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52.*****

 芯から飛び出てくる言葉の真意が分からない。もしも、ここで答えを間違えると、全てが崩れ去ってしまうのだろうか。 「僕は····」  正しい言葉を選ばなければ。芯を傷つけないように、奏斗さんを怒らせないように。  けれど、どれだけ思考を巡らせても正解は見つからない。きっと、そんなモノはないのだろう。それを理解しているからこそ、言葉を発せずに息が詰まるんだ。  段々と俯き、テーブルに並ぶ食器をただ見つめる。そうして僕が答えを思案していると、背後に来た芯が僕の頭をふわっと抱き締めた。 「先生、大丈夫だよ。素直になれって言ったの気にしてんだろ? 簡単に言ってごめん。覚えてねぇんだけどさ、酔っててもアレが俺の本心だと思うんだ。だから··、な? やってみて先生が嫌だって思ったらやめりゃいーじゃん」  ポロッと涙が零れた。芯の深い優しさに、僕は甘えっぱなしでいいのだろうか。もし選択を間違えたとしても、芯は許してくれるだろうか。  張り詰めていた心が、ぐずぐずに解けてゆく気がした。 「俺さ、先生の気持ちが知りてぇの。何でもいいから、先生が思ってる事教えてよ」  言っていいのだろうか。けれど、言わなければ何も変わらない。そもそもこれを受け入れてもらえないのなら、この先を共に過ごす事も難しいだろう。  勇気、それがどれほど莫大なエネルギーを消耗するか、僕はよく知っている。僕自身がこれ以上のダメージに耐えられるか、不安しかない。  しかし、逃げるわけにもいかない。どうしよう、心がボロボロと崩れていきそうだ。怖い。  震えが込み上げた時、僕を抱き締める腕にギュッと力が込められた。大丈夫、芯ならどんな僕だって受け入れてくれる。芯の温もりが、そう思わせてくれた。 「僕は、奏斗さんと2人で、芯を··イジメるのが楽しかった。僕たちに堕ちていく芯が、可愛くて愛おしくて堪らなかった」 「うん、それで?」 「奏斗さんが、僕の知らない芯を引きずり出したのは悔しかった。それは、絶対に僕がシたかったから」 「相変わらず病んでんな〜。んで、そんだけ?」  それだけではない僕も、芯なら受け止めてくれるのだろう。けれど、奏斗さんにはそれを知られたくない。知られるわけにはいかない。  僕の我儘が、この関係を宙ぶらりんにしているのは間違いない。覚悟を決めなくてはいけないのだ。弱いままで、どこまでも情けない姿を芯に見せてはいられない。  きっと、これを聞いた奏斗さんは、ざまあみろとでも思うのだろう。 「奏斗さんに····犯されて、凄く気持ち良かった。身体が悦んでた。芯を犯しながら奏斗さんに犯されて、僕は··僕は····しあわ····違う、そんなはずはない」  僕は、僕を否定しないとダメなんだ。こんな感情を認めては、自分の穢らわしい部分を容認する事になる。  そうやって、自分を否定し続けてきたんだ。感情に蓋をする事くらい造作もないはず。なのに、これまでにないほど苦しいのはどうしてだろう。 「先生、良いんだよ。先生がそれを“幸せ”だって思うんなら、それで良いんだって。俺も、たぶん奏斗サンも、先生にそう思っててほしいのは一緒だから」  溢れてくる涙が止まらない。芯が何を言っているのか理解しきれないほど、複雑な感情が渋滞している。  こんな僕をあっさりと認めて受け入れてしまえる芯は、包容力がありすぎる。 「芯クン、カッコ良すぎね。俺の出る幕ないじゃん」 「元からンなもんねぇんだよ。奏斗サンはちんこだけあればいいんだから。先生の心に触れていいのは俺だけなんですー。俺、子供だから1ミリも譲れませんー」 「うーわ、マジでクソガキ。はぁ····、れ··お前が俺を受け入れれんのは身体だけだってのは分かってるよ。俺はもうガキじゃないからね」  奏斗さんが、芯をチラリと見て嫌味を放つ。 「あの頃の失敗を繰り返すつもりはない。まぁ、試しに躾再開しても結局だったし。俺も、変われる所と変われない所がある。皆そういうもんでしょ」 「試しで躾って時点で狂ってんだよ。つか何自分を正当化しようとしてんの。大人のクセにずりぃんじゃね?」 「大人は皆狡いんだよ。そうやって上手く生きてんの」  奏斗さんの言う通りだ。大人は、僕は、狡賢く他を喰らって生きている。僕が芯を丸め込んだのだってそうだ。芯の家庭環境や境遇を利用した。  もっと狡く····。それで良いのだろうか。 「じゃぁ先生、暫くこの関係続けるよ? 2人で俺の事可愛がってくれる? 俺、もっと素直になれるように頑張るからさ」 「そんな··都合のいい事····」 「いーんだよ。皆自分の都合で生きてんじゃん。俺だって、気持ちぃの優先した結果だし」 「でも····」  「なんかさ、このまま関係続けるつっといてアレだけど、奏斗サン(クソ鬼畜外道)に先生盗られたくないって思っちゃたんだよね。だから、ちょっと頑張ってみようと思うんだわ。あー··俺が頑張んのとかレアだぜ? 先生にだけだかんな」  そう言って、照れを含んだ屈託のない笑顔を見せてくれる芯。  何を言っているのだろう。これ以上、芯が追い込まれる必要なんてないのに。どこまで優しい子なのだ。  それはそうと、奏斗さんのこと言いたい放題だな。いつかキレられそうで肝が冷える。 「俺、先生に挿れんの多分もう無理だからさ、奏斗サンの事は極太ディルドだと思うようにすっから。だから、あんま深く考えなくていいよ」 「ちょいちょい、何言ってんだよ。誰が極太ディルドだって? 俺のことナメてんの?」 「は? 別にナメてねぇよ。自我のある極太ディルドつったら、鬼畜外道から超躍進じゃん。ハッ··、オメデト」  芯はナメきった態度で、鼻で笑い嫌味を投げ贈る。 「マジでその減らず口叩けねぇようにしてやるから覚悟してろよ、芯」 「おい、誰が呼び捨てにしていいつったんだよ」 「ンなの俺の勝手だろ。ガキは黙ってな」  なんだか、芯と言い合っている奏斗さんは子供っぽく見える。怖さも半減するのか、微笑ましく見ていられる。 「あ、先生笑ってんじゃん。奏斗がガキっぽいからじゃね?」 「あ゙? おい、誰が呼び捨てにして──」 「俺の勝手だろ。敬称つけるほどアンタに敬意なんかねぇもん」 「こんっのクソガキ····」  こうして、僕たちは複雑怪奇な関係を継続する事にした。芯が掲げた目標は、僕のトラウマ克服。  僕たちの爛れた関係が終わりを迎えるまでに、僕はトラウマを克服し、芯に名前を呼んでもらえるのだろうか。

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