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銀花姫 3

「猛?食べよ」 「あ、ああ・・・」 雪の手際の良さに圧倒されながら、そんなことをぼんやりと思い出していたオレは促されるまま、雪の向かいに位置する自分の椅子に座って、盛大な湯気を立てているおでんを眺めた。 白滝や昆布、はんぺん、もち巾着、大根にこんにゃく。ちくわぶが嫌いなオレのために竹輪が入っている。 「うちに卓上コンロなんてあったっけ?」 整然と並べられたお皿と、いつの間にか色違いのお揃(そろ)いの箸、これもいつの間にか家にある色違いのお茶碗を、美味しそうに煮えているおでんを見ながら言うと、雪は少し呆れたよう眉根を寄せて笑う。 「前に掃除した時に出てきたから、ちゃんとわかる所にしまっておいたの」 「そうなのか・・・」 買った記憶すらないから、もしかしたら実家から持ってきたのか・・・? 「ほんとうにもう・・・ビール飲むでしょ?」 「ああ」 雪が楽しそうに微笑みながら、缶ビールを持ち上げたので、オレは釣られてコップを持ち上げて、濃い琥珀色の液体と白い泡が注がれるのを見ていた。 オレのコップにビールを入れ終わると、雪が手酌で自分のコップにビールを注ごうとするので、オレは無理に缶ビールを奪うと、雪のグラスにビールを注いだ。 「ありがとう」 ふんわりと笑う雪が可愛いし、ちょっとしたことでも『ありがとう』って言ってくれる雪が好きだなって、改めて想ってしまって、なんか気恥ずかしくて視線をそらした。 「どういたしまして・・・ってか・・・・・・・・・おでんありがとう・・・・・・」 「うふふ・・・うん」 嬉しそうに楽しそうに、笑っている雪が愛おしくて大切で、絶対に守りたいと思う。 誰からも守るし、何ものからも傷つけさせたりしない。 小さい頃から雪にまとわりつくヤツは徹底的に排除してきた。 ただの友達にはそんなことしなかったけど、ちょっとでもあやしい気配のヤツは、排除した。 そもそも生まれた時から雪は可愛くて可愛くて、近所でめちゃくちゃ可愛い子が生まれたと知れ渡っていたほどだ。まあ母親そっくりに生まれたから、みんな納得はしていた。 おまけに性格は素直で純粋なものだから、変質者に連れ去られそうになったことなんか何度もある。 近所の人や周りの大人たち、あとはオレや友達が常に警戒していたから連れ去られずに済んだだけで。 雪自身は連れ去られそうになったなんて思っていないから、何度も何度も気をつけるように言っていても、きょとんとして首を傾げるばかりだった。 そんな容姿と性格をしているから、思春期になると雪の周りには人が寄ってきた。 普通に友達になりたいヤツとかはいいけど、中には邪(よこしま)な考えをもっている輩(やから)もいるわけで。 同級生の女も、上級生の男も、他の学校のヤツらも、怪しい先生なんかも、オレが全部ブロックして潰して回っていた。 雪はオレのそんな苦労なんか全く知らないで、にこにこ笑ってオレの後をついてきたっけ。 そんな風に雪を守ってきたから、雪に醜いものを見せたくない。 雪を危険な目に遭わせたくないし、傷つることなんか許さないし。 泣かせることなんか絶対にダメだ。 雪が笑って過ごせるように、雪が幸せに生きれるように、雪が穏やかに生活できるように。 ずっとずっと、この笑顔を守るためだけに、生きてきた。 雪が泣かないように、守ってきた。 オレだけの。 オレだけの。 純真無垢な白雪姫。 * 「はぁ〜・・・お腹いっぱい・・・!!」 雪がものすごく満足そうな笑顔を浮かべながら、箸を置いてお腹をさすっている。 ちらっと見た感じでは、いつもぺったんこなお腹がちょっと膨らんでいる。 雪がお腹いっぱいって言うまで食べるのが珍しくて、オレは思わずくすくす笑いながら、グラスに残ったビールを一気に飲み干して言った。 「そんな無理して食べるなよ」 「だって・・・」 「うん?」 「別に・・・何でもない!」 雪が何でか頬を赤らめながら、そう言ってオレから視線をそらした。 そして自分のグラスに残った一杯目のビールを舐めるように、ちょっとだけ飲む。 雪の真っ白な肌が全部、桜色に変化している。頬も、大きな目の縁も、首も、耳たぶも、手も、全部が仄(ほの)かに色づいている。 お酒が強くない雪は、こうやってお酒を飲むと、すぐに赤くなってアルコールが回っているとわかる。 こんな風にほろ酔い状態の雪は、可愛いし奇(あや)しい色香をふりまき始めるから、オレが一緒にいる時以外では酒を飲ませないようにしていた。 万が一、変な野郎に目をつけられて変なことされたら大変だから、絶対に絶対に、オレがいる時でなきゃ酒は飲ませない。

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