじ引きで決められるとのことなので、早く申請したほうが下調べの時間が多く確保出来て有利ということだ。 予選大会の期間は2週間。 ちなみにこの期間は通常の授業はなくなり、生徒達は課題の解決に専念できる。 そしてそれを突破し、一定の成績を収めたペアが、本戦のトーナメントに参加できることになる。 トーナメント戦はペア対ペアの戦闘実技。魔法同士の殴り合いだ。 本戦は、学内に特別会場が用意され、本戦に参加しない生徒達も観戦できる。 このトーナメントで優勝したものが、その年の魔法技術大会の総合優勝ペアとなる。 そして優勝者には、豪華賞品があるらしい。 「今年は王子殿下が生徒会会長になっているし、賞品も豪華そうだね」 「……そうかもね」 ネタバレだが、マラちゅん!のストーリーでは、“豪華賞品”は食堂無料券半年分である。 画面の向こうのエリアース曰く、「学内行事の商品としてはこの上なく豪華だろ?」とのことだった。王子は割と、シビアなのだ。 「さて、じゃあ俺は、ペア候補に声をかけてこようかな。ミカドも、ペアが決まっているなら早めにエントリーしたほうがいいよ」 「うん、ありがとな。ちなみに、ペア候補って誰?」 「それは、始まってからのお楽しみ」 バチっとウィンクを残して、ジェリコは去っていった。 ** 俺は、エントリーのためにユウリを探した。 生徒会室にはおらず、図書室にもいなかった。 「そういえば、たまに保健室でレイラ先生を手伝ってるって、フェイリーカが言っていたな……」 俺は足を保健室に向ける、放課後の廊下は人影もまばらで静かだ。 保健室のドアを少し開けると、人の話し声が聞こえてきた。片方はユウリのようだ。 もう片方は…… 「何? もうペアが決まっているだと?」 「……はい。口約束ですが、僕は異存はないです」 「ふん……なるほどな、まさか婚約者の俺様を出し抜く奴がいるとはな。お前も意外とやるな、ラングス」 「そんなことは……エリアース様は、どなたと組まれるのですか?」 「俺様と組みたいものなどそれこそ星の数ほどいるだろうが、そうだな、“異端の転入生”と組めば、少しは楽しめるかもしれんな」 「……どう、でしょうね」 「ふっ、お前もそんな顔するんだな、ラングス」 「え?」 「まぁいい、俺様は誰と組んでもトップになれる実力があるからな。精々這い上がってくるがいい」 「はい。ありがとうございます。あの、頭痛の治癒魔法も唱え終わりました。もし必要なら、薬を出して頂くようにレイラ先生に伝えます」 「ああ、手間をかけたな。問題ない。この調子なら薬は必要なさそうだ」 「いえ……僕はレイラ先生が戻ってくるまで待っていますので、ここで失礼します」 一緒にいたのはエリアースだったらしい。 保健室から出てくる気配がして、咄嗟に扉の影に隠れてしまった。 扉から出てきたエリアースは、ふと足を止める。 俺のことは見えてはいないはずだが、気配には気づいているようだ。 「俺様を差し置いてアイツと組むんだ。勝ち上がってこいよ? ミカド・サクラ」 「…………善処します」 どうやら俺が盗み聞きしていたこともバレているようだ。 エリアースはこちらを一瞥もせず、そう言って立ち去った。 俺はヒリヒリとした気持ちで、遠ざかる背中を見つめることしかできなかった。 ** 「あれ、ミカド先輩、いたんですか」 「うん、大会のエントリー始まったから、早めにやっておいた方がいいかなと思って」 保健室に入ると、ユウリは窓際で難しそうな本を読んでいた。他には誰もいないようだ。 俺は、先ほどの二人の会話について、少し迷ったが聞いてみることにした。 「あのさ、さっきエリアースと話していたの、実はちょっと聞いちゃったんだ」 「……ああ、エリアース様は、頭痛がするのでこちらにいらしたようです」 「ううん、あの、エントリーのこと。ユウリ、エリアースからも誘われてたんだね」 「……ええ、まぁ、親が決めたとは言え、婚約者ですからね。建前として声をかけてくださったんでしょう」 「そうかな……そうは、見えなかったけど」 「え? 何か言いました?」 「いや、なんでもない……あのさ、なんでエリアースの誘いを断ったの?」 「? あなたと先に約束していたからですが……?」 「(そんなの、いくらだって破棄できるのに)」 ユウリの悪役令息らしからぬ真面目さと純粋さに、俺は戸惑いながらも、胸のときめきを抑えられなかった。 なんてこった。想像していた以上に推しが可愛すぎる……! 俺は込み上げる感情に思わず眉根をよせ、胸の辺りを抑えると、その様子を見ていたユウリが少し心配そうな声をあげる。 「え、ちょっと、大丈夫ですか? 胸が痛い?」 「だ、大丈夫……いつもの発作だから……しばらくすればなおる……」 「治癒魔法をかけましょうか?」 「ううん、病気じゃない! ダメだけど、大丈夫なやつだよ!!」 「はぁ……?」 訝しげな表情でこちらを見つめるユウリを前に、俺は深呼吸を数回繰り返し、なんとか冷静さを取り戻す。 そういえば、ユウリに伝えないといけないことがあったことを思い出した。 「そうだ、俺、実技のテスト合格したんだ! これもユウリのおかげだよ」 「そうですか。よかったですね。僕は、特に何もしていません」 「そんなことないって。本当にありがとう!」 「……いえ、まぁ、おめでとうございます」 ユウリは頬を染め、少し照れくさそうに呟く。 その様子に、俺はまた発作が起きそうだったが、なんとか堪えた。 