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第13話 Brown Rat

 つい今しがたまで、テーブルの上には見知った茶色が小瓶があった。ああ、例のドラッグはここから流れていたのかと合点がいく。法を順守すべき機関がその対岸にある組織と繋がっている。こうやって社会は回っているのだ。  この男が法を犯して手にする金は人を腐らせる金だ。目の前にいる薄汚い男の半分は死人と同じだろう。警察の倉庫から勝手に持ち出された何百本という小瓶は、この男の私利私欲のために世の中に流通していく。  こうやって裏社会の資金源を国家が準備してやっている図式が出来上がるのだ。一度腐った金に手をつけると、もう後戻りはできない。安易に手に入る金で贅沢を覚える。労せずして得た金は、氷のように解けてなくなる。そしてその甘い誘惑への渇望がとまらなくなる。  幾らでも金は湧いて来る、世界が思い通りになると勘違いする。そして気が付いた時には、骨の髄まで腐りきって取り返しがつなかいのだ。  「箱崎のガキがお前を手に入れたと聞いた時は、ガセネタじゃねえかと思ったが、本当だったとはな」  がさがさとした手が顎のラインを沿って動く、虫が肌の上を這うようだ。ぞぞと、えもいわれぬ感覚が肌を舐めていき、吐き気がしてくる。  「さて、二時間しかないから、さっさと始めてもらおうか」  この薄汚いドブネズミとは何度か顔を合わせたことがある。確か親父の会社に出入りしていたやつだ。いつも舐めるような視線で上から下までこちらを見ていた。  「なんだその目つきは?」  腹を蹴られて、体がくの字に曲がる。  「その顔に傷つけると、箱崎が煩いからな。早くしろ」  鞄から新しく茶色い瓶を取り出し、投げて寄越してきた。違法薬物、それがこの男とのセックスを楽にしてくれる。当たり前のようにその蓋に手をかけ一気に中の気体を吸い込んだ。そのとき下卑た笑いが聞こえてきた。  「当たり前のように手に取るのか、まるで安い男娼だな」  「そんな安い男娼を欲しがる、お前もゴミ箱を漁るドブネズミだな」  「てめえ、今……」  その手が振り上げられた瞬間に、真横に勢いよく目の前の名も知らない男が跳んだ。頭を真横から蹴りつけられて、ゴミ屑のような男は単なるゴミ屑のようにぐしゃりと床に落ちた。  「ん?死んでは無いはずだが」  靴を払いながら、無表情の箱崎がそこに立っていた。  「帰るぞ」  何が起きたのか一瞬理解できなかった。  「何でも自分の思い通りなるなど、勘違いも甚だしい。こいつの顔を見ているだけで胸糞が悪い。百年早いんだよ。おい、こいつはもう使用済みだ、きっちり脅して帰してやれ。女房と娘の居場所は分かっているな」  「はい、若旦那。お任せください」  箱崎は運転手に手を差し出した。  「車のキーを寄こせ、後始末は頼んだ。颯真、来い」  そもそもどうしてここに連れて来られたのかその理由が分からない。  「一体……」  「お前は俺の采配ひとつでどうにでもなると、思い知っただろう」  本当に箱崎のその言葉の通りだったのか、それとも今回は相手の脅しに屈するよりほかに手立てが無かったのか。何が真実かは分からないが、箱崎はここへ来た時の苛立った様子とは一転して、上機嫌であることだけは間違いなかった。  

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