52 / 61
52.*****
芯から飛び出てくる言葉の真意が分からない。もしも、ここで答えを間違えると、全てが崩れ去ってしまうのだろうか。
「僕は····」
正しい言葉を選ばなければ。芯を傷つけないように、奏斗さんを怒らせないように。
けれど、どれだけ思考を巡らせても正解は見つからない。きっと、そんなモノはないのだろう。それを理解しているからこそ、言葉を発せずに息が詰まるんだ。
段々と俯き、テーブルに並ぶ食器をただ見つめる。そうして僕が答えを思案していると、背後に来た芯が僕の頭をふわっと抱き締めた。
「先生、大丈夫だよ。素直になれって言ったの気にしてんだろ? 簡単に言ってごめん。覚えてねぇんだけどさ、酔っててもアレが俺の本心だと思うんだ。だから··、な? やってみて先生が嫌だって思ったらやめりゃいーじゃん」
ポロッと涙が零れた。芯の深い優しさに、僕は甘えっぱなしでいいのだろうか。もし選択を間違えたとしても、芯は許してくれるだろうか。
張り詰めていた心が、ぐずぐずに解けてゆく気がした。
「俺さ、先生の気持ちが知りてぇの。何でもいいから、先生が思ってる事教えてよ」
言っていいのだろうか。けれど、言わなければ何も変わらない。そもそもこれを受け入れてもらえないのなら、この先を共に過ごす事も難しいだろう。
勇気、それがどれほど莫大なエネルギーを消耗するか、僕はよく知っている。僕自身がこれ以上のダメージに耐えられるか、不安しかない。
しかし、逃げるわけにもいかない。どうしよう、心がボロボロと崩れていきそうだ。怖い。
震えが込み上げた時、僕を抱き締める腕にギュッと力が込められた。大丈夫、芯ならどんな僕だって受け入れてくれる。芯の温もりが、そう思わせてくれた。
「僕は、奏斗さんと2人で、芯を··イジメるのが楽しかった。僕たちに堕ちていく芯が、可愛くて愛おしくて堪らなかった」
「うん、それで?」
「奏斗さんが、僕の知らない芯を引きずり出したのは悔しかった。それは、絶対に僕がシたかったから」
「相変わらず病んでんな〜。んで、そんだけ?」
それだけではない僕も、芯なら受け止めてくれるのだろう。けれど、奏斗さんにはそれを知られたくない。知られるわけにはいかない。
僕の我儘が、この関係を宙ぶらりんにしているのは間違いない。覚悟を決めなくてはいけないのだ。弱いままで、どこまでも情けない姿を芯に見せてはいられない。
きっと、これを聞いた奏斗さんは、ざまあみろとでも思うのだろう。
「奏斗さんに····犯されて、凄く気持ち良かった。身体が悦んでた。芯を犯しながら奏斗さんに犯されて、僕は··僕は····しあわ····違う、そんなはずはない」
僕は、僕を否定しないとダメなんだ。こんな感情を認めては、自分の穢らわしい部分を容認する事になる。
そうやって、自分を否定し続けてきたんだ。感情に蓋をする事くらい造作もないはず。なのに、これまでにないほど苦しいのはどうしてだろう。
「先生、良いんだよ。先生がそれを“幸せ”だって思うんなら、それで良いんだって。俺も、たぶん奏斗サンも、先生にそう思っててほしいのは一緒だから」
溢れてくる涙が止まらない。芯が何を言っているのか理解しきれないほど、複雑な感情が渋滞している。
こんな僕をあっさりと認めて受け入れてしまえる芯は、包容力がありすぎる。
「芯クン、カッコ良すぎね。俺の出る幕ないじゃん」
「元からンなもんねぇんだよ。奏斗サンはちんこだけあればいいんだから。先生の心に触れていいのは俺だけなんですー。俺、子供だから1ミリも譲れませんー」
「うーわ、マジでクソガキ。はぁ····、れ··お前が俺を受け入れれんのは身体だけだってのは分かってるよ。俺はもうガキじゃないからね」
奏斗さんが、芯をチラリと見て嫌味を放つ。
「あの頃の失敗を繰り返すつもりはない。まぁ、試しに躾再開しても結局だったし。俺も、変われる所と変われない所がある。皆そういうもんでしょ」
「試しで躾って時点で狂ってんだよ。つか何自分を正当化しようとしてんの。大人のクセにずりぃんじゃね?」
「大人は皆狡いんだよ。そうやって上手く生きてんの」
奏斗さんの言う通りだ。大人は、僕は、狡賢く他を喰らって生きている。僕が芯を丸め込んだのだってそうだ。芯の家庭環境や境遇を利用した。
もっと狡く····。それで良いのだろうか。
「じゃぁ先生、暫くこの関係続けるよ? 2人で俺の事可愛がってくれる? 俺、もっと素直になれるように頑張るからさ」
「そんな··都合のいい事····」
「いーんだよ。皆自分の都合で生きてんじゃん。俺だって、気持ちぃの優先した結果だし」
「でも····」
「なんかさ、このまま関係続けるつっといてアレだけど、奏斗サン に先生盗られたくないって思っちゃたんだよね。だから、ちょっと頑張ってみようと思うんだわ。あー··俺が頑張んのとかレアだぜ? 先生にだけだかんな」
そう言って、照れを含んだ屈託のない笑顔を見せてくれる芯。
何を言っているのだろう。これ以上、芯が追い込まれる必要なんてないのに。どこまで優しい子なのだ。
それはそうと、奏斗さんのこと言いたい放題だな。いつかキレられそうで肝が冷える。
「俺、先生に挿れんの多分もう無理だからさ、奏斗サンの事は極太ディルドだと思うようにすっから。だから、あんま深く考えなくていいよ」
「ちょいちょい、何言ってんだよ。誰が極太ディルドだって? 俺のことナメてんの?」
「は? 別にナメてねぇよ。自我のある極太ディルドつったら、鬼畜外道から超躍進じゃん。ハッ··、オメデト」
芯はナメきった態度で、鼻で笑い嫌味を投げ贈る。
「マジでその減らず口叩けねぇようにしてやるから覚悟してろよ、芯」
「おい、誰が呼び捨てにしていいつったんだよ」
「ンなの俺の勝手だろ。ガキは黙ってな」
なんだか、芯と言い合っている奏斗さんは子供っぽく見える。怖さも半減するのか、微笑ましく見ていられる。
「あ、先生笑ってんじゃん。奏斗がガキっぽいからじゃね?」
「あ゙? おい、誰が呼び捨てにして──」
「俺の勝手だろ。敬称つけるほどアンタに敬意なんかねぇもん」
「こんっのクソガキ····」
こうして、僕たちは複雑怪奇な関係を継続する事にした。芯が掲げた目標は、僕のトラウマ克服。
僕たちの爛れた関係が終わりを迎えるまでに、僕はトラウマを克服し、芯に名前を呼んでもらえるのだろうか。
ともだちにシェアしよう!