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第13話

 ユウリとの婚約破棄は思いがけずあっさりと、エリアースの協力を取り付けることができた。 しかし、それだけで終わらないのがエリアースという男だった。 魔法技術大会で優勝すれば、俺たちに都合のいい方法で婚約破棄できるように協力してくれる。その代わり、それができなかった場合は、エリアースの都合の良いプランで動かなくてはいけない……あの王子様に何を要求されるのか全く想像つかないけど、ロクなことではなさそうだ。 俺とユウリは引き続き、予選の調査と本戦トーナメントの準備を手分けして行っていた。 ユウリは封印図書館。俺は図書館前の中庭で戦闘魔法の練習だ。 俺はユウリに新しく借りた戦闘魔法のテキスト(基礎ではなく実践編だ)と、図書館で借りまくった比較的わかりやすいと思ったテキストを足元に積み上げ、とにかく上から順番にどんどん中身を攫っていく。 予選大会も今日で5日目になる。ミッションの進捗状況も順調のようで、調査自体はあらかた終えており、あとは結果をまとめるだけのようだ。 「来週からは、ミカド先輩の方に合流できそうです」 今朝顔を合わせた時、ユウリは少し疲れを滲ませた顔でそう言った。 少し休んだほうが……と口に出しそうになるが、以前ユウリに「あなたに手伝えることはない(意訳)」と正論で返されたことを思い出し、「ちゃんと休憩してね」と声をかけるに留めた。 「(本当は、この前の話とかもう少しちゃんと聞きたいけど……今はそれどころじゃないよね)」 先日、封印図書館で聞いた話……どれも俺は知らない話だった。 ユウリとエリアースの婚約にまつわる話、そして、封印された“死の魔法”を使って、王様の死後、その魂をエリアースの体に転移させる計画が密かに動いているということ……。 わかっているつもりではいたけれど、ユウリの周りには陰謀策略など、しがらみが想像以上に絡みついてくる。 ユウリが望む未来を生きるためには、これらを全て断ち切らないといけない。正直、今の俺の力だけではどうにもできそうにない。 ……今考えるのはやめよう、まずは大会予選突破、そして本戦を勝ち進まないと! 本戦まであと1週間ちょっとだ。俺は俺にできることをやらなければ。 「よし……!」 気合を入れて、右手の杖を握り直した。 ***  ところで、ここ数日俺が一人で戦闘魔法の練習に取り組んでいることが、ブリートリアの生徒の中で噂になっているらしい。 「あのユウリ・ラングスに邪魔者扱いされているんだ。可哀想に」「ラングスはあいつを除け者にして一人で何をしているんだ」「でも戦闘魔法の練習をしているってことは、本戦で勝ち上がるつもりなんだ」「やはり今回の魔法技術大会の優勝賞品はそれだけすごいものなのでは?」 ……などなど、ユウリへの誹謗中傷めいたものから、魔法技術大会の優勝賞品の内容まで憶測が飛び交っているらしい。 ……ジェリコに聞かされるまで知らなかった。 「じゃあ、ミカド達は分裂している訳じゃなくて、分業してるってことなんだね」 ジェリコは納得したように頷きながら、サラダのトマトを口に運ぶ。 「そうなんだ。俺たちのミッション、古代書の調べ物だし。……ユウリが一人でやる方が早いからって」 「確かに、そのほうが効率がいいかもね。アンタ、古代文字を読むのも覚束なさそうだし」 「おっしゃる通りで……」 視線は目の前のリゾットに向けたまま、こちらをチラリとも見ずにそういうフェイリーカ。 フォークで器用にグリーンピースを避けているが、後でジェリコに食べさせられるだろうな。 夕食時の食堂は腹ペコの生徒達で混み合っている。 俺は入り口で出会ったジェリコとフェイリーカと同じテーブルに付いて、先ほどの噂話の真相について聞かされたのだった。 「でも、1人で戦闘魔法の練習かぁ、なかなか難しいことを言うね、彼も」 「うん、でも来週にはユウリも合流できそうだから、それまでは簡単な魔法をひたすら練習するよ」 「……どうせ壁打ちするなら、なるべく早く魔法を打てるように練習しておくといいんじゃない? 本戦は個人の戦闘能力よりも、ペアとの連携と魔法の速さが重要だから……」 「おや、フェリってば、ライバルであるミカドにそんなアドバイスしていいの〜?」 