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第6話

 校内対抗戦の予選大会が始まり、学園の空気はより一層ソワソワと落ち着かないものになった。 ミッションはペアによって違うため、例えば『レイラ先生の迷子のペットを探せ』や『学園長室に隠された最高級のチョコレートを盗み出せ』などの子供のおつかいみたいなものから、『魔女の媚薬を作れ』『どんなドアも開けられる万能鍵を作れ』といった魔法を使いこなす力を試されるミッションもあるようだ。 そんな中、俺とユウリのミッションは『失われた“魔法”を見つけ出せ』だった。 おつかい系ミッションを期待していた俺にとっては難しそうな内容だったが、俺の手元を覗き込んでいたユウリは至極冷静に「簡単すぎませんか?」と少し呆気に取られた様子で言った。 「そうなの? 俺にはさっぱり……」 「技術大会という割に、調べれば終わりそうなミッションなのは気になりますが……とりあえず明日の放課後から調査しましょう」 「うん! そうだね」 不審がるユウリをよそに、放課後の約束を取り付けた俺は、満面の笑みで返事を返した。 ** 「いや〜まさかミカドと“令嬢”……おっと、失礼。ユウリ・ラングスがペアになるなんて、これは予想外だ」 「あはは。うんまぁ、色々あって、約束してたんだ」 エントリー翌日のランチタイム、俺はジェリコと向かい合って食事をとっていた。 いつも通りの光景だが、今日は少し違った。 ジェリコの隣には、ランチデザートのチョコレートプリンをむしゃむしゃと食べるフェイリーカが座っていた。(ちなみにジェリコの分も献上されたため、2つ目のプリンだった) なんと、ジェリコの相手はフェイリーカのようだ。 「でも、ジェリコもまさかフェイリーカと組むと思わなかったよ」 「うん、フェリもちょうど相手が決まっていなかったみたいだから、誰かに取られる前にね。俺も気心知れている人の方が良かったし」 「僕は別に、誰でも良かったんだ! でもジェリコが早くエントリーしたがってたから、仕方なく……」 フェイリーカは少し口を尖らせてそう言う。しかし、頬をすこし赤く染めるその表情は満更でもなさそうだ。 俺は心の中でニヤニヤしていると、フェイリーカがふとこちらに視線を向ける。 「アンタたちのミッション、何?」 「え? 俺たちのは『失われた魔法を見つけ出せ』ってやつだったよ」 「へぇ、珍しいタイプのミッションだ。なかなか難しそうだねぇ」 「俺もそう思ったんだけど……」 「ユウリにとっては簡単だよ。あの子は魔法オタクだから……アンタ、運が良かったね。これで予選突破確定だよ」 「あはは……」 フェイリーカはつまらなそうにいうと、またチョコレートプリンを頬張った。 元々彼はツンツンしているが、今日は輪をかけて言葉が刺々しい。 彼は仲良しの友人だったユウリが、俺みたいな素性のよくわからない男と組んでいることが気に入らないみたいだ。 俺は誤魔化すように笑うことしかできなかった。 「あー、そっちはどんなミッションだったんだ?」 「俺たちは、『図書館の禁書を探せ』だったよ」 「禁書、そんなのあるんだ」 「うん。禁書は棚に置いても勝手に動き回るんだ。大きさや見た目も自分で変えていく。だから俺たちは図書館中の本に拘束魔法や姿表しの魔法をかけながら、探す必要があるってこと」 「そうなんだ、そっちも大変そうなミッションだな……」 「まぁ、幸いにも時間に余裕はあるからね。のんびりやるさ。お互いに頑張ろうね」 「ふん……」 和やかにお互いの健闘を祈りながら、俺たちはランチタイムを終えた。 ** 放課後、俺とユウリは図書館で集合した。 予選大会が始まると、生徒会の仕事も滞るとのことで、ユウリはだいぶ根を詰めて作業をしているようだ。 元々白い顔はますます青白くなり、目の下にクマもできていた。 「ユウリ、なんだか顔色が悪いけど……今日は休んだ方がいいんじゃ?」 「いえ、大丈夫です。早めに取り掛かって、さっさと終わらせましょう」 「うん……でも無理はしないでね」 そんな会話をしながら、俺たちは図書館内を歩く。 