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第12話

 突然現れたエリアースに、庭園は俄かに騒がしくなった。 小さめな庭に散らばっている生徒全員の視線が、俺達に注がれている。エリアースはギルバートなどの護衛の者もつけず、一人だった。 「あ、あの……エリアース、さま、なんでここに?」 「あー、良い良い、取り繕うのは止せ。お前が俺様に敬意を払っていないことくらい、目を見ればわかる」 「……そっすか」 エリアースはうんざりとした様子で、しっしっ、と犬猫を払うような仕草でそう言う。まぁ、そっちがそう言うならありがたく、素のままの俺でいかせてもらおう。 俺は少し肩の力を抜いて、ひと呼吸置いてからエリアースを見上げる。 「で、エリアース先輩はなんでここにいるんですか?」 「ふむ、“先輩”か、その敬称は新鮮だ。学生らしくてなかなかいい。……そう睨むな、俺だって図書室くらい利用する。それに、今は予選大会中だ。俺が調べ物をすることは少しも違和感はあるまい?」 「まぁ、そうですけど……先輩にもミッションが課せられてるんスね」 「当然だろ。俺様は一生徒な上に生徒会長だ。学校行事には積極的に参加しなければならないだろう?」 「……それで? なんでお忙しい生徒会長様が、わざわざ俺に話しかけてくれたんでしょうか?」 「そうトゲトゲするな。ギルから聞いたぞ。貴様、俺様に聞いてほしい願いがあるようだな。なんだ? 何を望んでいる?」 「……」 「……どうした? 俺様が直々に陳情を聞いてやると言っているんだ。遠慮なく言うといい」 「先輩にお願い聞いてもらうのは、魔法技術大会の優勝賞品だと噂で聞いたのですが……?」 俺の言葉に、エリアースは鼻を鳴らす。 そんな仕草すら様になるんだから、やっぱ本物の王子様は違うな。 「ハッ、そんなのはただの噂だ。賞品は例年通り食堂チケットだぞ。ただし、例年は半年分のところ、今回は1年分だ。空腹の学生には破格の賞品だろう?」 「そうなんですか……じゃあ……どうしてわざわざ」 「お前が俺にしか叶えられない望みを抱えていると聞いたのでな……“異端の転入生”が何を望んでいるのか、俺様が直々に聞いてやろうと思ってな」 エリアースはスラリとした指を俺の頤(おとがい)に添え、クイ、と上に向ける。 強制的にエリアースの強い視線とぶつかり、つい視線を逸らしたくなってしまう。しかし、顔が固定されてそれもままならない。 エリアースはニヤリと笑んだまま、なぜかいい声で俺の耳元で囁く。 「さぁ、言ってみろ、ミカド・サクラ。お前の望みはなんだ?」 「……アンタと、ユウリの婚約を、無かったことにしてほしい。……俺は、ユウリの婚約者候補になって、アンタからユウリを奪い取る」 「ほほう、ほう、ほう! 面白いことを言う!」 「わっ! うるさっ!」 いきなり耳元でデカい声を出されて、慌てて右耳を押さえる。 イラっとして思わず睨み上げるも、エリアースは変わらず口元で笑いながら、俺を見下ろしている。 「お前は、ラングスに好意を持っているのか? それは恋愛感情として?」 「そうだよ。俺はずっと、それこそブリートリアに来る前から、ずっとユウリのことが好きだった……だから、ユウリを愛していないアンタに、あの子を渡したくない」 「……まぁ、確かに俺はアイツに対してそう言う気持ちはないが、だが、俺は正式にラングスと婚約している……そういえば、お前には話したな。この婚約は俺様の一存でどうにかできるものではないのだ」 「そう、だから……ユウリと協力してほしいんだ」 「……協力? どう言うことだ?」 「……ここだと話しにくいんで、場所を移動したい……あ、時間あります?」 「俺様はいつだって忙しい。……だが、お前の話には興味がある。……ギルに小言を言われるだろうが、それでも聞く価値のある話であることを願おう。……さぁ、案内してくれ」 「……こっちっす」 エリアースの演技かかった話し方に辟易しつつ、俺は彼を封印図書館に案内しようと足を図書館に向けた。 時間はちょうどお昼頃だし、ユウリの様子を伺うにもちょうどいい時間だろう。 好奇の視線から逃げるように、俺はエリアースを引き連れてそそくさと中庭を後にした。 *** 図書館に入った俺とエリアースは、なるべく目立たないようにコソコソと奥に進んだ。 「なんでこんな息を潜める必要があるんだ?」とエリアースは不満そうだが、「目立つのは困るんですよ! アンタは立ってるだけでも人目を引くんだから!」と訴えると、エリアースは満更でもなさそうな表情で黙ってついてきた。 なんだこの人。 図書館の奥の奥、封印図書館の秘密の入り口前に到着する。 エリアースはキョロキョロと辺りを見回している。ここは生徒会長でも知らない場所のようだ。 俺はユウリに教わった手順通りに本棚の本を押すと、ズズズズズズ、と大きな音を立てて本棚が動き出した。 エリアースは目を見開いてその様子を見つめている。 「ほう、ブリートリアにはまだこんな仕掛けが残されていたのか……」 「アンタでも知らないことあるんですね」 「あるさ、俺様は大抵のことはできるが、全知全能ではないからな」 「……そう、ですか」 つい口を滑らしてしまった俺の意地悪を、意外にもすんなりと受け入れたエリアースに、俺は拍子抜けしてしまった。 絶対怒られると思ったんだけどな。 俺の目の前にいるエリアースも、『マラちゅん!』で見ていた彼とは少し違うのかもしれない。 ただの傲慢で、いつだって上からものを言う俺様王子なだけじゃない…… 「おい、何をぼさっとしている。ミカド・サクラ。早く案内人としての役目を果たせ」 ……前言撤回だ。 「……やっぱ俺アンタ好きじゃない」 「ははははは! 面と向かって言われるのは新鮮だ。素直で良いな、俺はお前がだんだん好ましく思えてきている!」 「え! なんで!!?」 ギャイギャイ騒ぎながら通路を歩くと、封印図書館に辿り着く。 ユウリは通路から真正面に見える棚の本の壁に蹲っていた。結構俺たちうるさかったはずなのに、全くこちらに気づいていない様子で調査を進めている。 相変わらずすごい集中力だ。 「ユウリ、調子はどう? もうお昼だよ、休憩しよ?」 「……え、あれ、ミカド先輩? どうして? 今日は渡した本を全部こなすまで合流しないと言っていたのに」 「ユウリに借りた本、もう全部できたんだ」 「え、まだ午前中なのに……すごいですね」 「えへへ、でもユウリもすごいね、もうここまで調べられたんだ」 「……はい、この棚も、もう少しで調べ終えそうです」 ユウリは午前中だけで3つの棚の調査を終えたようだ。 少し誇らしげな表情をしているのが可愛い。 「……ラングス、お前はそんな表情もするんだな」 「! え、エリアース様? な、なぜここに……?」 「あー……」 忘れてた。 エリアースは図書館と通路の境目に立ち、腕を組んで俺たちを興味深そうに眺めている。 「えーっと、ユウリ、実はね……」 俺はエリアースを連れてきた成り行きをユウリに説明する。 するとユウリは「わかりました。では僕からお話しします」と引き継いでくれた。 ユウリは婚約破棄をしたい理由を、実に簡潔にエリアースに説明した。 彼が何度も“ユウリ・ラングス”として生きていることや、俺が生前の記憶を持ったままこの世界に転生していることなどは説明していない。 そして、魔女化の秘伝魔法についても、口に乗せることは無かった。 信じてもらえないと判断したのだろうか……俺は黙ってユウリの説明を聞くに徹した。 一通り説明すると、エリアースは腕を組んだまましばらく考え込む仕草をしている。 「……つまり、お前は家に縛られず、自分の好きなように生きたい、その為に俺様との婚約を破棄したい、ということだな?」 「有り体に言ってしまえば、そうです」 「……その理由で、本当に破棄できると思うか?」 「……自分勝手な願いであることは、承知しています」 「此度の縁談が、俺たち二人だけの問題ではないことは、俺たち自身が十分わかっている。……家に縛られず自分の好きなように生きたい、などという望みは、王族や貴族の人間にしてみれば夢のまた夢……それこそ平民に生まれ変わらない限り叶わない。……そうだな?」 「はい、わかっています」 「でも! ユウリは……!「では、僕は平民になります」」 「ヘァ!?」 「ほう?」 俺の言葉に被せるように出たユウリの言葉に、俺とエリアースはそれぞれ驚きの声をあげる。 俺の方は、ずいぶん間抜けな声だったが……。 