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第8話

※ユウリ視点 ※女体化や妊娠に関する表現があります  死んだら全く新しい人生を歩みたい。自分を縛り付ける、ありとあらゆるしがらみから解放されたい。歴史の長い家の人間なら、そう思ったことはあるだろう。 僕もそうだ。しかし、それはあくまで夢の話。僕は永遠に僕として、ラングス家の三男、次期王の婚約者であるユウリ・ラングスの人生を生きるしかないのだ。 繰り返し、何度も、何度も。 何度も。 終わることのない輪廻を生きている。 僕には過去生の記憶がある。 誰か別の存在としての記憶ではない。ユウリ・ラングスとして生きていた数々の記憶だ。 それは一度や二度のものではない。何十回、いや何千何万回、僕はユウリとして生きてきた。 すべてにおいて、ユウリ・ラングスの人生は、家名の発展に貢献するためだけに捧げられていた。 生まれた瞬間に男であることに絶望され、両親にも疎まれた。しかし、物心ついた頃の身体検査で魔力保有量が人並み以上であることが判明すると、今度は家の期待を一心に背負うことになる。 いつの間にか親が取り決めていた王家との婚約話も僕に拒否権はなく、就学前には僕の人生のレールは完璧に、一部の隙もなく敷かれていた。 これでもループする人生の最初の数回は、僕も素直に家の方針に従い、ラングスの家の為に奔走していた。 婚約者であるエリアースに近づくものは巧妙に仕組んだ嫌がらせで心をへし折り、僕を貶めようとするものがいれば謀略と財力と権力で黙らせる。そうやって、自分の立場を脅かすもの全てを蹴落としていた。 全ては政略結婚で王家との繋がりを強固なものとし、ラングス家の更なる発展に貢献するため。 それに僕は、はじめは確かにエリアースを愛していたと思う。 天性のカリスマと、美術品のように美しい造形。そして彼自身も優れた魔法使いであることも含めて、彼の婚約者であることが光栄だったし、誇りでもあった。 未来の伴侶、偉大な王となる人。 そんな彼を愛していたし、愛して欲しかった。 しかし、僕が何かをすればするほど、エリアースの僕に対する信頼や評価は下がっていく。ブリートリアに入学してからは顕著だった。 なにより決定的だったのは、ブリートリアとしては異端の、“転入生”が突如現れたことだ。 赤毛とエメラルドの瞳が特徴的な彼は、僕と引けをとらない魔力量を有していた。 そして、家柄や魔法界の常識に囚われない彼の自由奔放な言動と明るい性格は、エリアースの興味を大いに引いてしまう。 僕は焦った。あの手この手で彼を陥れようとするも、ことごとく失敗に終わるし、挙げ句の果てにはエリアースに悪巧みの証拠を握られてしまったこともあった。 最終的に、公衆の面前で婚約を解消され、エリアースは転入生と結ばれることになる。 そして、僕はラングスの家からも見捨てられる。ブリートリアにも在籍出来なくなり、卒業を待たずに中退、その後は家に軟禁され、命尽きるまで家業である医療魔法の試験体として体を弄られる。 僕の人生は、だいたいこんな終焉だった。 幾度も人生を重ねる中で、エリアースと結婚出来た時もあった。 しかし、どの人生でも、彼は僕を愛することはなかった。 王妃として僕を迎え入れるものの、転入生への想いを捨てきれない彼は、僕に触れようともしない。 周囲に急かされ、事務的に僕に触れたてきたこともあったが、結局僕は彼の子を孕むことができなかった。 孕まない犬は不要と、最期は城内の別宅に幽閉され、家族はおろか、伴侶の顔を見ることもなく僕は死んだ。 王家にとっても、ラングス家にとっても、僕は優秀な世継ぎを産むための道具としてしか扱われなかった。 ……その話をする前に、魔法を扱う人間の生態を説明しておこう。 魔力を保有する人間は、相対的に男性が多い。 稀に女性、つまり“魔女”が生まれるが、圧倒的に数は少ない。 そして、子供の魔力保有量は両親や家系からの遺伝が大きく影響すると言われている。 その為、貴族の家では魔女が産まれればその後100年は安泰だとも言われている。それだけ子を産める体というのは貴重なのだ。 王族や、歴史の長い貴族は子を産める魔法使いを求め、その結果生まれたのが、“仮腹”と言われている。 しかし、“仮腹”は妊娠確率も低く、母体への負担も大きいため、未だ王侯貴族の間では安定して子を産める“魔女”を求める声が大きい。 そんな中、医療魔法の大家であるラングス家は、秘密裏にある研究を進めていた。 それが“魔女化”の魔法である。 “魔女化”とは、文字通り魔女になる……男性を子宮を持つ女性体へと変化させることだ。 