11 / 13
第11話
いよいよ、魔法技術大会の予選が始まった。
みんな朝から各々の調査に乗り出しており、学園内は騒々しい。いつも静謐な図書館も、今日は少し賑わっていた。
俺は約束通り、図書館の奥の奥、封印図書館の秘密の入り口前でユウリと落ち合った。
少し心配していたが、ユウリは元気そうだった。俺を見つけると薄く微笑んでくれる。
……可愛い。最高。
「おはよう、ユウリ」
「おはようございます」
「検査はどうだった?」
「……いつも通りでした。健康ですよ」
「そうなんだ、よかった。じゃあ、早速調査の続きをしよう!」
昨日ギルバートと話をしてから、俺の予選大会のモチベーションは格段に上がった。何とかこの予選大会を突破し、本戦を勝ち上がらなくてはならない……!
俺は鼻息荒く、ズンズンと封印図書館の奥へ進む。
そんな勇み足の俺を諌めるように、ユウリは「まず、作戦会議をしましょう」と冷静に提案してくれた。
「実は昨日、僕の検査で来た2番目の兄に、この封印図書館について聞いてみたんです。この本の山は無造作に積んであるように見えますが、一応体系だてて積んであるそうです。それぞれの棚に仕切りがあるのがわかりますよね? 一つの魔法に関する書物で、棚の縦1列分使っていて、入りきらないものはその棚の前に積んでいるそうです。まぁ、ちょっと崩れている部分もありますが……」
「ってことは、この棚の数分……1、2、3、4……6……8つの魔法を調査すればいいんだね。 よかった……! 俺頑張れそう……!」
「ええ、蔵書の数は膨大ですが、とりあえず手分けして探しましょう。先輩は右から、僕は左の棚から調べます」
「わかった!」
俺とユウリは、二手に分かれて調査を開始した。
失われた8つの魔法を突き止めれば良い、と目標ははっきりしたが。何にせよ数が膨大だ。しかも関連書籍を全て集めているため、読み進めていても全然目的の呪文に辿りつかないことがある。
俺は1冊読み終えるたびに心が折れそうになるが、その度に背後の書棚の前で黙々と調査を進めているユウリの背中を見て、「こんなところで諦めてなるものか!」と己を奮い立たせるのであった。
推しの力は偉大だ。
そんなこんなで3時間ほど調査を進めて、俺とユウリはランチ休憩を取ることにした。
今日からは、調査が終わるまでここに夕方まで籠る予定だったので、俺たちはランチとおやつを持ち込んでいる。本当は図書館内は飲食禁止だが、「休憩の度にトッドとディートを呼びつけるのは面倒なので」という理由で、ユウリからの提案だった。
それでも一応、貴重な蔵書が汚れないように……という配慮から、入り口付近の通路に移り、俺とユウリはピクニックセットを広げた。
サンドイッチにフルーツ、温かい紅茶という簡単な食事を済ませると、俺とユウリはそれぞれの調査状況を報告する。
「調査の進捗ですが、僕は棚二つ分の調査を終えました。内容としては、どちらも死の魔法に関連するものでした」
「棚2つ……」
簡単に言うが、たった数時間であの本の海原から必要な情報を探し出せるなんて、やはりユウリの集中力はかなりのものだと思う。
俺は1つ目の棚が“創世魔法”に関連する蔵書だなぁ、という程度で止まっているのに。
「基本的な部分から説明します」
「お願いします……」
ユウリは書いた字で真っ黒に埋め尽くされたメモの束をパラパラとめくり、俺にも理解できるように説明してくれた。
死の魔法はその字の如く、“死”に関する魔法を総称している。
大まかに2つに分けられ、一つは“死”を操る魔法、そしてもう一つは死後の“魂”を扱う魔法だ。
“死”を操るとは即ち、寿命を縮めて生命体を殺めたり、もしくは死期を遠ざけて長く生きる……極端に言うと、不死にするということだ。
創世期は空に浮かぶ惑星や星々の“死”をも操ることができたということだが、その辺りはもはや神話の領域なので、実在したかどうかはわからない。
そしてもう一つ、死後の“魂”を扱う魔法だが、こちらはよりオカルト色が強い。
死を迎えたものを蘇らせたり、“魂”を別の器へ入れ替えたり、まだ生きている生命体の器に、無理やり死んだ“魂”を埋め込んだりなど……いわゆる死者蘇生や別の生命体への成り替わりを可能とする魔法だ。
これらの死の魔法は、公には封印された禁忌のものとされ、使用を禁止されている。しかし、古い魔女の呪いや、子供騙しのおまじない、といった体でまことしやかに現代に伝えられているようだ。多くは完全ではなく、術式の一部だけ切り取った状態なので、発動することはない。
しかし一部では、完全な術式が記載された書物もあるとかないとか……。
