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第7話
図書館に戻った俺たちは、先ほど調べていた古代図書の棚を素通りし、更に奥の方へ足を進めていた。
しばらく進むと、ユウリは壁際に立ち並ぶ本棚のある地点で立ち止まる。
大きな図書館の最奥部であろうか。付近には明かり取りの窓も無く、かなり暗い。
俺がキョロキョロと周囲を観察することなど気に止めず、ユウリはおもむろに1冊の本の背表紙を壁に向かって押し込んだ。
するとなんと、目の前の本棚がズズズ、と音を立てて動き出した!
本棚は埃を立てながら、壁に向かって押し込まれていく。
「ええ!? 何これ!?」
「ブリートリアが誇る図書館の“封印書”エリアですよ」
「封印書……?」
「はい。ここには先ほど話した“死の魔法”や“創世魔法”をルーツにした魔法の中で、世に出ることを封印された魔法についての書物が置かれているそうです」
「そう、なんだ。ここって、その、誰でも入れる場所なの? なんかすごいギミックで隠されてるけど……」
「いえ、基本的に立ち入りは禁止されています。その為に隠されているんですし」
「ユウリは、なんで知ってるの?」
「僕が、と言うよりラングスの家にこの場所が伝わっているんです。僕も初めて入ります」
そこまで話すと、ちょうどズシン、と低い音を立てて本棚の動きが止まった。
目の前には真っ暗な空間が広がっており、中の様子は伺えないが、少しカビ臭いような、古い紙の匂いが漂ってきた。
「ここ……入って大丈夫なの?」
「怖いならミカド先輩はここで待っていても結構ですよ」
そう言うとユウリはさっさと中に入るので、俺も慌てて後に続いた。
闇に飲まれるような心地で何歩か進んでも、全く先が見えない。
「光よ」
ユウリが唱えると、彼の持っている杖の先にポワリと明かりが灯った。
そのまま杖を軽く振ると、光源はふらりと俺たちの頭上に浮かび上がる。
すると、真っ暗だった封印図書館の様子が徐々に明らかになってきた。
「うわぁ、これは」
「……すごいですね」
ユウリが感嘆の声を上げるのも納得で、ここはまさに、本の墓場だった。
広さはだいたい10畳くらい。天井もそこまで高くなく、図書館の天井と同じくらいだ。
石造りの部屋は円柱状になっており、壁を本棚が埋め尽くしていた。
異様なのは、床にも大量の本が積まれていたことだ。壁の本棚には入り切らなかったのであろう。中には本棚と同じくらいの高さまで積まれたタワーもある。
ここには机や椅子などは無く、本当に本しかない空間であった。何冊あるか想像もつかないが、1000冊は余裕であるだろう。
「これ、全部封印された魔法についての本なのかな?」
「そのようです。すごい、こんなにあるなんて……」
ユウリは手近に積まれた本のタワーを指でなぞり、うっとりとした声を漏らす。
俺はこの本を全部調べる必要があるのか……とうんざりした気持ちになったが、ユウリは違うみたいだ。
瞳がキラキラと輝いており、新しいおもちゃを前にした子供のようだ。
それを見ていたら、俺も弱音を吐いていられない。なんだかんだユウリに任せっぱなしだし、俺も何かしら結果を出さなくては……。
「よし。じゃあ、始めよう!」
「はい」
俺たちは手分けして、封印図書の調査に取り掛かることにした。
**
作業を始めてどれくらい経っただろうか。
俺もユウリも時計を持っていないし、この隠された部屋は窓もなく、光が届かないので正確な時間はわからない。しかし、体感としては……19時くらいかな。お腹空いてきたし。
ユウリの方を見ると、本のタワーに埋もれて、床にぺたりと座り込んで調査していた。
なんだか絵本に夢中になっている子供みたいだ。
……まぁ、彼が読んでいるのは“死の魔法”をルーツにした封印魔法の本なのだが。
俺は開いていた本を閉じて、ユウリに声をかける。
「ユウリ、もう今日は終わりにしよう」
「……え……あ、もうそんな時間ですか」
「うん。何時かわかんないけど、もういい時間だと思うよ」
「わかり、ました」
ユウリは俺の言葉に、ゆっくりとした所作で本から顔を上げる。なんだか少し顔が赤いような気がする。
彼の手元のメモも、いつもより余白が多い。やはり無理が祟っているのだろうか。
「ユウリ、顔赤いけど大丈夫? 体調悪い?」
「……いえ、大丈夫、です」
そういうと、ユウリは床に腕をつき、のそりと立ち上がる。
明らかにふらふらとした足どりで、俺たちが入ってきた場所へ歩き出した。
不安に思いながら、俺も後に続き、しばらく歩くと目的の場所に辿り着く。
謎のギミックで開いた扉はいつの間にか閉じられており、暗闇の中で俺とユウリは立ち尽くしていた。
「あれ? これって自動で閉まるの?」
「わかりません。僕も閉めた記憶はないですし、ミカド先輩は……」
「俺も閉めてないなぁ。閉め方わからないし」
「そう、ですよね」
「とりあえず、出る方法探そうか」
「はい……光よ」
ユウリが唱えると、淡い光が周囲を照らす。通路の壁は石壁となっており、鈍く光を反射している。
入ってきたはずの場所も同じ石壁で閉ざされており、一見するとスイッチや、ドアノブなども見当たらなかった。
俺たちはペタペタと石壁を手で探り、ギミックがないかを一通り調べた。
「何も、起こらないね……ユウリ、出口については何も聞いていないの?」
「……はい、というか、閉まる音もしなかったので気づかなかったです」
確かに、開くときはだいぶ大きな音を立てていたが、俺たちが奥で調査をしていた時は何も物音がしなかった。
通路から距離はあるが、聞こえない距離ではないはずだ。
「ううん、魔法で開くのかな?」
「わかり、ません……っふぅ」
「? ユウリ? どうしたの?」
隣のユウリを見やると、顔を俯かせ、肩で息をしている。
言わないが、やはり体調が悪いんだ。
早く、外に出て休ませてあげたい。ここは俺がなんとかしなくては!