「べ、別にミカド・サクラのためじゃない! ユウリが……早々に負けるのは嫌だし……」 ジェリコはニヤニヤとした顔でフェイリーカを揶揄うが、ジェリコはジェリコで俺に何くれとアドバイスをくれたりしている。 2人ともいいやつだ。 「2人とも、ありがとな。俺、頑張るよ!」 「ミカドにとっては初めての大会だからね。応援してるよ。でも、本戦で当たったら、本気で戦わせてもらうよ」 「僕だって……!」 「……うん、その時まではもう少しマシに戦えるようになるね!」 ……とは言ったものの、やはりなかなか壁打ちだと気持ちが入らないのだった。  翌日、俺はまた中庭で1人、魔法の練習に勤しんでいた。俺の個人練習が噂になっていると言うことなので、なるべく悪目立ちしないように隅っこでこっそり壁打ちに励んでいた。 庭に植えられた木に括り付けた的(その辺に落ちてた金属プレートを拾ったものだ)に向かって、なるべく素早く魔法を打つ。一番得意な火の魔法。野球ボール大の火の弾を打って打って、打ちまくる。 打ち出した火の弾は全て命中した。しかし、俺の心は晴れない。 「あ〜〜、……俺、上手くできてるのかな?」 せめて動く練習相手がいれば、少しは実感も湧くかもしれない……とはいえ、みんな各々の調査で忙しいだろうし、なかなか組手の相手になってくれとは誘いづらい。 「はぁ……もう少し頑張らないと……ふぅ……ヒェっ!?」 悶々と悩んでいると、突然、首筋に冷たいものが当たった。 そして、背中に当たる人の気配。俺よりだいぶ背が高い。 「なっ……えっ……?」 「ふふ……ついに見つけましたよ」 俺が突然の出来事に固まっていると、頭上から聞いたことのある声が降ってきた。 首だけ上に向けると、そこにいたのは、エリアースを守る騎士、ギルバート・スミスだった。 彼は俺の顔を見下ろしてニコリと微笑んでいる。側から見るとギルバートが俺を覗き込んでいるように見えるだろう。 首筋の金属にビビって固まっている俺に、「おっと、失礼しました」と言ってギルバートは少し離れてくれる。彼のその右手には、薄い金属のプレートが握られていた。 ……流石にナイフじゃなかった……よかった! 「すみません、驚かせてしまいましたね……私が探していのはあちらにある、こちらです」 ギルバートが俺の首筋に当ててきた金属プレートを翳す。キラキラと日の光を反射している。 よく見ると、俺が今まで的にしていたプレートに似ている気がする。 「あの、それは?」 「これは“オリハルコン”ですよ」 「えぇ!? あの伝説のオリハルコン!? ほ、ほんと、ですか?」 あのよくゲームで出てくる伝説の金属がこんなに間近に? 普通に道に落ちてたし……しかも俺、今まで魔法で的当ての的にしてた…。 「おや、オリハルコンをご存知なのですね。私たちのミッションに必要なのです。すみませんが、あちらのプレートを回収させていただいても?」 「え、はい、どうぞ……俺も偶然落ちてたの拾っただけなんで……」 「では、失礼して……」 そういうと、ギルバートは木に括り付けた金属プレート……彼曰くオリハルコンを外し始めた。 俺はぼーっとそれを眺めていると、まもなくオリハルコンを手にしたギルバートに声をかけられた。 「ありがとうございます。これで私たちの予選ミッションも完了です」 「よかったですね!」 「ええ、……でも、良かったんですか? もし私たちが予選突破しなければ、あなた方は私たちのペアと戦う必要がなくなると言うのに」 「…………あ゛っ!」 「ふふ、ミカドさんは人が良いですね」 そうだ、本当にその通りだ……思いつきもしなかった……。 俺はギルバートの手に握られたオリハルコンを歯噛みしながら見つめる。 「あの……それ……返してもらうことは……」 「いえいえ〜、これはもう私が所有させていただいておりますので〜……」 「ですよね……」 「とはいえ、ミカドさんのおかげで予選が突破できそうなのも事実……何かお礼をしないといけませんね」 「お礼、ですか?」 「ええ、私が出来ることであれば……例えば、そうですね……あなたに戦闘魔法の訓練をつける、というのはいかがでしょうか?」 「ふぇ……ギルバート先輩が、ですか?」 「はい。私でよければ、ですが」   ギルバートは、おそらく、この学園内では一番戦闘慣れしているだろう。 