「と、まぁ……触りとしてはこんな感じです。そのうち、僕が見つけたのは対象を死に追いやる魔法と、死後の魂を別の対象へ入れ替える、という2つですね。」
「すごい、この数時間でそこまで……」
「目次で本の概要を把握して、要点を拾えば、そこまで難しくないんですよ……でも僕は、人より多く学生として生きているので……そういうコツを掴んでいるのもあるかもしれません」
「そっか……」
「ミカド先輩は、どうでしょうか?」
「ごめん……俺はまだ全然。右端の棚は多分創世魔法に関連した魔法なんだろうな、ってところまではわかったよ」
「なるほど、左からは死の魔法、右からは創世魔法の蔵書なんですね」
「不甲斐ない……俺、もっと頑張ります」
「いえ、……正直なところ、僕は予選で落ちても構わないと思っているんです。優勝しても特にメリットはないですし……」
「……俺は、優勝したい」
「え? そうなんですか??」
ユウリは俺の言葉に心底驚いたようだ。目を僅かに見開いて、俺を見つめる。
「……今年の優勝賞品、知ってる?」
「賞品ですか……いつも通り食堂のチケットでしょうか?」
「これはまだ噂なんだけど、今年はエリアースが直々に望みを聞いてくれるらしい」
「エリアース様が? そんなこと、今までなかったのに」
「うん、俺も初めて聞いたよ。……あのさ、ユウリ。俺に一つ作戦があるんだけど、聞いてくれる?」
「……伺いましょう」
「ありがと。あのさ……もし、噂通りエリアースが願いを叶えてくれるってことなら、俺はユウリの婚約者に立候補しようと思うんだ」
「え? い、いきなりどうしたんですか?」
「……エリアースは、ユウリとの婚約に前向きじゃなかった。俺がユウリと婚約したいって立候補することで、破談にするきっかけを一緒に探せないかなと思うんだ」
「それはつまり、エリアース様をこちら側に引き入れる、ということですか?」
「そうだね。まぁ、エリアースの性格を考えると、すんなり協力してくれるとは思わないけど」
「なるほど、……確かに当事者である僕とエリアース様が同じ志で動けば、破談にできる可能性は高いですね」
「そうだよね!」
稚拙ながら必死で捻り出した作戦にユウリが頷いてくれたので、俺はテンションが上がる。
一方でユウリは冷静だった。顎に手をあて、難しい表情をしている。
「しかし、もしエリアース様の気が変わってしまって、この作戦が明るみに出た場合、僕はすぐにラングスの家に連れ戻されるでしょう」
「そうならないように、うまく事情を話さないとね」
「それに、周囲からミカド先輩への風当たりが強くなると思います。特にトッドやディートなど、ラングスに従属する家の子供は……僕でも止められる自信がありません」
「気にしないよ。それに、事情を話せばジェリコやフェイリーカも協力してくれると思うんだ。特にフェイリーカは、ユウリのこと心配してたから」
「…………」
「ユウリ?」
「…………ミカド先輩は、僕よりも、この世界を上手に生きていますよね」
「……俺は、ずっとこのブリートリアでの生活をゲームでみてきたし、ユウリを幸せにするシミュレーション(妄想)はそれこそ数えきれないほどしてるからね。……ね、ユウリ、この作戦。どうかな? まぁ、まず優勝しないといけないんだけど……相手はあのエリアースとギルバート先輩のペアだし、そもそも俺、魔法で模擬戦闘なんてしたことないし。本戦に進んでも勝ち上がれない可能性の方が高いんだけど……でも、やってみる価値はあると思うんだ」
そう言ってユウリを見ると、無言でコクリと頷いた。
「わかりました。……優勝、目指しましょう」
「やったー! よし、じゃあまずは予選突破だね!」
調査再開 頑張るぞい! と気合いを入れて立ち上がる俺に、「待ってください」と冷静な声がかけられた。ユウリが俺の制服の裾をクン、と引くので、俺はまたストンと床に戻ることになった。
「先輩は、模擬戦闘の授業は受けたことはないのですよね?」
「うん。あ、でも盾魔法はジェリコが教えてくれたよ。なんかあった時のためにって」
盾魔法は、防護魔法の基本のキの呪文だ。自分の周りに魔法の障壁を張る、いわゆるバリアだ。
学園内では様々な魔法が飛び交うため、流れ弾の魔法攻撃に遭うこともあるらしい。ジェリコはせめて自分の身は自分で守れるように、と一番簡単な盾魔法を教えてくれていた。
「……それなら、こうしましょう。僕が予選の調査を進めている間、ミカド先輩は本戦に向けて特訓をしてください」
「へ? 俺一人で?」
