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第1話 White days

 角を勢いよく自転車で曲がる。後輪が舗装されていない道の砂利にとらわれ、ざざっと大きな音を立てて軌道からずれる。  二人乗りの自転車はぐらりと揺れて倒れそうになる。成世:(なるせ)は足を地面に突っぱり車体が倒れないようにと踏ん張った。  後ろからごつっと頭を叩いた。  「危ねーな」  「ん?怖えんだろ」  「ちげえよ、お前が下手くそだから危ないってんの」  「だったらお前が漕げよ」  「じゃんけん負けたの成世だし」  「じゃあ、文句言わずに乗ってろ」  「成世、遅刻する。早く」  「やべ、飛ばすぞ」  つま先に力を入れて成世がぐんとペダルを踏む。一瞬大きく車体が揺れて、自転車は加速をつけてまた走り出した。  「成世!」  楽しそうな笑い声が自分の声と重なって響く。自転車は羽が生えた生き物のように空へと飛び立った。  ぐらんと揺れて風景が一転した。目の前にあるのは殺風景な部屋。  「おはようございます、コーヒーお持ちしますか」  計ったようなタイミングで部屋のドアが開く。隠しカメラでもあるのかと勘ぐってしまう。  「いい、それよりこっちへ」  呼ばれると口元だけゆがめたように笑う。その表情はあどけなく、とても二十歳を過ぎているようには見えない。  何故呼ばれたのか正確に意味を理解している劉蘭はするりと服を床に脱ぎ落とす。ベッドシーツに体を擦り付けるようにして、にじり寄って来る。その姿はしなやかな猫のようだ。  「劉蘭は駄目です。あれはいつ寝首をかくかわかりません。床上手で綺麗なのならいくらでも用意しますから。あれだけはやめておいてください」  そう進言されても金や力に媚びて脚を開くだけの人形相手には勃たないのだから仕方ない。  喰ってやろうと隠した爪を研いでいる野良を力で捩じ伏せる快感。本当に欲しい相手は今は手入らないのだから、それなら代替品は色恋から一番遠いやつがいい。  俺を守りたいのならお前がいつも傍にいればいい。俺とお前の間に引かれた線を超えて来ればいい。俺はお前が一番欲しいのだから。  一番近くて一番遠い。手を伸ばせば届く距離なのに触れされてもらえない。  腹に野心と欲とを抱えた獣。肌を通してちりちりと焼けそうな温度を持ったこいつでいい。頭も尻も軽そうな柔らかい相手なんかに興味はない。  あいつは、そんな相手で俺が満足するとでも思っているのか、そう思うと笑いがこぼれた。  「颯馬様?他の男の事なんて考えないでくださいね。私は嫉妬でなにをするか解りませんよ」  劉蘭は睨むような眼で見上げてくる。  ああ、この目だ。この目はいい。その奥深くに隠した刃でいつの日か貫かれそうな危うさがいい。自暴自棄になっている訳じゃない。  この張り詰めた空気がお前は生きているんだと教えてくれる。  そして、その緊張の中の一瞬が心地よいだけなのだ。

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