その人に訓練をつけてもらえるなんて、すごく貴重だ……でも、彼はエリアースのペア、いわば今の俺にとってはライバル(と言うのは烏滸がましいけれど)みたいなものだ。 もしかして、罠か……? いやでも、そんなことしなくてもこの人なら俺に勝てるしな…。 なんて頭の中でぐるぐると考えていると、また頭上で小さな笑い声が聞こえた。 ギルバートが、少し眉尻を下げて俺を見下ろしていた。 「先ほどはあっさりと私に手を貸してくださったのに、私の手は取って下さらないのですか?」 「……いや、そ、そういう訳では、ないんですけど……」 「……実を言うと、エリアース様から依頼されたのです。あなた方が本戦で勝ち上がれるように手を貸してやってくれ、と」 「え、エリアース、様が?」 「ええ、私としても、エリアース様の将来のために、あなた方に協力するのに異論はないので」 「……」 ギルバートにも、エリアースとユウリの婚約解消計画を伝えている。 彼はエリアースを守ることに全身全霊をかけている男だ。2人の婚約を解消するためには基本はなんでも協力してくれるだろう。 「さぁ、どうしますか? 悩んでる時間も、あなたには勿体無いと思いますが……」 口元は微笑んでいるが、目が笑っていない。怖い。 これは、俺に選択を委ねている体だけど、すでにやることは決まっている状況だ。 ……覚悟を決めろ、これはチャンスだ、ビビるな! 俺! 「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしまっす!!」 「ふふ、いい返事ですね。では、早速午後から始めましょう」 ***  ギルバートは「予選のミッション結果を提出してきますね」というので、俺たちは一旦解散した。 俺は、ひとまずユウリに状況を報告するために封印図書館を目指すことにする。 慣れた手順で封印図書館の入り口を開けて、出来うる限りの大声でユウリを呼び出した。 5分ほどかけてようやくユウリと合流し、中庭の人目につかない場所でランチをしつつ、午後からギルバートに戦闘訓練をつけてもらえることになったと報告した。 「なるほど、ギルバート先輩が……いいと思いますよ」 「でも、あのエリアースが提案したっていいうのが、ちょっと引っかかるけど……罠とかじゃないといいなぁって」 「エリアース様が僕らを罠にかける理由は特にないかと思いますが……でも、気を緩めすぎて、あまり込み入ったことをうっかり話さないように気をつけないといけませんね」 「込み入ったこと……」 「はい。特にミカド先輩が“転生”しているということは、公言しないほうがいいと思います」 「あー、頭がおかしいと思われる、とか?」 「というより、研究対象として収容される可能性が高いです」 「け、研究対象? 俺が?」 「はい。このパース国には国立魔法研究所を初め、魔法を研究する機関は様々ありますが、不可思議な現象や未知の魔法を操っている可能性のある人や物は、ほとんどどこかの研究所に収容されています」 「……それって、ユウリもやばいんじゃ?」 「僕は……そうですね。でも僕の場合は、きっと実家に監禁されるだけだと思います。ミカド先輩のように別の世界への転生なんて、他のことにいくらでも活用できますからね」 「俺、なんで自分が転生できたかなんて説明できないけどな……」 「そんなこと、彼らには関係ないですからね。解析魔法や催眠術、怪しげな薬も使うと聞いた事があります。……なので、あなたが“この世界”にきた経緯や、僕の“ループ”については、秘密にしておくほうがいいと思います」 「わ、わかった……俺たちだけの秘密だね」 「……ええ、そうです。秘密、です」 人差し指を口元に当てる仕草をするユウリは、俺の脳内アルバムにしかと保存した。 …………推しが……可愛すぎるっ!!! *** ランチを終えてユウリと別れた俺は、指定された集合場所……生徒会室の前でギルバートと落ち合った。 彼に促されるまま部屋に入る。大会中ということもあってか、俺たち2人以外に人はいないようだ。 「さて、訓練を始める前に、いくつか確認させてください。あなたは魔法での戦闘訓練は受けたことはないと伺っていますが……体術の訓練なども未経験でしょうか? 