ユウリは相変わらず澄ました表情で、エリアースをじっと見つめている。 「僕は、ラングスの家を抜けて、平民として生きていきたいのです。なので、その為の一番良い方法を、一緒に考えていただけませんか?」 「ユウリ……」 「……家を出たいだと? 勝手なことを……ラングスがお前を俺の婚約者に据えるために、どれだけの人間が血を流したか知っているのか?」 エリアースの声は怒りの声が滲んでいる。こんな彼は、初めて見た。 「……もちろん、幼少期から両親を初め周囲のものより幾度も聞かされています。僕の婚約者の立場を不動にするために、歳の近い貴族の子供、生まれたばかりの魔女まで……手にかけたと。反発するものがいれば家諸共取り潰し、僕が婚約者になることに対して誰もラングスに逆らえないようにありとあらゆる力を使った……そう聞いています」 「そうだ……そしてその中には、俺の知り合いも含まれている」 「……そ、そんな、そうなの? ユウリ」 「……ええ、そう聞いています。エリアース様の遊び友達でもあった、当時の宰相閣下のご子息を最初に手をかけたと……もちろん、表向きには不慮の事故とされていますが」 「お前のために様々なものが苦しめられている。……それをお前は、簡単に捨てると言うのか。……そんなことをしたらまた、空席となった婚約者の座なんぞを巡って血が流れることになる……」 「「……」」 和やかだった図書館の空気はピンと張り詰めて、重い。 不用意なことを言えばエリアースの逆鱗に触れてしまいそうで、俺はそんな空気に押しつぶされそうな心地だった。 しかし、そんな俺の心配とは裏腹に、ユウリはあくまで冷静に、エリアースに言葉をかける。 「そうならないために、あなたに協力を依頼したいのです。それに……エリアース様、このまま僕と結婚すれば、あなたは傀儡の王になる可能性があります」 「傀儡だと? この俺様が? はっ! 何を根拠にそんなことを……!!」 「明確な根拠はまだ調査中です。しかし、現時点での僕の推測をお話ししてもよろしいでしょうか?」 「……いいだろう」 「ありがとうございます。……ラングスは長年魔法医師として王族の方に仕えております。もちろん現国王陛下……あなたのお父様にもそうです。私の父が専属魔法医として、日々陛下の体調をチェックし、くしゃみの一つでもされれば、すぐさま回復魔法を全身にかけ、防毒魔法を城中に施すでしょう」 「ああ、知っている。……それがどうしたと言うのだ?」 「ラングスは今でこそ医療魔法一家として貴族の末席にいますが、その裏で、様々な封印魔法を研究していたようです……たとえば、死んだものの魂を、他の器に転移させるなど……」 「なんだと?」 「待って、ユウリ、それって……」 「ええ、“死の魔法”の一つです」 ユウリはそういうと、手元にあるたくさんのレポート用紙の1枚をエリアースに手渡した。 「これは、なんだ?」 「封印された“死の魔法”の一つである、死した魂を他の器に転移させるための魔法式です。……この、ここに書いてある魔法円。僕は、これを父と長兄の書斎で見た記憶があります。そして、昔一度だけ父について王陛下の日次身体検査の見学をさせて頂いた際、陛下のお身体にも同じ魔法円を見ました」 「なんだと? 陛下からは何も聞いていないぞ」 「ええ、そうでしょう。おそらく陛下は、エリアース様……あなたを器にして、ご自身の死後、魂を移そうと考えておいでのようです。そして、私の父……いえ、ラングス家はそれに協力しています。むしろラングスが主導している可能性もあります」 「ヘァ!?」 「……」 なんだ、なんだこの展開は……! こんなの全然聞いたことないし、ゲームのストーリーに1ミリだって書かれてなかったよ……! 「この魔法は、移す魂の宿主と、その魂を移す“器”に同じ魔法円が刻まれていることが発動条件です。そして、長兄はエリアース様が正式に即位された際、あなたの専属魔法医になることが決まっています。そうなれば、あなたの体に毎日触れることになり、こんな簡単な魔法円を体のどこかに刻むなんてこと、造作もないでしょう」 「……」 「……あの、なんで王様はそんなことを?」 俺は綺麗な顔を不機嫌そうに歪めるエリアースに少し怯えつつ、素朴な疑問を挙げる。 