「ユウリ、少し待ってて。魔法で開けられないか試してみるから!」
「ぅ、……は、い、すみません」
ユウリはそういうと、石壁に背中を預け、ずるずると座り込む。三角座りした足をぎゅっと自分の方に引き寄せると、膝に顔を埋めて小さく震えている。
いつになく弱々しいユウリの姿に不謹慎にもキュンとしつつも、俺は意識を石壁に集中させる。
入ってきた時のように、石壁が音を立てて動くイメージを持ちながら魔力を放出するが、石壁はびくともしない。
壁をドアに変身させて出口を作る方法も試したが、石壁自体に変化はなかった。なんだか魔法が弾かれている気がする。
俺は魔法で開ける方針からは一度離れて、壁や床、もしくは書庫側に隠しスイッチがあるのでは、と一通り探したが、結局出口は見つからなかった。
「ごめん、ユウリ……ダメだった……って、ねぇ、本当に平気?」
不甲斐ない気持ちを抱えながらユウリの元に戻ると、先ほどより辛そうな様子だった。
体を小さく縮こませ、ふぅふぅと荒い息をしている。畳んだ足を抱える細い指は、爪先が白くなるほど強い力で、ズボンの裾を握りしめている。
俺はユウリの小さく震える肩に手を添え、宥めるようにさする。
するとユウリは、大袈裟なくらい体をびくりとはずませた。
「ひゃっ……ぁ、う、せん、パイ?」
「え…………あ、と」
予想外の反応に、俺も驚く。
膝から少し顔を上げたユウリがこちらを見やる。
熱に浮かされたようにとろけた瞳が、ぼんやりとこちらを見つめてくる。
彼はイヤイヤをするように頭を振り、また膝の間に顔を埋めた。
「うぅ、ダメ、です、触ら……ないで」
「でも、しんどそうだから」
「大、丈夫……ぁ、はぁ……ん……」
「…………」
何がどうしてこんな状況になっているのか、正直見当もつかない。
つかないが、わかっていることが一つある。
ユウリが、その……“興奮”しているってことだ。多分きっと、性的な意味で。
時折甘い声を滲ませながら荒い呼吸を繰り返すユウリを見ていると、俺も当てられてしまいそうになる。
「ユウリ、あの俺、向こうにいるから……もし、シたいなら、その、どうぞ……」
「……? 何を、ですか?」
「へ? いや、だからその……体、辛いでしょ? 俺がいるせいでオナれないなら、見えないとこに行くから……」
「……わからないんです……ぼく、自分でしたこと、ない……ぅ……こんなの、初めてで……」
「え、嘘でしょ……」
「……だって、そんなの……っ誰にも、教わらなかった……いつも薬で、抑えて……」
ユウリは泣きそうな、堪えるような声でそういうと、より一層体をキツく抱きしめる。
「……」
まさかそんな。ユウリがこんなにも箱入りだとは。俺は思わず言葉を失ってしまった。
それにしても、立っていられなくなるほどの強い性衝動なんて聞いたことがない。もちろんふとしたことでムラムラしちゃうっていうのは、俺も男だし理解できるけど……。
というか、性欲を薬で抑えるなんて、初めて聞いた。
禁欲的すぎてむしろ不健康じゃないか?