図書館内には、他のペアであろう生徒もちらほらといて、みんな真剣な表情で調べ物をしていた。 途中、ジェリコとフェイリーカも見かけたが、軽く目で挨拶をしただけで済ませた。 ユウリは目的地があるのか、迷わずにスタスタと進む。 「あー、ユウリ、俺たちはどこから調べるの?」 「まずは古代魔法に関する棚から調べましょう。古い魔法には、現代魔法として引き継がれているものもあれば、禁忌として封印された魔法もあります」 「ユウリはもう、このミッションの答えを知っているんじゃない? フェイリーカが、ユウリは魔法オタクだから、このミッションは簡単すぎるって話してたよ」 「……フェイがそんなことを……? いえ、僕は実践的な治癒魔法以外はそこまで造詣が深いわけではありません」 ユウリはフェイリーカを“フェイ”と呼んでいるらしい。ちょっと恥ずかしそうな表情が可愛いらしい……。 俺はニヤつく口元を必死で引き締めて、ユウリの後をついて歩いた。 目的の棚に到着した俺たちは、早速手近な古代魔法の専門書を手に取った。 古代文字で書かれているので、かなり読みにくい。俺は辞書片手に読み解いていくが、ユウリはある程度理解できるようで、文字を指で辿りながらサクサクと読み進めていた。 「(すごい集中力だな……俺も、少しでも役に立たないと)」 俺は気合いを入れて目の前の文字列に集中した。 調査を始めて数時間ほど経つと、図書館は元々少なかった人気がますます少なくなっていた。 夕食の時間も近いため、そろそろ切り上げようと声をかけるために隣のユウリを見やると、彼は最初と変わらない姿勢で、専門書を読み漁っていた。 いつの間にか本のタワーが2つ3つ出来ており、手元のメモも紙が真っ黒になるくらい書き出されていた。 相変わらず顔色は悪いが、目だけは爛々と輝いて文字を追っている。 その気迫に驚きつつも、俺はユウリに声をかける。 「ユウリ、ユウリ、そろそろ切り上げよう」 「……」 声をかけても気づかないので、俺は肩を叩いて再度声をかける。 すると、ユウリはようやく意識を本から話して、俺に顔を向けた。 「あ……ぇ、何かありましたか?」 「ユウリ、今日はもう切り上げよう」 「……ぁ、もうこんな時間なんですね」 ユウリはまだ夢現のようで、ぼんやりとした表情で答える。 いつものような凛とした様子とは違って、何だか頼りない。 資料を片付けようと椅子から立ち上がるが、急にふらりと体が傾いだ。 「危ない!」 俺は思わず抱き止める。想像以上に軽い体に驚いたが、それよりもっと驚いたことがあった。 「(なんか、フニって、したな?)」 俺の手は図らずもユウリの胸部を支えていた。 指先に返ってきた感触が、男にしては……少し……柔らかいような? 「……っぅ」 「あ、ユウリ、大丈夫?」 「……はい。すみません、少しだけ眩暈が」 ユウリは机に手をつき、軽く頭を振る。 しばらくすると少し落ち着いたのか、手元にある読みかけの本を手でなぞりながら、ゆっくりとこちらに向き直る。 「あの、もう少しでこの本を読み終えられそうなのですが……」 「そんなフラフラな状態で何言ってるの! 今日はもうおわり!」 「……わかりました」 ……目に見えてしょんぼりとしている……。 可愛い! しかし、あからさまに体調不良な状態で無理はさせられない。俺はユウリの目の前からサクサクと本を片付け、早く図書館を出ようとユウリの背中を押す。 先ほど偶然にも触ってしまった胸部ほどではないが、なんとなく柔らかいような気がする。 「(何だかまるで女の子の体のような……)」 転生前の俺は、彼女はおろか女友達すらいなかったので、実際のところはわからない。しかし、同世代の男の体にしては妙に柔らかかった。 俺は夜ベッドに入った後も、偶然触れた柔い感触を思い返すかのように、両手を握ったり閉じたりを繰り返していた。 ……いや、変態かよ。 ** 翌日の放課後も再び図書館に集合となった。 俺は昨日のこともあるので、1日くらい休みにしようと提案したが、ユウリはしれっと「休みなら僕は勝手に調べます」と宣ったので、お目付役もかねて調査の続きをすることにしたのだ。 