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第9話 Green Horn

 別に初めてのことじゃない。十代の時に散々痛い思いはした。我ながら学ばないなとは思うが、今さら何を言っても仕方ない。劉蘭から押さえつけられるのは不本意だ。そしてこの期に及んで騒ぐほどの馬鹿でもない。嬉しそうなこいつをさらに喜ばせないためにも、表情一つ崩してやるものかと思う。  劉蘭と睨み合っていたら、扉が開いた。箱崎が誰もつけず一人で入ってきた。誰か連れてきたら、殴られる。誰も連れて来ない時は、()られる。それだけの違いだ。さいして変わりはない。  「ち、一人か……」  箱崎はこちらの発した声を拾ったのか、視線を投げて寄こした。だが何も言葉は発さず、劉蘭の方へ視線を向けると低い声で命令した。  「出ていけ」  「え?聖人様……」  「聞こえなかったか?」  転がるような勢いで、劉蘭が部屋を飛び出して行った。それを見送り、こちらへ振り向いた箱崎は満足気な顔をしていた。  「箱崎、お前の人に対する態度は相変わらずだな」  そのひと言に箱崎の左眉がぴくりと上がった。どうやら余計な事を言ったらしい。したたか頬を張られた。  「自分の立場を考えて物を言え。お前呼ばわりとは、どういうつもりだ」  消して声は荒げない、圧倒的に勝者と敗者が明らかなこの状況では、どなる必要も脅す必要もないからだ。口の中に血の味がする。頬の内側が切れたようだ。  「っつ」  痛いと言うつもりはなかったが声が出た。別に惜しい命じゃないが宇津木に帰ると言ったことをまた思い出した。  こいつの玩具にされるのは大したことでは無い。しかし宇津木との約束を違えたという事実が、そり残した髭のように気になって仕方ない。つい気持ちがそこへ行ってしまうのだ。  「余計な事は言わないから、電話だけ掛けさせてもらえないだろうか」  「誰に?」  「いや、今日は必ず時間までに帰ると約束してしまった、だから帰れないと伝えたいんだが……無理か……」  「宇津木か、知らせをやろう。お前から直接はさせない、それくらい承知しているだろう」  箱崎から連絡が行ったら、宇津木は無茶をするだろう。何も連絡をしなければ、いつもの俺の気まぐれで終わるはず。  「いや、連絡はいい。いらない」  箱崎の右眉が少し上がった。  「あんな男を守りたいのか、健気だな」  「そんな事より、セックスはしないのか?」  どうせなら誰も痛い思いをしない方法を選ぶ、それが最善策。  「しないという選択肢はない」  だろうなと思う、昔の記憶がよみがえる。最初に覚えた男の味は間違いなくこいつだった。そこに置かれていた小瓶を手にする。  「躊躇しないのか?相変わらずだ」  大きな声で箱崎が笑う。  「互いに楽な方法を選んだだけだ」  気化した瓶の中身を鼻から吸い込んだ。すぐに来る、知っているこの感覚は忘れもしない。  「んくっ」  「手慣れたもんだな、その姿を宇津木にも見せてやれよ。あいつもお前を抱きたくてうずうずしているだろうに」  そんな訳はない。何より立場を重んじるやつだから。ふんと鼻で笑う、体が熱い。意識がふわふわと浮き出した。こんな躰くらいいくらでもくれてやる。  

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