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銀花姫 4

もうずいぶん前にオレに何も言わずに、緋音と雪が二人で飲みに行って、あまり飲めない雪に緋音が飲め飲め言って潰してしまって、困った緋音がオレに連絡してきたことがあった。 当時のオレと雪はあまり話すこともなくなっていたから、雪がオレに何も言わなかったのもわかっていたが、ものすごく腹が立って八つ当たり気味に緋音に説教してから、仕方なく迎えに行ったら、店の前で変なおっさんに雪と緋音が連れ去られそうになっていたことがあった。 酔っ払って前後不覚の可愛らしい雪と、酒は強いが妖しい美人の緋音が、真夜中の危険地帯と言われる繁華街(はんかがい)にいたせいで、そっち系なのか変なおっさんに絡まれていた。 到着したオレが目にしたのは、汚いおっさんが雪を介抱(かいほう)するふりをして、雪の細い腰に手を回して引き寄せていたところだった。 一気にブチ切れたオレが今までにないくらい、殺しそうな勢いでおっさんを追い払って、オレのキレ方に怯(おび)える緋音を怒鳴りつけながら、半分以上寝ている雪を担いで帰ってきたことがあった。 そのせいで緋音は雪にお酒を飲ませないようになった。 雪にお酒を飲ませたら、オレがブチ切れると認識したみたいだ。 正解ではないが、間違ってもいないので、訂正しないまま今に至る。 そんなことがあるから、オレはライブの打ち上げでもなるべく雪から目を離さないようにしているし、仕事関係で飲まなきゃいけない場面ではオレや緋音が飲んで、雪には飲ませないようにしている。 プライベートでは自分からお酒を飲むことはしないから、まあ・・・大丈夫だと思っている。 だから、こうして二人でご飯食べて、雪が少しお酒を飲んで、楽しそうに笑って、ほんのり酔っ払っているのを見ているのが、すごく幸せ。 オレしか見ることのない雪の表情や、仕草。 オレ以外には誰にも見せてやらない。 テレビはついてはいるけれども、ほとんど流しているだけでまともに見てはいない。 オレは、とりとめのない話しをしている雪を見つめながら、なんだか無性に楽しくて、雪が側にいてくれていることが嬉しくて、ずっとずっと雪を見つめていた。 雪はそんなオレの視線に気づいていて、オレを見たりテレビを見たり、まだ少し残っているおでん鍋を見たり、順繰りに瞳を動かして、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。 伏せてから、恐る恐るといった感じで口を開いた。 「猛・・・あの・・・ね・・・」 「うん?どうした?」 「その・・・ええっと・・・」 言いにくそうに雪が、言葉を選ぼうと一生懸命何かを考えている。 雪が何かを考えていて、何かを言おうとしていることがわかったので、オレは雪を急(せ)かしたりしないで、雪のタイミングで言ってくれることを待っていた。 しばらく、そんな静かな時間が過ぎた。 無意味なテレビの音が流れて、部屋を冷やしているエアコンが動いて、ビールも飲み干してしまっていて。 おでんもこれ以上食べれないし、オレは雪が俯いたまま動かないので、諦めて軽く息を吐いてから話しかけようと口を開こうとした。 その時、雪が何かを決心したようにきりっと顔をあげて、表情を引き締めた状態でオレを見据(みす)える。 何かの覚悟を決めたかのような、真っ直ぐで真剣な表情の漆黒の大きな瞳に、オレはびっくりして雪の瞳を正面から見つめ返していた。 雪はオレの目を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がって、向かい合わせで座っていたテーブルをぐるっと回って、オレのほうに移動してくると、オレの真横にそっと佇(たたず)む。 オレから見たら体が小さい雪が、佇むように隣に立っているのが、ちょこんという形容詞がぴったりな感じで、オレから見たら『可愛い』以外表現のしようがない状態。 そうやってオレの隣に立ったまま、大きな真っ黒な瞳でオレを伺うように見つめてくる。 長くて太くて量の多いまつ毛が、バシバシ音を立てているかのように、何度も瞬きを繰り返していて。 低いけど筋の通った鼻や、真っ赤な厚めの吸い付きたくなるような口唇も、キスをしたくなるような滑らかな額も、指を滑らせて愛撫したくなる丸い頬も、舌を這わせて噛み付いて跡を残したくなる鎖骨も。 全部壊したい。 壊して、攫(さら)って、閉じ込めてしまいたい。 そう思ってしまうくらい。雪が可愛くて愛おしくて、憎たらしい。 オレの心を攫って放さないくせに、雪はオレの元からいなくなりそうで。 オレは気が狂いそうに、頭がおかしくなりそうに好きなのに、雪はそんなこと何も知らない感じで。 オレの手が届くところから、逃げていくんじゃないかって、恐怖をずっと感じていた。 どこにも行かないで・・・行かせない・・・オレの籠(かご)の中で閉じ込めてずっとずっと・・・。 そんなことを考えていたら、雪が不意に腕を伸ばして、オレの首に抱きついてきて、そのまま首筋に顔を埋(うず)めた。 雪の甘い匂いが、鼻腔(びくう)をくすぐる。 香水なんかつけていないはずなのに、甘い、優しい匂いが漂ってきて、オレの嗅覚を刺激する。 軽い眩暈(めまい)を憶(おぼ)える。 脳みそが、止まる。 雪の匂いが全部に浸透していって、侵食して、犯される感覚。 今までこんな匂いしたことないのに・・・こんな・・・ひどく欲情するような・・・犯したくてめちゃくちゃに食い尽くしたくなるような、こんな暴力的な感情・・・。 雪が泣き叫んでも、嫌だと懇願しても、無理やり突っ込んで中で出して、身体中犯して舐めて嬲(なぶ)って。 全部オレのものにしたい。 こんな感情を、オレは知らない。

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