ユウリと行動を共にして気づいたことは、彼はこと魔法に関しては異様な集中力と興味を示すことだ。 それがだいぶ危なっかしい。 一度調査を始めると、俺が声をかけるまで休憩を取ろうともしないし、手に取った本を読むことに夢中になって、本棚の前で1時間以上立ち読みしていたりする。そしてそのまま立ち眩みで座り込む。 人を癒す魔法を得意とする割に、自分の健康には無頓着なのだ。誰かが見ていないと本棚や机の前でひっくり返るんじゃなかろうか……まさかいつも連れている取り巻きもそのために? あの憎たらしい“悪役令息”であるユウリ・ラングスに、実はこんな一面があるなんて……マラちゅん!のゲームでは決して知ることができなかった事実だ。 転生して、自分の意思でユウリに関わった俺だからこそ知れる、彼の新たな側面。 ……正直、めちゃくちゃときめいている。 「(なんでこの子は“悪役令息“なんだろう? ユウリの近くにいればいるほど疑問だよ)」 頭の中で自問しつつ、目の前で黙々と調査を進めるユウリを見つめる。 もうそろそろ1時間以上経つので、休憩させよう。相変わらず顔色が悪いし……。 俺は少し大きめのボリュームで声をかける。 「ユウリ、一回休憩しよう」 「……」 「おーーい、ユウリ!」 俺はユウリの薄い肩を軽く叩く。 するとようやく意識を現実に引き戻したユウリが、ぼんやりとこちらに顔を向けた。 「……ぁ、なにか、ありました?」 「一回休憩しようよ、調査の報告もしたいし」 「ん……はい、わかりました」 ぼんやりしているユウリは随分素直だ。もしかしたら、これがユウリの素の状態なのかもしれない。 ユウリは机の上に散らばる、文字で埋め尽くされて真っ黒になったレポート紙を手早く束ね、のそりと椅子から立ち上がる。 また立ち眩みしないかと少しハラハラしながら見守るが、今回は大丈夫そうだ。 図書館内は飲食禁止なので、俺たちは一旦外に出ることにした。 図書館の入り口前にはテニスコート1面ほどの庭がある。庭の部分は吹き抜けになっていて、外気を感じられて心地が良い。 その庭を囲むように石造りの通路が通っており、校舎棟と繋がっている。10メートルほどの高さの円柱が等間隔で立ち並び、通路の屋根を支えていた。 俺たちは吹き抜けの庭に座り込み、お茶を飲みながら調査の進捗を報告し合うことにした。 と言っても、俺は古代文字を読み解くことに時間がかかりすぎて調査自体の進捗はほとんどないため、ユウリが調べた結果を分かりやすく説明してもらう、というのが正確なところだ。 ユウリは先ほどのぼんやりとした様子とは打ってかわって、明瞭かつ丁寧に報告してくれた。 「まず、古より禁忌とされていた魔法があります。それが、“死の魔法”と“創世魔法”です」 「“死の魔法”は字面からなんとなくわかるけど、“創世魔法”って?」 「創世魔法は神の所業をこなすと言われる万能の法です。無から有を生み出し、世の理を作り変える。分かりやすくいうと、水の湧かない場所に水脈を作り出し、雑草も生えない不毛の地を一面の麦畑に変える。新たな生命体を作り出し、本来あった生態系を書き換える……そういうものです」 「ええ、すごい、そんな魔法がほんとにあったの?」 「真偽のほどは定かではありません。ほとんどが神話上の創作、もしくはもう少し現実的なある魔法について誇張して書かれたのではないかと解説している本もありました」 「なるほど、確かに神話とかってぶっ飛んでるもんなぁ」 俺は転生前の記憶の片隅にある、日本や世界の神話を思い出す。 このマラちゅん!世界の神話も同じような体系なのかもしれない。 「そして“死の魔法”、こちらは文字通り万物の死に関する魔法です。唱えるだけで相手を即死たらしめるもの、もしくは時間をかけて確実に死に至らしめるもの。そして死んだものを生き返らせたり、不死にする魔法もあったそうです」 「へぇ、それは確かに禁忌って感じがするね」 「はい。なのでこの“創世魔法”と“死の魔法”は“失われた魔法”と言ってもいいでしょう」 「え、じゃあもうこれでミッション完了?」 