するとエリアースは、聞いたことのないような低い声で、唸るように質問に答えてくれた。 怖い。 「……当然、“永遠に若い体で王の座に君臨していたいから”だろうな。俺様の身体を使って永遠の治世を実現しようなどと……陛下らしい傲慢ぶりだ……なるほどな、傀儡とは、そう言うことか」 「必ずそうなるとは限りませんが、このまま決められた通り僕たちの結婚が成されれば、この推測が実現する可能性は高いと思います。……僕たちの婚約破棄は、エリアース様にもメリットがあると思うのです……なので、一番円満に破棄できる方法を、僕たちと考えて欲しいのです」 「あっ、俺からも! お願いします!」 ユウリがぺこりと頭を下げるのを見て、俺も慌てて頭を下げる。 エリアースは黙っていたが、しばらくすると「頭を上げろ」と言葉がかかる。 「事情はわかった。……ラングスの話、俄には信じがたいが……お前が家を貶めるようなことを冗談で言う奴ではないことは理解している」 「ありがとうございます」 「じゃあ、俺たちと協力してくれるってことですか?」 俺は期待を込めてエリアースを見つめる。 すると、そんな俺の顔を見たエリアースは、いつも通りにやりと笑う。 ……嫌な予感。 「協力しても良い。しかし、このまま簡単にYESと答えてしまっても……面白くないだろう?」 「え?」 「ミカド、今回の大会で優勝したら、ラングスの婚約者候補にしろと言ったな?」 「えっ、突然の名前呼び……うん、まぁ言いましたけど。でもあんたが協力してくれるならそれで……」 「よし、では優勝したら、お前たちの望むプランで協力してやろう」 「はぁ!?」 「……望むプラン、ですか?」 「そうだ。お前たちに一番都合がよくなるようにこの俺様が協力してやる」 「……だ、ダメだったら?」 「婚約を破棄することは協力しよう……しかし、俺様の都合のいいようにプランを立てさせてもらう。お前たちは、それに従う。それが条件だ。……いいな? まぁ、異論は認めんが」 HAHAHAHAHA〜! と、先ほどの重苦しい雰囲気からは一変し、一人楽しそうに高笑いをするエリアース。 俺はそんな奴をジトリと見やり、心の声を隠さず口に出した。 「やっぱ俺、あんたのこと好きじゃない……!」 「そうか! それは光栄だ。何、そう睨むな、俺様に勝てばいいんだ……まぁ、俺様も手を抜くつもりはないが。せいぜい足掻いてくれよ? ミカド」 ムカつくくらい美しい顔で、王子様はそう言い放った。 ***おまけ*** 「あの、ところで……」 「ユウリ、どしたの?」 「お二人とも、この場所に来ることはどなたかに伝えたのでしょうか? ここは、中からは開けられない構造になっているので……」 「あ、そうだった……どうしよ」 「ん? なんと、中からは出られないのか?」 「ええ、僕は夕食前に迎えに来てもらう手筈でしたのでいいのですが……」 「ふむ……そう言うことか、では、こうしよう」 エリアースはそういうと、こめかみに指を当てて瞳を閉じる。 集中するようにしばらく黙り込むと、突然一人で話し始めた。 「……ギル、今から図書館の二階、古代魔法書のエリアのもっと奥の本棚まで来てくれ。そう、今、今すぐにだ…………あー、あーー、わかった! 小言は後にしてくれ……別に作業をサボったわけじゃない。事情があるんだ、ちゃんとお前にも説明するから……早く来てくれ。頼む。ついたらまた伝心してくれ。ではな」 「……伝心魔法、ですか」 「あれも魔法なの?」 「そうだ。俺とギルは伝心魔法を使って、離れていてもリアルタイムで連絡が取れる」 ……俺の世界の電話みたいだ。 「便利ですねそれ。練習すれば俺も使えるのかな?」 「伝心魔法は練習というより、互いの意思を疎通させるための契約が必要なんです。決められた相手と一対一でしか使えないんですよ」 「そう、契約できるのは生涯一度だけだ。俺はギルと契約している」 「は……何それ……アツい、めちゃくちゃデキてるじゃん」 「ん? 何か言ったか?」 「ナンデモナイデスッ!!!」 ……さすが『マラちゅん!』二次創作で最大手のカップリング。目の前で痴話喧嘩が見られるとは。 俺やっぱ、転生してよかった。

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