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第15話 Brown Noser

 車の窓を強くたたき何かを叫んでいる宇津木の姿があった。  「早くっ、車を出せ!」  「誰にものを言っているのか、おまえは分かっているのか?」  「頼む、出してくれ……」  愉快そうに笑うと、箱崎は勢いよく車をバックさせた。その勢いに跳ね飛ばされるようにコンクリートに倒れる宇津木が見えた。  「なっ!」  「別にあれくらいでは人間は死ねないよ、どうする?車を戻して介抱してやりたいのか?」  できないことを問われて、何も言えずに黙り込んだ。  「ああ、立ち上がったようだな。よっぽど丈夫にできているらしい」  バックミラー越しに宇津木が見えたのか、箱崎が残念だと言いながら笑う。車は速度を上げて、ほんの数時間前に来た道を戻っていくことになった。  「なぜ……、どうしてあの場所に宇津木が」  突然沸いてきた疑問、見事なタイミングで偶然に宇津木と会う。そんなことが可能だろうか、偶然にしてはでき過ぎている。  「さあ」  くくくと楽しそうに笑う、宇津木がいたことを驚かなかった、いやあの場所にいることをまるで知っていたような箱崎の態度。それ自体がおかしなものだったはず。  「……劉蘭なのか」  「そう言えばあいつはもともとおまえが拾ったガキだったな。まあ、今は俺の手駒の一つだが。大切に抱いてやれば、大人しくお前の飼い猫になっていただろうに」  宇津木の言う事はいつも正しいのかもしれない。ため息をつくあいつの顔がちらつく。いつも誤った方を引き当てて、そして後悔するのだ。それでも今の自分の痴態をさらすことだけはできなかった。宇津木を落胆させ、悲しそうな目で見下ろされるくらいなら箱崎にごみのように扱われるほうがよほど気が楽だ。  「どうした、苦しそうだな」  優しそうに声をかけられながら、嫌悪感がまるで生きた塊となってせり上がって飛び出し暴れそうになっていた。  箱崎の自宅にようやくたどり着いた時には身体の熱が違った形になり暴れだしていた。 呼吸が上手くできない、苦しい。右と左の足が上手く運べない、絡まり進めない。壁についたはずの手は宙を掴み、廊下に犬のように倒れ込んだ。  「ぐっ、ぐは…あぁぁ、く、る……し」  「まずいな……」  箱崎の顔に焦点が合わせられない。廊下を照らし出す間接照明が、ぎらぎらと刺さるように強い鋭利な光となって脳を刺激する。声を出そうにも何も舌がだらりと口から外へ垂れたようになり涎がだらだらと流れ続ける。  「片桐!」  箱崎がそう叫ぶ声を聴いた。自分の目玉があらぬ方向へ動いたような気がした、次の瞬間には真っ暗な煙が全身を包むのを感じた。

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