59 / 61
59.*****
奏斗さんが言葉を放つのを、僕は固唾を呑んで待つ。薄い唇がそっと開き、無意識にピクッと身体を強ばらせた。
「一緒に住もうか」
静かに、まるで言い聞かせるように、ぽそっと置かれた突拍子もない提案。言葉の意味を理解するまで、数秒のラグが生じる。
身構えていただけに、理解した瞬間全身の力が抜け落ちた。額面通りに受け取れば、提案と言うよりも同居の誘いだ。いや、この流れだと同棲になるのだろうか。
怠そうな態度を隠そうともせず、テーブルに肘をつきカフェオレを飲む芯。僕よりも先にこの話を知っていたようだが、納得はしていないと言うところだろうか。
奏斗さんが言葉を続ける前に、カチャンと荒くカップを置く。それを見て、ふっと笑みを零してから続ける奏斗さん。飄々とした口振りで、身勝手な理由を語る 。
「この家狭すぎ。風呂があんな狭いとか有り得ないでしょ。あと絶対声ダダ漏れてる。通報されると困るからさ、ここじゃ思う存分可愛がってあげられないんだよね。何より、毎回道具持ってくるのが面倒。俺ん家なら、望むままにしてあげられるよ」
自らの唇に指を這わせ、魅惑的な妖艶さを醸し出す奏斗さん。想像して身体を熱くしてしまう。
この人の一挙手一投足には、芯でさえ翻弄される。芯が少しもじもじしたのを、僕と奏斗さんは見逃さなかった。
それはそうと、僕と芯だけなら事足りている2LDKの部屋。
奏斗さんが押し掛けて来なければ、これと言って問題はない。風呂だって、広くはないが芯と2人なら難なく入れている。
「奏斗が居なきゃ問題ねぇんだけどさ、ちょいちょい同感なわけよ。声漏れんのが俺的には1番キツい。奏斗ん家は完全防音なんだって。だから、そこに住んで声気にしないでヤろうってさ。んっとクズだよな、ありがたいけど」
それに乗ろうとしている芯も大概だと思う。なんて、よく回る舌でふてぶて しく悠々と話す芯に、ましてや同じ考えが巡っている僕に、到底言えた言葉ではないけれど。
「あとこれマジで納得いかないんだけど、先生が寂しがるから俺も一緒にって言うんだよね。ついで感ムカつかねぇ? 俺のコトも気に入ってるとか言ったくせにさ、一貫性ねぇのなんなの? ふざけんなっつぅのな。けどまぁとりあえず、聞いたら優良物件すぎて断る理由ねぇんだわ」
なるほど、納得はしていないけれど、利害が一致したというわけか。芯の態度に合点がいった。即断即決なのも芯らしいとは思う。
しかし、芯からそのような不満など感じたことはなかった。ずっと、気を遣っていたのだろうか。
「芯、軽くない? もしかしてずっと、ここじゃ嫌だった?」
「そうじゃねぇよ。先生と2人だったらここで充分なんだって。けど、奏斗が来たら色々と····な」
妥協する事に慣れている芯の、これが上手く生きる術なのだろう。僕はそれに任せて、また都合のいい流れを得る。
「あと、ホンットに声は気になる。ほら··先生もさ、結構激しいじゃん? ワケわかんなくなったら俺、声··めっちゃ出るし··。だってさ、痛いとやべぇんだもん、しょーがねぇだろ····」
芯はもじもじと恥じらい、それだけで僕の股間を刺激する。
確かに、色々と不便がある気はしていた。何より、容赦なく汚す奏斗さんに手を焼いていたのだ。
「芯がそれでいいなら。僕は、芯と居られればどこだっていいよ」
芯が望むなら。また芯を言い訳にして、心のどこかで燻っている望みを叶えようと転がる。
「けど、芯は一旦家に帰るんだよ。良い機会だし、荷物もあるでしょ? ずっと気になってたんだ。このままってワケには──」
僕は、せめてもの大人らしい台詞を絞り出す。けれど、芯はそれを最後まで聞かずに遮った。
「家に帰る気なんかねぇよ。荷物も別に要らねぇ。つぅか家に服以外の私物とかねぇし。もし大事なもんがあっても、もうどうでもいい」
家族への反抗心なのか、それとも、自暴自棄になっているのだろうか。心配が過ぎったけれど、続けた言葉でそれは拭われる。
それどころか、僕は芯の心に手を添えられていたのかもしれないと、僅かばかりの自尊心に明かりが灯った。
「今はもう先生以外に要らねぇ。必要なもんはこれから先生と増やしていく。バイトもする。だからさ、もう俺ん家は先生が居るトコでいいんだよ。まぁ、親父も何も言ってこねぇしさ、いいんじゃね?」
奏斗さんは、眉をヒクッと反応させたが、これといって聞く事もなく話を進めた。
「それじゃ、来週末引越すから準備しとけよ」
奏斗さんは、僕たちをビシッと指差して言った。言い終えるが早いか、立ち上がって荷物を抱え、早々と帰る準備は万端だ。
「「····来週!?」」
予想以上の猶予の無さに、僕たちは目を丸くした。
突然の思いつきに早急な実行。流石と言うべきか、奏斗さんの勝手 さにはいつも振り回される。
こうして、有無を言わさず決まった引越しだが、内心ではほんの少し気持ちが昂っていた。
奏斗さんが今住んでいる、高級マンションへ引っ越す事が決まった2日後。荷造りは殆ど完了していた。
しかし、あの日奏斗さんが帰った直後から、芯は熱を出して寝込んでいる。余程、無理をさせてしまったのだろう。これまでの心労が一気に溢れ出たように、熱に浮かされトロトロに甘えん坊な芯が出来上がっている。
芯を置いて風呂に入ると、寂しそうな声で僕を呼ぶ。一度顔を見せ頬に触れてから、キッチンへスポーツドリンクを取りに行こうと立ち上がった。
「センセ··、どこ行くんだよ。なぁ、一緒に寝よ?」
芯が僕の袖を引いて止めた。振り向いて見下ろした芯は、今にも泣き出しそうで、潤んだ瞳が捨て犬を彷彿とさせる。
高熱の所為で、意識が朦朧としているのだろう。だって芯は、寂しいとか辛いとか、そういう弱みを素直にさらけ出せる子ではない。
「いいよ」
驚きはしたが、動じないフリをして一緒にベッドへ入る。芯の熱い身体に触れ、心身共に無理させ過ぎた事を悔いた。
芯を抱き締め、背中をトントンと小気味よく叩く。熱くて甘い息は荒く、不謹慎にも大きくしたソレを芯に押し当ててしまった。
「あは··、先生のデカチン、ナカ入る?」
大きな瞳で僕を見上げる芯。どうして、蕩けさせないうちは『犯してください』と素直にお強請りできないのだろう。
いや、そうではなかった。僕の理性が生きている事に安堵する。
「ダメ。昨日シたから熱下がらなかったんだよ? 今日は寝なさい」
偉そうに言ったけれど、辛いのは僕のほうだ。
「はーい。治ったらヤろうな♡」
「なら早く元気になってね。芯、おやすみ」
「ん··センセ····おやすみ」
芯は、僕のペニスをズボン越しに撫でながら眠った。この瞬間から朝までの数時間、地獄でしかなかった。
ともだちにシェアしよう!