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銀花姫 14
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「ほら、行くぞ」
「わかってるよ」
夕方に猛が雪の部屋まで迎えにきた。
事務所での打ち合わせのために、猛はほど良い時間に雪の部屋のチャイムを鳴らしていた。
雪は猛が来るかもと思いつつ、恥ずかしさもあってあまり会いたくないとも思いつつ。
迎えにくるのを待ちながら出かける支度を済ませていた。
長い黒髪を綺麗に整えて、顔はスキンケアと日焼け止めを塗って、ジーパンに薄手のVネックの黒いカットソーを着て、チラチラと時計を見ていたら猛が来た。
チャイムに導かれるまま玄関のドアを開けると、猛が半袖のTシャツにジーパン姿で立っていて、雪の顔を見るなりそう言った。
猛はこうやっていつも雪を迎えにくる。
告白する前はそうでもなかったけれども、お互いに気持ちを伝え合ってからは、一緒の仕事の時は必ず迎えにくるようになっていた。
雪は普段電車に乗っていたが、猛が迎えにくる時は猛の車で一緒に仕事に行くようになっていた。
一応免許は持っているけれども、免許を取る事で機械の運転には自分が向いていないことがわかった雪は、バイクだの車だのを買うことはしなかった。
どうにも遠慮してしまうので交差点を曲がることが苦手だし、制限速度以下でとろとろ走りがちなので教習所の教官から怒られることもしばしばだった。
万が一の時のためと、身分証明のために、なんとか免許は取ったが、自分で運転することは絶対しない!と雪は決めていた。
一方猛は乗り物が好きで、バイクの免許が取れる年齢になったら即取ってたし、車の免許も普通二種を持っているし、何故か船舶免許まで持っている。
なので昔まだ若い頃、ツアーに行く時なんかはワゴン車借りて、ほとんど猛の運転で全国駆け回ったほど。
今はそういうことはなくなったけれども、猛は自分の車で仕事に行くことが多く、今ではこうして雪を迎えに来て連れていってくれる。
雪は黒い本革のショルダーバックを肩からかけて、玄関を押し開けて外に出ると鍵をかけた。
猛は雪がバックに鍵を戻すと、さも当然とばかりに雪の肩からバックを取ると、肩に手をかける感じで担(かつ)ぐと、エレベーターに移動する。
猛自身はあまり荷物を持つのは好きじゃないから、打ち合わせ程度では財布とスマホと鍵をジーパンのポケットにねじ込んで終わりにしている。
別に・・・バック重いわけじゃないから持ってくれなくてもいいのに・・・。
雪はそう思っていても、猛があまりに自然に持ってしまうので、何も言えないでいる。
エレベーターが到着して地下駐車場まで降りて、二人は猛の車に乗り込む。
猛は運転席に、雪は助手席に、自然な仕草で乗って、猛はバックを雪の膝に戻す。
エンジンをかけて車を発進させて、地下から抜け出すと、事務所までの慣れた道を速やかに走っていく。
梅雨時に相応(ふさわ)しい、今にも雨が振り出しそうな曇天(どんてん)のため、若干薄暗く、湿気(しけ)っているせいか視界が悪いような気がした。
猛が注意しながら運転する横で、雪はバックからスマホを取り出すと何気なしにSNSの巡回を始める。
可愛らしいネコ動画を眺めていたら、不意に猛が口を開いた。
「・・・体、大丈夫か?」
「え?!!」
びっくりしてスマホから視線を上げて振り向くと、猛は前を見て運転したまま、
「いや・・・昨夜・・・無理させたから・・・」
「うぇん・・・だ、大丈夫!どこも痛くないし・・・」
「そっか・・・なら良かった」
「だからぁ・・・恥ずかしいから言わないでよぉ」
雪が顔を真っ赤にして、スマホを握りしめたままの手に顔を埋めると、猛は横目でチラッと見てから、歯を食いしばって言葉を絞り出す。
「ごめん・・・」
そういう所。
本当にそういう所ダメだと思う。
そういうの可愛くて、可愛すぎて、本当、ダメだって。
そういうことするから、可愛いから、他のヤツに狙われたり、絡まれたり、つきまとわれたりするってこと。
本当にこいつわかってねぇな!
そのせいでオレがどれだけ苦労して、そういう輩を排除してきたか、オレがどれだけ我慢してきたか、本当に全然わかってないし、わかんなくてもいいんだけど、それが雪らしいっちゃあ雪らしいんだけど。
とにかく、もう、生まれた時からずっと可愛いのに、毎日毎日可愛いを更新してくんなよ!
絶対に口にできない感情を叫び出さないように、猛は歯を食いしばったまま、なるべく雪を見ないようにして運転に集中した。
事務所までは十五分ほどの距離なので、あっと言う間に車は駐車場について、猛は車を指定の位置に静かに停止させると、エンジンを切った。
なんとか事故らずに到着したことに自分を褒めつつ、猛が運転席側のドアを開けると、反対側の雪がドアを開けて飛び出すように車を出る。
雪は恥ずかしさのあまり猛と顔を合わせるのが気まずくて、思わず事務所の入っているビルの入り口に向かって走り出す。
「おい、雪!走るな!」
他の車が入ってきていたので、猛が慌てて雪に向かって叫ぶ。
雪は猛の言葉にびっくりして足を止めて、猛を振り返った。ギリギリ車体から飛び出す寸前で雪が止まったのを確認して、猛は全身の緊張を解いて、大きく息を吐き出した。
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