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第12話 Green Mail

 「行ってらっしゃいませ」  片桐に送り出されて、黒塗りの車のその後部座席に箱崎と並んで座る。玄関から出ることがあるとは思わなかったと、少なからず驚きを覚えた。車中の箱崎は苛々としているようで落ち着きがない、何かが起きたのだろうか。それともこれから何かが起こるのか、全く先が見えていない。「行ってらっしゃいませ」と言われたのだから結局またあの屋敷へ帰ることになるのだろう。いや、帰るのは箱崎だけなのだろうか。  「どこへ行くんだ?」  「……」  箱崎はただ神経質に体を揺すっているだけで答えてはくれない。何も聞くなと言うことだ。後部座席からは全く外が伺えないが、閉じられたカーテンの隙間から外の明るさが入ってくる。外を見ようとカーテンに手をかけた時に、いきなり髪の毛を鷲づかみにされた。ぐんと頭が後ろへ下がる。  「なっ!」  「咥えろ」  「は?」  「聞こえなかったか、早くしろ」  ちらりと運転席の方に目をやると、バックミラー越しに運転手と目が合った。驚いた様子もないその顔に、箱崎の運転手をしていれば、こういった行為を日常的に目にするのだろうと思う。  ああ、何もかにもが面倒くさい。  頭を箱崎の足の間に落とすと、ズボンのジッパーに手をかけた。せっかく綺麗にクリーニングしてもらった服はまた汚れるのだろなと頭の隅で考えていたら頭を押さえつけられた。  喉の奥まで侵されて、苦しくて自然と涙が出る。乱暴に掴まれた髪が千切れそうで痛い、頭痛を起こしそうだ。このまま車の中で、突っ込まれるのはさすがに御免被りたいと考える。箱崎の思い通りにしかならない世界の中で鬱々としていた時に携帯の振動音が耳に伝わってきた。  「何の用だ?ああ……そうだ。分かっている、もう着く」  誰かと電話で話をしていたと思ったら、髪を掴んでぐいと頭を引き上げられらた。  「いっ……」  「もういい、退け。いいかお前は言われた通りにしろ、死にたくなきゃ大人しくしていろ。何も見るな、考えるな。それだけだ」  車が停まったのは、どこかの地下駐車場のようだった。そのまま引き摺られるようにしてエレベーターに乗せられた。  「降りろ」  背中を運転手に小突かれ、廊下へと踏み出す。どこかのマンションの高層階だ。通路から見える表を見ようとして、頭をそちらに向けた瞬間に視界に運転手が立った。別にここがどの辺りだか分かったところで逃げようはないというのに。  2011と書かれた扉のインターフォンを箱崎が押す、中からは何の返事も無かったが、扉の鍵が軽い音を立てて開いた。  「入れ」  男の声だ。だいたいの予想はつくが、その予想が外れていれば良いのにと思いながらドアが開くのを待った。  そこには見知った顔の男が下卑た笑いを浮かべて立っていた。  「成る程、ガセネタじゃなかったようだな。よし、取引は成立だ。二時間後に迎えに来い」  箱崎は金の入っているであろうスーツケースを床に置くと、テーブルの上のものを持ち出すように運転をしていた男に命令した。一瞬睨みつけるようにこちらを見ると、小さく舌打ちをして出て行った。  単に最悪が、別の最悪にとってかわっただけだ。何も変わらない、そう変わらない。

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