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ヤキモチエッセンス編 11 薔薇とオステオスペルマム

 桜が散って、少しずつ優しい春が、爽やかな夏の方に近くなっていく。  ちょっと、ワクワクするようになれたのはオシャレになってきた証拠だったりして。  さぁ、夏物の出番だぞってワクワクしてきてる。 「まぁ、今日の汰由くんはなんだかドキドキしちゃうわぁ」  マダムがにっこりと微笑んでくれた。  そうなんです。今日の、というか、今年の春夏はピンク推しらしいので、今日はピンクで少し大人っぽくコーデしてみました。  ピンクって言っても、いろんなピンクがあるんです。  俺は淡くて、少し錆感のあるピンク色が素敵だなぁって思うんです。なので、義信さんがたくさん仕入れた今年の春夏ものの中から、淡いピンク色のTシャツに、少し鈍い感じのピンク色のカーディガンを合わせて。どっちも柔らかい生地なので、身体のラインが綺麗に出るかなって。腰のラインとかが露骨に出ちゃうんじゃなくて、ストンと流れるようなシルエットのカーディガンの余白? 余裕? 布のふんわり感から、細さとかを想像してもらえたらなぁと思ったりしてます。差し色に黒を入れたくて、アルコイリスのシンボル的な小窓のところに並べられた、小物の中から、革のリストバンドを選んでみました。細い紐上の黒革をぐるぐるって手首に巻きつけるだけでも、腕の細さとかが印象的になる、と思うんです。尚且つ、ふわりとしたピンクコーデが引き締まるっていう計算です。  パンツはグレー。黒でもいいかなぁって思ったんだけど、そこは敢えて、ピンクと同じく、少し淡く、ほんわりと。 「ふふ、ありがとうございます」  テーマは、セクシーピンク、です。ネーミングセンスは、ちょっとないけど。でも、イメージは、そんな感じ。  ドキドキさることができたらバッチリなんです。 「私も、ピンク色のTシャツ買おうからしら。この歳でピンクはちょっと……とも」 「そんなこと全然ないです! あの、これ、絶対に似合うと思うんです!」  そう、マダムにすごく似合いそうなTシャツがあったんだ。先週、夏物を買いにまた来ますって言ってくれたでしょう? だから、これ、次にご来店いただけたらオススメしたいなぁって思ってたんです、って、ガラステーブルの上に、Tシャツを広げた。 「まぁ、とっても素敵」  マダムがにっこりと笑って、俺の選んだTシャツを優しく丁寧に、手に取ってくれた。 「はい! きっとお似合いだと思います」 「ふふ……オシャレな汰由くんがそう言うなら間違い無いわね」 「え! 俺、オシャレっ」  そんなこと全然なかったから、オシャレなんてすごく疎くて、ちっともだったから、思わず狼狽えてると、背後で俺とマダムの様子を窺っていた義信さんがにっこりと笑ってくれた。  カウンターのところから頬杖をついてこっちをのんびり眺めてる。 「あら、今日は、トゲないのね」 「トゲ? ですか?」  そういえば、先週もそんなことを言ってた。トゲのある薔薇はまだ咲いてないのねって。 「そうなんです。つい最近、その棘は切り取ったので」  棘? お庭の薔薇の? つい最近じゃなくて、お庭の薔薇の棘なら、お客様が間違って触ってしまったら大変だからって、ちゃんと切ってあるでしょ?  俺だけが頭の中にクエッションマークをたくさん並べた不思議顔のまま、義信さんとマダムはにっこりと微笑み合ってる。 「じゃあ、今日は、元気になれそうなピンクのTシャツを買うわ。店長の楽しそうな笑顔も見れたし」 「いつもありがとうございます」 「あの、さっきの、棘って、なんのことですか?」  マダムが帰ってからしばらく考えてたんだ。でも、ちっともわからなくて。薔薇の棘ならいつもちゃんとカットしていたでしょう? けれど、義信さんは最近切り取ったのでって言ってた。それに義信さんはマダムと一緒にニコニコ笑ってたから、きっと、マダムが言ってること、ちゃんとわかってるっぽい。 「あぁ、あれは」  あれは?  続きの言葉を聞きたくて、じっと見つめてたら、義信さんがその真っ直ぐ向けられる視線にくすぐったそうに笑いながら、手持ち無沙汰を解消するようにもうすでに畳んで直してあったTシャツたちの形を整え始めた。 「あれは、僕のことだよ」 「?」  棘? 「汰由のこととなると心が狭くなる大人げないヤキモチやき」 「!」 「汰由が他の誰かに取られたくないって、棘をたくさん出してたんだ」  え? 「もう、棘は手折ったけどね」  えぇ? でもでも、それじゃあ。 「マダムは僕らが恋人同士って気がついてるんじゃないかな。この間、くださったパンも、朝食で二人で食べる前提で話してたし」  そう言えば、白いちじくのパンは二人で切り分けて食べてねって、言ってた。えぇ? そうなの? 俺たちが恋人同士って、マダムわかってるの?  困惑してる俺に義信さんが笑ってる。だって、気がついちゃってるなんて思わなかったから。大丈夫かな。あの、俺のせいで義信さん、変に思われちゃったりしてないかな。マダムはとても素敵な人だからいいけれど、でもでも。 「マダムは笑ってたね」  義信さんが服を整えると魔法がかかったみたいに、とても整然と綺麗になる折り目にちょっと驚く。俺が同じようにするとしたら倍どころじゃなく、すごく時間がかかるから。 「僕が妬いてるのを見て。自分でも呆れるけど。まぁ、こればかりは」 「あ、あのっ」 「?」 「俺、義信さんだけですよ!」  確かに義信さんを花に例えるなら、薔薇が似合ってると思う。俺はもっと地味で控えめな、オステオスペルマムが自分でもそっくりだなって思う。お庭の主役じゃない花。でもお庭にすごく長くながーく咲いて、彩りのひとつになれる花。  それに、それにね。 「義信さんが薔薇なら、俺、アルコイリスの庭に咲いてる、白い花です。オステオスペルマム!」  今度は義信さんがキョトンってしてる。何の話だろうって。 「小さくて、地味だけど、でも、長くあそこで咲いて、アルコイリスに来てくれたお客様を出迎えます! ずっと! ながーく!」 「……」 「後、花言葉はっ」  元気と無邪気と、変わらぬ愛。  俺にぴったりでしょう? 「だから、俺、ずっと義信さんだけです!」  笑ってくれた。 「汰由」  すごくすごく優しい笑顔に、胸がぎゅっとなった。 「どうしようか?」 「?」 「汰由が可愛過ぎて、今日もデートがしたくなる」 「! したいです! したいしたい!」  まるで子どもがしがみつくみたいに、そんなことを言い出したら、もっとたくさん笑ってる。笑って、アルコイリスに笑い声が溢れて。  ――カランコロン。  軽やかな鈴の音と一緒に、今日もデートができるかもしれないと、嬉しくて弾んでしまった俺の声が響き渡った。

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