「そうです。僕もなるべく早く合流しますので。……そうですね。明日、僕が使っていた戦闘魔法の教科書をお貸しします。ひとまずそれで、基礎を学びましょう」
「う、うん……でも、ユウリは一人で調査して大丈夫なの? こんな膨大な量……俺も何か、手伝った方が……」
「手伝う? 先輩が何を手伝えると?」
「う、……そうだけど……」
「……すみません、こんな言い方して……でも、僕は少しでも優勝する可能性を高くするためには、そうする方がいいと思うんです」
ユウリは真剣な表情で、はっきりとそう伝えてくれる。
確かに、彼のいうことは正論だ。
本戦の開始は1週間後。その間を戦闘訓練に充てることができれば、今は戦闘力0の俺でも、少しはマシになる……かもしれない。
「……わかった。ユウリの提案の通りにするよ」
「はい。では、お互い頑張りましょう」
その後は、ユウリは引き続き“失われた魔法”の調査に戻った。
一方俺は、通路の石壁に向かって空気砲をプシュ! プシュ! と打ち出す練習に取り組む。
最初はなかなかうまくできなかったが、コツを掴むと楽しくなり、プシュシュシュシュシュ!と連続で空気砲を打ち出すことができるようになった。
……俺、才能あるんじゃ? ものの数時間でここまでできるなんて。
夢中になって練習していると、いつの間にか迎えに来ていたトッドに向かって空気砲を打ち出してしまい、めちゃくちゃ締め上げられた。
力のコントロールはまだまだ練習が必要みたいだ。
***
翌日から、俺とユウリは二手に分かれて行動を開始した。
ユウリは封印図書館で調査の続き、俺は図書館前の吹き抜けの中庭で戦闘魔法の基礎の習得だ。
俺の手には『戦闘魔法基礎Ⅰ』と書かれたテキストがある。
内容は、ブリートリアにおける戦闘訓練の基本ルールについてと、基本となる4つのエレメントの初級魔法の説明と、発動方法について記載されているみたいだ。
テキストは汚れもなく、新品のように綺麗だが、ところどころに付箋が飛び出している。
受け取る時に「ポイントになりそうなところにチェックをつけてあります」とユウリが言っていたので、その目印だろう。
俺は早速一つ目の付箋のページをめくった。
「ふむ、なになに……小規模な火の玉を打ち出す魔法か……杖先に火を灯すイメージで……そのまま前へ飛ばす……ん〜、とりゃ!」
ボンッ!
小さく音を立てて、ピンポン玉サイズの火の玉が目の先5メートルくらいのところで弾ける。
火の粉が散って、芝生をほんの少し焦がしてしまった。俺は慌てて足で踏み消す。
……すんなり出来たな。よし、次行こう!
「次は、突風を起こす魔法……背後から風がくる感じで……お、ちょっとずつ風が……もっと強く、強くする……そいやっ!」
ブゥォォォ!
強い風が後ろから前に吹き抜ける。足元に置いていたテキストがバサバサと音を立てて飛んでいってしまって、俺は慌てて追いかけた。
……これまたすんなりできてしまった。
俺、やっぱり才能が……? いや、驕るな驕るな! 次だ!
「次は、おー、水鉄砲の魔法! これも水を杖先から出すイメージ、これに勢いをつけて…………いけーっ!」
ジョババッ!
杖先から水が勢いよく飛び出し、数メートル先の芝生を軽く濡らした。
……なんだなんだ、全然すんなりできるじゃん。
よし、最後の付箋行ってみよー!
「木を生やす魔法かぁ……難しそうだな。なになに……まずは大地から小さな芽が生えるようなイメージ……その芽をどんどん上へ伸ばして、幹を太く、地面の下にも根を張って、上へ上へ……ん〜〜えいやっ!」
ズズズっ……どがーん!
幹は細いが、ちゃんと葉も茂った広葉樹の木が目の前に現れる。
「……おお、なんか……あっさりできてしまった。」
テキストを開いてから、まだ1時間ちょっとしか経っていない。
基礎だけではあるものの、俺は4つのエレメント魔法を一通り発動できてしまった。
「よしよし、いい感じじゃん♪」
幸先が良すぎて鼻歌を歌いながらテキストを読み返す。
今日は1日かけてこのテキストを習得する予定だったが、予想以上に早く終わってしまった。
お昼になったらユウリに報告しに行こうかな。
「これで、打倒エリアースの目標に一歩近づいたな……」
「ほう、俺様を倒すだと? 興味深いことを言うじゃないか」
浮き足だつ俺の背後に、思いもよらない声がかかる。
こ、この、自信たっぷり上から目線のいい声は……。
ギ、ギ、ギ……と音がなりそうなくらいぎこちなく後ろに顔を向けると、そこには腕組みをしてニヤリと微笑む、俺たちの生徒会長様がそこにいた。
「詳しく聞かせてもらっても? ミカド・サクラ」
「ヒェ……」
ともだちにシェアしよう!