と、脳内で自問自答していても、状況は変わらない。
ユウリは耐えるようにモジモジと両膝を擦り合わせている。その姿は確かに扇情的だが、彼自身が苦しんでいる状況はむしろ痛ましかった。
「……」
俺はユウリの傍に膝をつくと、背中に左手を添える。びくりと大袈裟に跳ねる背中を、宥めるように撫でさする。
「あ……何……?」
「ユウリ、俺がこれからすることは、忘れてくれていいけど、“やり方”だけは、覚えておいて」
「え……?」
戸惑うユウリの背中を左手で摩りながら、固く閉じた彼の両手を、自分の右手でゆっくりとほどく。
触れられただけでも感じてしまうのか、ピクピクと震えるが、特に抵抗はされなかった。
縮こまった足をリラックスさせ、右手をユウリのベルトにかけると、そこでユウリは状況を理解したのか、自由になった手で弱々しく抵抗してきた。
「ダメ、です……離して……」
「ユウリ、明かり、消して。そしたら俺のこと見えないでしょ」
「うぅ……でも、でも……」
「早く」
ぐずるユウリを急かすように声をかける。すると、頭上から照らしていた光源がフツリと消える。
途端、暗闇に包まれ、目の前のユウリの顔も見えなくなる。
手にかけたままのベルトを素早く緩め、ユウリのスラックスの前をくつろげた。
「っひぅ……ぐすっ……」
「ごめんユウリ、すぐ済ませるから」
ユウリ、泣いてるな……俺も辛い。
好きな子の体に触れるなんて、ほんとはもっとロマンティックで幸せなイベントのはずなのに……。
でも今は、ユウリの体を楽にすることが優先だ。俺はなるべく手早く、事務的に処理しようと右手を動かす。
下着越しだが、ペニスがしっかりと立ち上がっているのがわかる。先走りのせいか、下着もしとどに濡れていた。
布越しに軽く擦ると、ユウリの体は大きく跳ねる。
「っや! あぅぅ……やだぁっ」
「ごめん、ごめんね、ユウリ……」
悲痛さを滲ませる声に、俺は思わず謝ってしまう。
手探りで下着の中をまさぐり、ユウリのやや小振りなペニスを見つけ出して手のひらで包む。
俺は余計なことを考えないように、自慰をしているつもりで、筒状にした右手を動かした。
先走りで滑る右手は、ぐちぐちといやらしい音を立てる。
「あっ! ンっ! あぁァ! ぅう……ゃん! っやだぁ! やっ、やぁ!」
ユウリは俺の手の動きに合わせてびくびくと体を弾ませて、甘やかな声をあげる。
静かな室内に響く喘ぎに、正直俺の理性もギリッギリだった。
「ユウリ、イキたかったら、イっていいから……」
「っんぅ、や、わかんな……わかんない、よぉ……」
「気持ちいことだけに集中して、我慢しないでいいから」
「んっ、ぅん……っ!」
俺の言葉に、ユウリがこくこくと頭を上下に振ったのがわかった。
俺は追い込むように、先端部分を親指の腹で攻め立てる。
ぐちにちぐち、という粘着質な水音と、興奮で荒くなった俺の呼吸、そしてユウリの堪えきれない嬌声が石の壁に反響し、混ざり合う。
「あ! やぁ、ダメ! ダメぇ……なんか、くる……! やらぁ!」
「……っクソ!」
ぐちぐちグチュグチュにちゅにちゅ!
「! ひ、や! ァッ…………っ!!」
高い声をあげたユウリは、一際大きく体を震わせる。ちゃんとイケたみたいだ。
しかし、少し違和感があった。手の中のユウリのペニスは少しくたりとしているが、射精はしていないようだ。俺の手は彼の先走りだけでべっとりと濡れている気がする。
「(精通してない、とか……?)」
暗くて見えないが、ユウリは力の抜けた体をくったりと俺の方に預けたまま、絶頂の余韻で小さく震えているのを感じる。
気になることはいろいろあるが、ひとまずしんどい状況は抜けたみたいだ。
「……少し落ち着いた?」
「ん……は、はぃ……」
「休んでていいからね」
「……ぅ……すぅ」
ユウリはすぐに、小さな寝息を立てて眠ってしまった。
俺は自分の制服のジャケットを床に敷き、その上にユウリを寝かせると、彼から少し離れたところで、ユウリの痴態に当てられてすっかり固くなってしまった己の半身を慰めにかかった。
右手の手筒でいとも容易く精を吐き出し、ようやく俺もスッキリしたところで、改めてこの場所からの脱出を試みた。
ユウリを起こさないように小さな光源を灯し、出口付近を入念に探す。
石壁の石を手当たり次第一個ずつ押してみたりしたけれど、何も起こらなかった。
体感で1時間ほど格闘したところで、結局根を上げてしまった。
「う〜〜ん、中からは出られないのか? なんだか作りも牢屋っぽいしなぁ」
頭をガシガシとかき混ぜながら独りごちていると、背後でユウリが起き上がる気配がした。
「う……んぅ……」
「あ、ユウリ、おはよ」
俺は振り向いてその場から声をかけると、上半身を起こして目を擦っているユウリがいた。
しばらくぼんやりとしていたが、徐々に記憶が蘇ってきたのか、手で顔を覆ってあーとかうーとかうめき声をあげている。
「あの、ユウリ……その、」
「言わないで、誰にも」
俺の言葉を遮るように告げたユウリは、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「……うん、言わないよ。でも、その、色々聞きたいことは、あるんだけど……」
「……あなたは、いつも交換条件で僕の秘密を探りますね」
「あ……う、いや、そんなつもりは……。話せない事ならいいんだ! どっちにしろ俺はさっきのこと誰にも話さないって約束するから」
そういうと、ユウリは逡巡するように視線を彷徨わせたが、結局こちらを真っ直ぐ見つめたまま、「いえ、あなたにはきちんと話しておこうと思います」と静かに言った。
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