その後しばらくすると、保険医のレイラ先生が戻ってきたので、俺はユウリと大会のエントリーに向かった。 エントリーは校内の各所でできるため、俺たちは一番手近なエントリースポットである空き教室へと向かった。 教室の前には20組ほどのペアがエントリーを待っており、俺とユウリもそこに並んだ。 すると、その場にいた生徒達全員が、信じられないものを見る目でこちらを見てきた。 まぁ、確かにエリアースの婚約者であるユウリと、異端の転入生と言われている俺がペアになるなんて、誰も想像つかないだろうな。 マラちゅん!のゲーム内でも絶対にあり得ない組み合わせだ。 ザワつく周囲を気にも止めず、隣に並ぶユウリは本を読んでいた。さすがだ。話題にされるのは慣れっこらしい。 俺はなんだか落ちつかずにそわそわしていると、前に並んでいた生徒に声をかけられた。リボンの色からすると、最上級生のようだ。彼の隣にはおとなしそうな5年生がオロオロした様子でその生徒を見ていた。 「なぁ、あんた、例の“転入生”だよな?」 「……まぁ、最近転入してきたのは確かですか……」 「ペアの相手、大丈夫なのか? その、王子殿下がいるのによ」 「えぇと、既に認知済みですし、激励の言葉をかけてもらいましたよ……」 「マジかよ、すげぇな……次期“王の女”に手を出すなんて……」 その生徒は、明らかにユウリを蔑むような目でそう言った。 俺はイラっとして言い返そうとしたが、俺が口を出す前に、隣のユウリが読んでいた本を閉じる音が先に響いた。 「なんですか、騒々しい。最終学年になっても黙って列に並ぶこともできないなんて……あなたのペアの5年生の方が、よっぽど弁えているようですね」 「んなっ、なんだど!?」 「言っておきますが、今回の組み合わせは僕からミカド先輩に提案させて頂いたんですよ。長い歴史を誇るブリートリアでも異例である“転入生”ともなれば、さぞ優秀な方であろうと見込んでのことです。将来エリアース様のお力になる可能性もあります。婚約者である僕が、その素養を確認するには、この機会は打ってつけだと思ったのです。あなたが邪推するようなことは何もありません」 「……ユウリ」 「これ以上僕と彼について根も葉もないことを喚き散らすのであれば、あなたのお名前をよく覚えておく必要がありそうですね。もちろん、あなたのペアの方も同様に」 ユウリが視線を5年生の子に向けると、今まで黙って聞いていたその子はびくりと肩を揺らした。 ラングスは古くより王家に仕える貴族の家だ。治癒や医療関連はもちろん、それ以外の企業にも顔が広いため、下手に不興を買うのは、自分だけでなく、家族や親戚一同の未来も潰す可能性がある。 ましてや、ユウリは次期国王であるエリアースの婚約者だ。この怯えようも納得だろう。 その5年生は、怯えたままの表情で隣のクソ男を制止した。 「な! なんで僕まで巻き込まれるんですか! もう、先輩、これ以上騒ぐなら、ペアの話はなかったことにします!」 「え? あ、おい、待ってくれ……! くそ! なんなんだよ!」 悔しそうにユウリをジロリと見やると、クソ男は慌てて5年生を追いかける。 残ったのは凍りついた空気と、これ以上余計なことは言わない方がいい、という緊張感だった。 「ユウリ、すごいね。あんなにスラスラと嘘を思いつくなんて」 俺は小声で称賛すると、再び本を読み始めたユウリも小声で答えてくれる。 「嘘ではなく、方便と言ってください。それに、ああいう連中には何を言っても自分の都合のいいようにしか捉えませんから、まともにやり合うのは時間の無駄です」 「なるほど、勉強になります」 「……ふ、こんなこと、勉強してもなんの特にもなりませんよ」 ユウリの口元が小さく笑みの形になる。 俺はその笑顔にまたときめきながら、発作が起きないように堪えていた。 10分ほど待つと、ようやく俺たちの順番が回ってきた。 教室入り口でエントリー用紙を渡され、それぞれの名前を記入して提出すると、教室の中央に進むように促される。 そこには、巨大なガチャガチャが置いてあった。俺の目線をゆうに超えるサイズのそれは、ガラスの球体の中に、カラフルなカプセルが詰まっていた。 「なんだこれ……?」 「これが予選大会のミッションを選ぶ魔法装置ですよ」 「魔法……装置? これが?」 「はい。魔力を込めてこのハンドルを回すと、左下の出口からミッションが書かれたメモが落ちてくる仕組みです」 「もうこれ、ガチャマシーンじゃん……」 「うしろが詰まっているからさっさと回しましょう。ミカド先輩、どうぞ」 「え、俺でいいの?」 「ええ」 「よし、じゃあやってみよう!」 俺はガチャのハンドルを握り、手先に意識を集中させて、時計回りに回した。 一回転させると、カタン、と音が鳴り、左下の出口からコロコロとカプセルが転がってきた。 カプセルの中には、折り畳まれた小さな紙片がある。 「これが俺たちのミッションだね」 「なんて書いてありますか?」 「ぁ……ちょっと待ってね」 思いがけず、ユウリが紙片を覗き込むように顔を寄せてくる。 顔が近いし、いい匂いがする……これは心臓に悪い。 俺はドギマギしながら紙片を広げる。 そこに記載されていたのは……。 『失われた“魔法”を見つけ出せ』 こうして、転生後の俺にとって初めてとなる、ブリートリア校内対抗魔法技術大会の予選が始まったのであった。

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