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第14話 Brown-bag
マンションの駐車場まで降りるエレベータの中で自分の身体の異変に気が付いた。小さい茶色の瓶の影が脳裏をかすめる。このままではまずい。呼吸が速くなり、体温が上昇する。
「箱崎……少し……待っ、く……れ」
足元が怪しい、ぐらりと身体が揺れる。何か混じったブツを渡されたのだ。気持ちが悪い、視界がぼやける。エレベータの出口が何本もの線に見えてきた。
「ぐっ、うっ…ぐっ」
激しい嘔吐感があがってくるが、胃には何もはいっていない。足が震える。立っているのもつらい。
「チッ、何を口にしたんだ」
箱崎の声がまるで水中で弾ける泡のようにぼこぼこと聞こえる。耳に幕が張ったように音がよく通らない。体重を壁に預けるようにしてふらふらと歩く。そのうちに心拍数が上がり始めた。熱い、身体が燃えるように熱い。
「んぐっ……っ、ぁ」
ふ、ふっ、切るように短い息を繋いで酸素を確保する。甘い痺れが身体をめぐる。誰でもいい、今すぐこの熱から解放して欲しいと卑しい感覚が身体を支配する。
「はぁ、っあ」
「あの男、面白いものを持ち込んでいたようだな」
箱崎は携帯を取り出すと誰かに電話をかけた。
「そこに何かあるだろう。クスリの包み紙か、空き瓶か……ああ、それだ。ああ、回収しろ。それと鞄の中を調べろ……それもだ。鞄ごと事務所へ届けろ」
その冷淡な横顔を見ながら、自分の感情とは別の部分で走り出した身体を制御できずに声がもれる、指先の震えが止まらない。内側から上がってくるとてつもない大きな波に気が狂いそうになる。
「すぐに抱いてやるから、待ってろ」
箱崎の口角が上がるのがわかった。そして、箱崎の発した言葉に、自分が戻れない道にいることを理解した。
「いら……な、い」
絞り出すような声が震えていることは自分にも分かる。箱崎にすがりたくなる身体を制御しながら歩みを進める。駐車場の車を見とめて、安堵の息が漏れる。もう歩かなくてもいい、ようやく身体を寄せる場所ができる、盾ができると。
その車の扉に手をかけた瞬間に突然後ろから腕を掴まれた、身体に電気が流れたようにびくりと反応する。振り返ったそこに居たのは、宇津木だった。何故ここに、何故と、それだけが思考を占めていく。
「な……」
「帰りましょう」
「放せ、手をはな……」
今は駄目だ、見られたくない。お前にだけは見られたくないというのに、今だけは駄目なのだ。
「どうされたのですか?体調がよろしくないように……」
駄目だ、今は、今だけは無理なのだ。
「箱崎っ!」
腕組みをしてにやにやと笑っていた男の名前を呼んだ。箱崎は無言で車の扉の方へと回り込んできた。縋りたくない、けれども他に手はないのだ。
箱崎が車の扉を開くと、これ見よがしに腰に手をまわしてきた。一刻も早くここから逃げたい、これ以上は心が持たない、宇津木の目の前で痴態を晒すくらいなら箱崎の手を取ることを選ぶと自ら車に乗った。
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