徐々に体を作り変えていく“種”を植え付け、10年程度の時間をかけて母体の魔力と体に馴染ませていく。 仮腹と違い、魔女化した男性は女性と同様に、排卵がされる限り妊娠する可能性がある。 定期的に体外に排出されることもなく、うまく体に適合すれば拒否反応も発生しないらしい。 そして僕は、この研究の実験体だ。 研究が成功し、僕が完全な“魔女“になれば、ラングス家は世紀の大魔法を開発したことになる。 僕が予定通りエリアースの元に嫁ぎ、子を成すことができれば、家は莫大な利益も得られるし、王族との繋がりも盤石なものとなる。 そんな訳で、両親や後継者である兄をはじめ、ラングス家に仕える家の人間たちは、必死で研究を進めているのだ。 もちろん僕に拒否権はない。 僕の身体が第二次性徴期を迎える前に、“種”を植え付ける。 “種”は様々な医療魔法を複雑に組み合わせたもので、新しい内蔵を作りだしたり、神経を繋ぎ換えたり、長い時間をかけて僕の体内で働く医療魔法道具だ。 最初は何も変わったところもなく、普通に生活出来ていたが、ブリートリアの6年生に進級する前あたりから、少しずつ体に変化が現れる。 そうして、僕は少しずつ丸みを帯びていく自分の体と、定期的に起こる強い性的興奮に悩まされるようになるのだ。 この性衝動は、“種”が僕の身体と魔力に馴染んだ証拠らしい。迷惑な話だ。 研究を進める家族や、トッドを始めとしたラングスに従属する家の人間は、そんな僕の様子を見て”資格”を得たと喜んでいたが、僕自身はこの先に碌でもない未来しか待っていないことを知っている。 魔女化したところで、僕は幸せになれないし、誰からも愛されることはないのだ。 僕は小さな抵抗として、自作の薬で性衝動を抑制したり、魔女化の進行を遅らせる研究をこっそりとすすめていた。 そんなことをしても、この地獄のループから抜け出せないと分かってはいる。 だって、どんなに善行を重ねようとも、全てが裏目に出て、僕はいつだって「悪役」になるのだ。 なので、ここ数回の人生では、なるべく人と距離をとって生きるように心掛けている。 今回はかなり良い。誰とも軋轢を生まず、少しはマシな最期を迎えられそうだった。 そのはずだった。 ……異端の転入生、……ミカド・サクラが僕に近づいてくるまでは。 地獄のループ中の僕の人生において、転入生の彼から僕に接近してきたことは初めてのことだった。 彼は、僕と“友達”になりたいと言って近づいてきたのだ。 なんなら半分脅しみたいな状況で魔法技術大会のペアを組まされた。(取引を持ちかけたのは僕だけど) 勿論その言葉を信じてはいない。油断させて僕を貶めるつもりかもしれないし。 ……だけど、初めて自分に向けられた“好意”に、僕は正直、かなり戸惑っている。 その戸惑いを振り切るように、特にやる必要のない生徒会の仕事も一人で黙々とこなした。限界まで疲労を積み重ねれば、余計なことを考えずに済むから。 いざ調査が始まってしまえば、先輩が隣にいても作業に没頭することができた。 そのせいか、僕は普段服用している薬……魔女化の副作用である性衝動を抑える薬を飲み忘れてしまった。 ミカド先輩に声をかけられた時に、僕はようやく身体の違和感に気づいた。 頭はぼんやりとするし、体中が熱い。 特に下腹部に渦巻く熱と、性器の灼熱感は異常だった。 身じろぐだけで高まる性感をなんとか誤魔化そうとするが、意識すればするほど、小さな刺激も快感として拾ってしまう。 僕は、自分をどう慰めればいいのかわからなかった。 以前、この状態になったときは、兄が開発した性処理用の魔法道具で機械的に処理された。 人工物に自分の陰茎を包まれる感覚が恐ろしく感じて、僕はそれ以降自分で処理することもなかったし、したいとも思わなくなってしまった。 ミカド先輩は、僕の異変に気づいたようで、はじめは席を外そうとしてくれた。正直、こんな姿を見られるのは耐え難かったので、申し出は有り難かった。 しかし、襲いくる快感の波にグズグズとしている僕を見かねたのか、結局彼は自分の手で処理しようと申し出てくれた。 僕の背中を宥めるようにさすりながら、もう片方の手では僕を追い詰めてくる。 魔法機械で処理された時の方が的確に性感をついてきていたはずなのに、ミカド先輩の手の不規則で少し強すぎるくらいの動きに、僕は翻弄されていた。 人の手がこんなに温かくて、心地良いものだなんて、知らなかった。 僕は漏れる声を抑えることもできずに快感に溺れてしまう。 上り詰めた先の強い快感に頭が真っ白になった僕は、じわじわと体に広がる甘い余韻と疲労感に誘われるまま瞳を閉じた。 **  彼は、僕の身体や性事情が人とは少し違うことに気づいただろう。 