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第10話 Green Eyed

 脳が伝達されてくる快楽に素直に従い、躰が単に刺激に反応している。こうなると相手が誰でも、どういう状態でも同じだ、そしてこんな人形のような自分に箱崎がこんなにも執着するのがいつまでも理解できない。  押さえつけらられ、無理やり犯されながら、ただ刺激だけを求めて行く。  「お前は誰のもんだ?ああ?言ってみろ!」  髪を掴んで引き上げられる。その時に目の端に光を反射する小さな丸いガラス窓が見えた。ああ……カメラだ。滑稽だ、こいつが俺を縛ろうとすればするほど、心は冷えていくというのに。一体俺の何がそんなにこいつを昂らせるというのだろう。  「誰の……ものでも、ない」  辛うじて答える、既に意識は混濁し始めている。ぼんやりとした思考の渦のな中で、今朝の会話が鮮明に蘇ってきた。宇津木は今頃、怒っているのだろうか、親父にどやされて困った顔をして……ため息をついていることだろう。新しい母親に会うというのが面倒くさくて逃げ出したと思ってくれれば御の字だが。つながらない携帯に業を煮やして、変な行動をおこしていないといいが、無茶をしなければいいが。  「な……る」  言葉になって漏れそうになった宇津木の名前をなんとか飲み込んだ。なぜか意識がもうろうとしてきた、呼吸がつらくなり自分の首が絞められていることに気が付いた。『あ、落ちる』そう思った。今ここで死んでしまえば闇から闇へと葬られ、行方不明で終わるのだろう。そうしたら宇津木は心配事が減るのだろうか、それとも探して泣いてくれるのだろうか。思考は黒い渦に飲まれていき、ぷつりと全てが消えた。  「……ですか?」  誰かの声がした。ここはどこだと薄すらと目を開けた。そして見えた風景に意識を失くす前の出来事が夢ではなく事実だったと知る。  「紅茶でよろしいですか?」  また同じトーンの声がした。目をやると、視線の先には昨日見た初老の男が立っていた。  「片桐か、劉蘭よりマシか……」  「あの小童(こわっぱ)はもうここへは参りません。昨日、追い出されました」  「ああ」  「なるほど、まんざら嘘でもないようですね」  嬉しそうにその男が笑った。  「何にせよ、聖人様が家業に勤しんでいただけるのでしたら。あなたもここへ来られた意味があるというものです」  「俺がここに居る意味?そんなものは存在しない。生きていること自体に意味がないのだから」  何も聞こえなかったかのように、トレイに乗せられた紅茶をすっと差し出してきた。手に取るとその温かいカップがまるで、小さな生き物のように思える。両手で包みこむとカップの中で揺れている琥珀色の液体が天井の灯りを反射して光っているのをしばらく眺めていた。  一口すすると、自分が空腹だということに気が付く。そういえば、ここに来てどのくらい時間が経っているのだろう。家を出たのは、昨日の朝だったのかそれとも今日の朝だったのか、窓もないこの部屋では今が昼間なのか夜なのかも定かではない。  「俺は何時間くらい眠っていたんだ?」  独り言のように小さく問いかけるが、何も答えはなかった。  「何か召し上がるものを持ってきましょう」  それだけ言い残すと、片桐はその部屋から出て行った。

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