114 / 115
ヤキモチエッセンス編 10 セクシーピンクに微笑んで
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます。また来ます」
「はい! またお待ちしています」
にっこりと笑ってくれた女性のお客様に、深く頭を下げる。
「バイバイ」
「うん。バイバイ、また来てね」
小さなお子様を連れた女性だった。まだ少し早いけれど、母の日に何かないかと、お店に来てくださったお客様で、これからの季節にちょうど良さそうなカーディガンを買ってくださった。選んでる間、お子様が退屈しちゃうかもしれないから、絵本を手渡して、小さな椅子を窓際に置いてあげた。日差しが入ってきて、ポカポカして気持ちがいいし。窓から景色が見える方が小さな子は退屈しないかなって思って。
母の日にと、選んだカーディガン。日差しが強い時の日焼け止めにもなるし、肌寒い日にも重宝するから、あまり奇抜にならない色を最初、検討してたみたいだけど、僕は思い切って青色のカーディガンを勧めてみた。意外にね、肌の色が鮮やかに見えると思うんだ。娘さんでもあるお客様にすごく似合う青色だったから、きっと、お母さんであるその人にも似合うと思う。暖色の方が肌が綺麗に見える人もいるし、寒色の方が肌色が映える人もいて、きっと、多分、大丈夫。
気に入ってくれるかな。
気に入ってくれたいいなぁ。
「ふぅ」
カランコロン。もう耳に馴染んだ、鈴の音を聴きながら、優しく扉を閉めると、奥で俺の接客を見守ってくれていた義信さんが、目を細めて、俺のことを見つめてくれる。
「義信さん?」
あの、そんなに見つめられると、ドキリとしちゃうよ。
「……いや、接客が上手になったなぁと思って。それに、今日のコーデ、素敵だ」
「! ほんとですか?」
「あぁ」
「やった」
雑誌、たくさん見て、勉強したんだ。あ、もちろん大学の勉強だってたくさんしました。そこをおろそかにしたら叱られちゃう。
「ふふ、俺、目標は、俺のコーデを見て、買いたいなぁって思ってもらうことなんです」
目指すは歩く広告。
だから、そう言ってもらえると舞い上がっちゃうくらいに嬉しい。それに、接客も褒めてもらっちゃった。上手だった? 俺、聡衣さんみたいに接客できてたかな。もちろん、まだまだ。もっと勉強しなくちゃいけないけど。
「もう充分だよ。アルコイリスの素敵なマスコットだ」
「!」
「マダムも、今、来てくださったお客様も、汰由が接客して嬉しそうにしてた」
「!」
「これは店長の座が危ないかもしれない」
「えぇっ?」
素敵な笑顔。やっぱり大人だ。俺のことなんてすっぽりと丸ごと包んじゃうくらいにおおらかで優しくて、包容力あって。なんだかズルいくらい。
「俺は、アルコイリスの店長の、右腕なんですっ」
「それは頼もしいな」
「はいっ!」
でもね、ちょっとだけ。俺だけが知ってる義信さんがいるんだよ? きっと誰も知らない。
「ふふっ」
大人でかっこよくて、包容力抜群の彼の意外なところを、きっと俺だけが知ってるんだ。それが嬉しくて、ちょっと口元が緩んでく。
――カランコロン。
また、鈴が鳴った。
「はい。いらっしゃいま……ぁ」
耳慣れた音に自然と顔をあげて、ふわりと微笑むと、そこには、あの彼がいた。増原くん。
「あ、あの……」
同じ大学の、背がうんと高い、でも、義信さんよりは低い、彼。
「あのっ、Tシャツだけじゃまだ寒いので、何か上着? とかを買いに」
「いらっしゃいませ」
「そ、それと」
彼は、キュッと肩をすくめた。背が高胃から、背中、丸めたらもったいないよ。せっかくの高身長が、霞んじゃう。
「それとっ、俺、信広(のぶひろ)って言います! 増原信広(たなかのぶひろ)」
「は、はい」
「そ、それから、名前!」
「え?」
「知咲くん、って苗字は教えてもらったけど、下の、名前は、この前、別のお客さんが言ってたけど。でも教えてもらってないからっ、教えてくださいっ」
「ぁ……えと」
突然のお客様にびっくりしながら、そっと、奥のカウンター席にいる義信さんへ振り返った。
わ。
不満そうな顔してる。なんてことだって顔。
「ぁ……の」
「はい!」
「汰由、って言います」
「たゆ……くん」
「はい。知咲汰由、でも、俺には大好きな恋人がいます」
「……」
「仲の良いお友だちとしてよろしくお願いします」
「……」
そう、とってもとっても、素敵な恋人がいるんです。もう何も言うことないくらいに素敵で、欠点なんてないけれど、あったとしてもその欠点すら愛おしく思えるくらいに大好きな人。
大人で、かっこよくて。
でもね、ちょっとだけ。
「カーディガンですね。そしたら……」
ちょっとだけ、子どもっぽいところがあるんです。
ほら、今、ヤキモチをやいて膨れっ面をしています。牽制したのに諦めてなかったのかって、不服そう。後でたくさん、また、ぎゅってしよう。
俺の好きな人は貴方だけですって伝えて。
ぎゅって。
ぎゅーって。
「……」
ちらりとまた振り返る。
今度はにっこりと微笑んでみる。
すると、彼は、仕方ないって笑って。
「汰由、そろそろ休憩時間だ。行っておいで」
そう言って、大事な宝物はちょっとしまっておこうって、するんだ。
「はい」
ね? 可愛い人、なんだ。
ともだちにシェアしよう!