俺はあっけないミッションクリアに驚くと、ユウリは「いえ、まだです」と首を左右に振った。 「この2つは、古代魔法史を学んでいる人間であれば誰でも知っている魔法です。恐らくこの2つから派生した魔法の中に、禁忌となって封印されたものがあるはずです」 「じゃあ、俺たちはそれを探し出す必要があるって事?」 「はい。恐らくですが」 ユウリはそう言うと、優雅な仕草でお茶を飲んだ。 ちなみにこのお茶は、ユウリが魔法で水をお湯に変え、俺が庭に寝転がっていた猫をティーポットに変身させて入れたものだ。カップはその辺の石に変身魔法をかけた。少し歪になったが、一見すると陶芸家の作ったこだわりマグカップっぽくて個人的には気に入っている。 ユウリは名門貴族の息子の割にあまり物の見た目を気にしないのか、特に文句も言わずに使ってくれていた。 日が傾きかけた庭には俺たち以外の生徒は誰もおらず、静かな時間が流れていた。 なんだか世界に二人きりのようで、俺は自然と頬が緩んできてしまう。 「へへ……」 「先輩、どうかしました?」 「いや、ユウリとこんな風に過ごせるなんて、夢みたいで」 「…… 以前から気になっていたのですが、あの、あなたの目的は、何なんですか? その、僕を通じてエリアース様と懇意になるのが目的ではないんですよね……?」 「それは違う、断じて違う」 食い気味で答えると、ユウリは理解し難いものを見る目でこちらを見つめる。 俺はユウリのその目を見つめ返して、「あのさ、ユウリ、何回だって言うけど」と前置きして、ことさらゆっくりと伝えた。 「俺は、エリアースじゃなくて、ユウリと、仲良くなりたいんだよ。家柄とか利益とか、そういうのは関係なく、俺は君と友達になりたいんだ」 「僕と……」 「そうだよ。だから、今こうやって二人で一緒にお茶を飲んでるのが、嬉しいんだ。すっごく」 語りかける声に熱が入る……でも仕方ない、だって死ぬ間際までユウリのことを考えていたんだから。 転生前の俺に教えてあげたい……。 お前、死んだら推しと面と向かって会話してるぞ……! と。 「……」 「あ、ごめん、必死すぎる? 流石に引いた?」 俺は我に返り、慌ててユウリの様子を伺う。 いつもの澄ました表情をしているかと思ったが、予想に反してユウリは照れたような顔でマグカップのお茶を見つめていた。少し耳が赤い。 「ユウリ?」 「……あなたが、そこまで言うなら、その、友人としてなら、まぁ……いいです。仲良く……しても」 「…………」 嘘だろまさかそんな! ユウリきゅんが! あの“悪役令息”のユウリ・ラングスきゅんが! 俺と! 仲良くなりたいと! 言っている!? なんてこった今日は人生最高の日? あれ、俺この前もそんなこと言ってなかった? あまりの歓喜に言葉を失っている俺に、ユウリは訝しげな視線を投げてくる。 「……なんですか、不満なんですか?」 「まさか!! 滅相もない!」 両手を顔の前でワイパーのようにぶんぶんと振りながら訴える俺を見て、ユウリは「ふん」と小さく鼻を鳴らしてそっぽをむく。 照れ隠しのその仕草すら俺の心臓を撃ち抜いてくる。 俺はデレデレと緩みそうになる顔を必死で引き締めて、口を開いた。 「よし、じゃあ友人として、改めてよろしくね、ユウリ!」 俺は手を伸ばして握手を求める。 ユウリは俺の手を数秒見つめた後、おずおずと白い手を重ねた。 「握手〜!」 俺がユウリと握手した手にキュッと力を入れると、するりとユウリの手は逃げてしまった。 「……そろそろ、調査に戻りましょう」 「うん、そうだね!」 澄ました顔に戻ったユウリはそういうと、手早く資料をまとめて立ち上がる。俺もそれに倣って、周囲を片付けて立ち上がった。 「この後は、どこを調べるの?」 「実は、調べたい箇所があるんです」 「そうなんだ、いいよ、行こう!」 俺は上機嫌を隠さずに、弾むような足取りのまま、再び図書館に足を踏み入れた。

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