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23.*****

 僕は半ば諦めて、芯を解放する覚悟を始めた。  こうなってしまっては、芯から離れてゆくだろうから仕方ない。大切なものを失った時は、また僕がどこかで泥に(まみ)れればいいだけ。  芯との日々を思い、後悔よりも泣き顔に熱くなる感覚が蘇る。それももう、二度と湧くことはない。そう思ったけれど、反抗期真っ盛りな芯は、ここで上手く作用してくれた。 「あっそ。元カレ(アンタ)のミスくらい、俺がカバーしてやっから。もうアンタのじゃねぇんだわ。だからさぁ、鬼無さん(俺の)に触ってんなよ」  まさか、芯が僕を取り戻そうとしてくれるなんて、微塵も期待していなかった。僕が流す涙の理由が変わる。  僕が言うのもアレだが、奏斗さんのイカれた雰囲気に物怖じもせず、対抗できる人が居るなんて思わなかった。 「はぁ? ガキのクセに、口だけは一端だねぇ。お前なんかがコイツ満足させれてんの? コイツ満足さ(イか)せんの、大変だろ」 「あ? 元カレ面ウザイんだけど。鬼無さん(それ)、もう俺じゃないと満足できなくなってるから。いいからさっさと返せよ。俺のだって言ってんだろ」  芯は僕の手を引いて、奏斗さんから奪い取った。まだ上手く脚に力が入らず、よろけて芯に抱きつく。  芯が僕を抱きとめてくれたが、耳元でこう囁かれた。 「後で全部聞くからな」 「ま~っ、アツいねぇ。連絡先、変わってないよね? また連絡するから、無視··しないでね」  口調は穏やかなのに、重くて逆らえない圧が全身を怯えさせる。  奏斗さんがヒラヒラと手を振るのを、ちらっと見る。不敵な笑みを浮かべているのが怖い。  震える僕の肩を抱く、芯の手に力が入る。 「うっせぇ! 連絡してくんな」  芯が悪態をついてくれる。その後は、何も言わずに僕の家まで手を引いてくれた。  かっこいい芯。これで最後になるのだろうか。  分かっている。芯の言葉の全てが本心ではない事。大丈夫、分かっている。 ***    奏斗さんと出会ったのは、僕達が大学生の頃。  2つ年上の奏斗さんとは、登山サークルで知り合った。  出会って半年、山小屋で犯された。僕は、童貞で処女だった。この時の動画をネタに、毎日のようにホテルに連れ込まれ、執拗な調教を受けた。初めの数日は、耐え難いほど苦痛だった。  しかし、初めこそ怖かったが、奏斗さんは次第に愛を囁いてくれるようになった。僕を可愛いと言い、事の最中には愛してると繰り返した。    けれど、それは上辺だけの言葉だった。彼には、僕の様な存在が数人居て、僕はその中の1人にすぎなかった。  愛されてなどいない。既に、彼を愛していた僕は、その真実に打ちのめされた。  彼の仕打ちは愛の証だ。耐えられれば、それこそが愛が証明になる。それが愛の在り方なのだと教えられた。そして、彼は卒業後、一度も連絡を寄越さなかった。  彼からの連絡を待ち続け、連絡先を変えられないまま。それも、奏斗さんには見破られていたのだろう。  彼からの教えは、今でも僕に根付いている。それを信じて、ずっと芯を躾てきた。それが、僕の知っている唯一の愛し方だから。 ***  僕の話を聞いて、芯は何も言わずにコーヒーを啜った。何も言ってくれないと不安になる。  僕も、芯が入れてくれた甘くないコーヒーに口をつける。そして、マグに隠れつつ怖々と芯を覗き見た。  芯は僕を睨んでいて、その瞳に異様な恐怖を感じる。見た事のない表情だ。  奏斗さんと再会したからだろうか。僕の身体にも違和感がある。下腹が疼き、酷くされたいと望んでいるようだ。そうして、芯から“愛されている”と勘違いしたい。それでもいいから、安心したいのかもしれない。  どうにも、あの頃の被虐的な感覚が蘇ってきている。そんな僕を舐めるように見て、芯が口を開いた。 「先生さ、今抱かれたいと思ってる?」  どうして、こうも察しがいいのだろう。反応に困る。 「俺、絶対先生のこと抱かねぇから」  これまた予想外だった。チャンスと言わんばかりに、抱き潰される事も想定していた。いや、それは僕が望んでいただけかもしれない。

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