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落ちゆく花に煽られて

 都心から電車で一時間と少し、海に近いところにある大学に入って一週間余り。新しい生活は不慣れなことばかりで、俺は少し疲弊していた。  数ヶ月前、まだ親元にいた俺は、一人暮らしをするか寮に入るかを決めあぐねていた。  最終的に人脈を広げたいと思った俺は、寮での生活を選んだ。  ここはマンションタイプの学生寮で、個室付きの二人部屋。寮というよりルームシェアのような感じだけど、個室には鍵をかけることができる。家具家電付きで、ダイニングキッチンとシャワールーム、トイレがある。  いろんな学部の人間が集まっている寮だけど、同室になるのは基本的には同学年で同学部だそうだ。一階にはコモンルームやイベントスペースなどがあって、学生同士、交流しやすいようになっている。  寮の前庭と裏庭には芝生が敷かれていて、その周囲には桜の木が植えられている。染井吉野だけでなく、大島桜や八重桜もあって、コモンルームの大きな窓から見える景色は、写真や絵画のように美しかった。  そのことに気づいたのは昨日の夕方、同室の奴——高橋蓮——が窓際のソファーに座って眺めていたからだ。  夕陽に照らされて、綺麗だと思った。桜が、ではなく、桜を眺めている高橋の横顔が。  俺は吸い寄せられるように近づき、黙って隣に座った。嫌がられるかと思ったが、高橋はチラリとこっちを見ただけで、そこから動こうとはしなかった。  風が吹くたびに、染井吉野が花びらを散らしていく。陽が完全に落ちるまで、俺たちは桜を眺めていた。疲弊していたはずの俺の心はいつの間にか癒され、不思議な高揚感に包まれていた。  そして、今日もまた眺めている。先に来たのは俺のほうだった。朝早い時間だからか、コモンルームにはまだ誰もいなかった。  天気はあいにくの雨で、桜の花には雫が滴っている。雨が当たって少しずつ花が落ちていく様子は、なんとなく寂しく思えた。  あとから来た高橋が、昨日の俺のように黙って隣に座った。桜の方ではなく、俺の方に体を向けて。 「大丈夫か?」  男にしては節の目立たない長い指で、俺の頬をそっと撫でながら高橋が言った。  自分と同じ男なのに、触られても嫌悪感はなかった。少し温度の低い指先が心地よく、そう感じたことに内心驚いた。 「なにが」  なるべく感情が乗らないように言ったつもりだった。 「なんとなく……、悲しそうに見えたから」  色素の薄い瞳が、俺をまっすぐに見つめてくる。  瞬間的に、昨日感じた高揚感の正体がわかった気がした。  俺は頬に触れていた手を握り締め、そのまま自分の方へ引っ張った。逆らうことなく自分の胸に倒れ込んだ男の体を、俺は強く抱きしめた。

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