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第11話 Green Bucks
出された温かいスープが体にしみ込んでいく、細胞にまで渡るようなその温もりに安心し小さく息を吐いた。
「そろそろお時間です」
ちらりと腕時計を見た片桐が声をかけてきた、何が「そろそろ」なのか理解できずに、片桐の顔を無言で眺める。
「そちらが浴室になっております」
何も答えないでいると片桐は奥の扉を指さした。そして「失礼します」と部屋を立ち去って行った。ああ、そういう事かと理解する。箱崎がここに来るということだ、そしてそれが何を意味するのかも。
ここでは自分に他に用途はない、のろのろと立ち上がり浴室へと向かう。鏡に映った自分の姿を見て笑いがこぼれた。殴られた顔には薄い紫の痣が出来ている。体にもいくつかの痕が残っている。死期も近いのかと思うほど生気のない顔を見て、箱崎を喜ばせることだけはしないと身ぎれいにする。
自分を大切にしているわけではないが、あいつの思い通りになるのはプライドが許さない。そばに置きたいと箱崎に言われても、こちらにはその気がない。だから手に入らないことに対して、あいつが意地になっているだけだ。薬を作るのなど金の力でいくらでも思い通りになるのだから、本当に欲しいのは傍らに置いておくための人形、傅く人形なのだろう。そして、あいつが欲しいのは牙を向いている今の俺自身、人形には全く興味がないのだから矛盾している。
どうやってもあいつが欲しいものは手に入らない。考えれば考えるほど、この状況が滑稽でしかたない。
サイドテーブルに置かれた、いくつかの無機質な物体を眺める。どうしてか全てが他人事にしか思えない、自分の身に降りかかっているとは思えないのだ。
「どうした?颯真」
声をかけられて、いつの間にか箱崎が部屋に入ってきていたことに気が付いた。
「今はいったい何月何日の何時なんだ?」
「飯は食ったか?取り敢えず飯を食おう」
こちらの質問には答える気は無いらしい、そしてセックスの相手をするのでもないらしい。
「そこのクローゼットに服が入っている、着替えろ。というより何か身につけろ、裸でうろうろするな」
「どう言うことだ?」
「出かける」
出かける?箱崎の言葉が少し歯切れが悪い。殴られることもなく、玩具のように抱かれることもない。一体、何が起こるのだろうか。
「俺が逃げるかもしれないぞ」
「逃げることは出来ない、それくらい承知しているはずだ。まあ、金が動けば人も動くということだな」
金が動けば?何か起きたのだろうか、しかしこれ以上事態が悪くなることはないはず。どうだてかまわない。クローゼットを開けるとここに来るときに身に着けていたものが全て綺麗にクリーニングされ下がっていた。
「靴がない……」
「ああ、それなら新しいのを買ってやる。取り敢えず出るぞ」
金が動く……誰かに買われたと言うことなのだろうか?箱崎が自分の欲しいものを諦めるわけがない。だとしたら一体何が?
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