「話せないことなら構わない」と言っていたが、目の前で突然発情した上に、自慰の手伝いまでさせたのだ。このままただ黙っていろ、何も言うな、ではむしろ僕の方が気になって眠れそうにない。 何より、少し試してみたくなったのだ。 彼の、ミカド・サクラのことを。 僕を取り巻く状況を知った彼が、どんな表情をするのか。 軽蔑するのか、同情するのか、はたまた弱みを握ったとほくそ笑むのか。 結果的にどうなろうとも、僕はどうせこの地獄の輪廻からは抜け出せないのだから。 ダメなら次に活かせばいい。 僕はそんな後ろ向きな理由で、ミカド先輩に僕のことを話してみようと思った。 「……うまく、まとまっていないので、聞き苦しいこともあると思います」 「うん、ゆっくりでいいから」 石壁に背をもたれ掛け、僕らは二人並んで会話をする。 顔が見えないので、この方が話しやすい。 触れあう肩先から伝わる体温が心地良い。僕は、その気持ちを素直に受け入れた。 自分を落ち着かせるように2、3度深呼吸をして、口を開く。 「こんなことを話すと、頭がおかしいと思われるかもしれませんが、今から話すことは、僕にとって全て本当のことです」 そう前置きして、僕はユウリ・ラングスとして幾度も人生を繰り返していること、自分の身体のこと、そしてラングスの“魔女化”の魔法のこと、僕を取り巻く事柄を、なるべく感情を交えずに話した。 ミカド先輩は、「え、それって、マルチバース……ってこと?」とか「はぁ? 何それ!? あ、いやごめんユウリじゃなくて、君の家族にムカついている」とか「やっぱりエリアースなんかより俺が…ぁ、いや、ごめん続けて」とか、独り言のような相槌を打ちながら、僕の話を聞いていた。 「……と言うことで、これで僕の話は終わりです」 「……」 全て話し終えると、先ほどとは打って変わって沈黙が落ちる。 ……やっぱり、信じてもらえないか。頭がおかしいと思われたかな。 僕は少し不安になって、ミカド先輩の方に向ける。 彼は、泣いていた。 「え、あの……? 先輩?」 「っく……ごめん、ぅう、辛いのは、ユウリなのに……」 「辛い、ですか?」 「そうだよ、だってそんな、一回だって相当しんどい人生なのに、何度も何度も繰り返して……しかも全部覚えてるなんて……」 彼はそう言って、グスグスと鼻を鳴らす。 こんな荒唐無稽な話をして笑い飛ばされるか気味悪がられるかと思っていたので、まさかこんな反応が返ってくるとは驚きだった。 「……あなたは、僕の話を信じるんですか? こんな、突拍子もない話を」 「信じる。というか、俺もユウリと似たようなものだしね」 「それは、どういう意味ですか?」 「俺は……」 彼が口を開くと同時に、ズズズ、と入り口の方から音が聞こえてきた。 僕らは会話を中断し、音がする方を見やる。 しばらくするとドタドタと騒がしい足音が僕たちに近づいてきた。 「ユウリ様! ご無事ですか?」 「この、また貴様かミカド・サクラ! ユウリ様におかしなことはしていないだろうな!?」 入ってきたのはトッドとディートの2人。彼らはラングス家に従属する貴族の家の跡取り息子だ。 僕を慕っているような態度をとっているが、実態は“魔女化”の実験体である僕を監視しているのだ。 逃げないように、自死しないように。 「トッド、ディート、やめてください。僕は大丈夫です」 「「ユウリ様……」」 「あー、と……俺は」 「ここで調べ物をしていたら閉じ込められただけです。あなたたちが心配するようなことは何もなかったですよ、ね? ミカド先輩」 僕は余計なことを言わないように、ミカド先輩の言葉を遮る。 立ち上がり、肩に掛けられていた先輩の制服を返すと、僕は先輩やトッド達と共に封印図書館を後にしたのだった。 時刻はもう9時を半分すぎており、早く寮に戻らないと消灯前の点呼に間に合わなくなってしまう。 僕らはみんな無言で帰路を急いだ。 先輩と僕の寮棟の分かれ道まで着くと、ミカド先輩に声をかけられる。 「ユウリ」 「はい」 「おやすみ、また明日ね」 ミカド先輩はいつもと変わらない笑顔で、手を振りながらそう言った。 月の明かりが赤い髪に反射して眩しくて、僕はつい目を細める。 「……はい、おやすみなさい、ミカド先輩」 また明日、と口の中で小さく答え、僕は小さく手を振りかえした。 ** 僕の望みは二つだけ。 この人生のループを終わらせたい。 そして一度でいいから、誰かに愛されてみたい。 繰り返されるクソみたいな人生の最期に、僕はいつもそう願っていた。

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