今まで何かスポーツなどのご経験は?」 「はい……あの、全部ないです……」 転生前から、スポーツは苦手だ。 出来たらいいなとは思うけど、イメージ通りに体が動かないのだ。 「……そうですか。わかりました。しかし、魔力量はかなりのものだと伺っています」 「えと、自分ではよくわからないんです……」 「ふむ……ちなみに今まで、魔法を使ってきて疲労感など感じたことは?」 「え? いや、それはないです。最近は一日中魔法の練習してますけど、疲れて動けない、とかはないです」 「……なるほど、素晴らしい素質をお持ちのようで」 ギルバートはそういうと、部屋の奥に鎮座している一番高級そうなデスクに近づき、何やらゴソゴソと探っている。 黙って眺めていると、小さくカチリ、と音がする。 すると、ガタガタガタガタ!と大きな音を立てて、デスクが横にスライドし始めた。 「えっ? これってもしかして、封印図書館みたいな? ……隠し部屋?」 「何代か前の生徒会長が作らせたようです。何に使うためなのかは存じ上げませんが……それなりに広いですし、どなたにも見られることはありませんので、秘密の特訓にはおあつらえ向きかと」 がたん! と音を立ててデスクが止まる。 俺は恐る恐る近寄ってみると、木造りの階段が下に続いていた。 「さ、ミカドさん、どうぞ中へ」 「あっ、はい……」 にこやかに微笑むギルバートについて階段を下る。 20段ほどの階段を降りたところで床にたどり着くも、薄暗く周囲の様子がよくわからない。 「少々お待ちを、今明かりをつけますので……灯光」 ギルバートは聞きなれない発音の呪文を唱えると、彼の手にある杖先に光が灯る。 軽く杖を振ると灯った光が四散し、部屋の壁に等間隔で付けられているランプへ吸い寄せられ、ぽわりと明かりが灯る すると、徐々に部屋の様子がわかってきた。 ここは体育館のような作りをしている。前世の俺が通っていた学校のそれよりもだいぶ広いけど。 部屋の隅には机や椅子がいくつか積み上がっているのがみえるが、それ以外は何もなく、がらんとしている。 部屋として使われている形跡はないものの、床のフローリングは綺麗に磨き上げられていて、俺の顔を鈍く写している。 視線をあげると、明かりを付け終えたギルバートが、部屋の中央でにこりと微笑みながら俺を手招いていた。 不安な気持ちを抱きつつ、彼の前に足を進める。 「さて……早速始めましょうか」 「は、はい! よろしくお願いします!」 「まずはウォーミングアップです。この部屋のあちらから、そちらまで、できるだけ早いスピードで走ってください。そうですね……初日ですし20往復くらいにしておきましょうか」 部屋の両端を優雅に指差して、いきなりとんでもないことを言い出した。 ギルバートが指し示した距離は、目算で50メートル以上ある気がする。20往復ってことは……1000、1キロ……前世運動音痴の俺には、かなり辛い……。 「え? 待ってください……魔法の戦闘訓練ですよね? なんで走る必要が?」 「あぁ、それで終わりではありません。走り終わったら、次はジャンピングスクワット、腕立てなど、持久力と筋力を上げるためのトレーニングを各種ご用意しています」 「いや、あのだから、なんで肉体トレーニング? 俺は、「ミカドさん」」 ギルバートが俺の言葉を遮る。 楽しそうな表情で俺を見下ろす彼の右手には杖。それを反対側の手でペチペチと鳴らしている。 こ、怖すぎる……。 そのままゆらりと体を倒して、俺の顔を覗き込んでくる。上背もあるからすごい迫力だ。 「いいですか……ここでは、私が教官です」 「私の言うことは、絶対」 「逆らうことは、許しません」 「はひ……」 瞳孔を開いたまま、低い声で怖いことを言ってくるギルバートは、完全に俺の知っている彼とは別人だった。 ギルバートって、こんなキャラだったっけ? 俺、そんな設定知らない……。 「……ご理解いただけました? では、早速走り込みといきましょう。あ、ちなみに、少しでも足を止めたら3往復追加させていただきます。さぁ、走って!」 「うわぁーーーん!!」 こうして、鬼教官ギルバートによる、地獄の特訓が幕を開けたのであった。

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